脱・非レンアイ主義のススメ(12/41)縦書き表示RDF


脱・非レンアイ主義のススメ
作:南田朱夏



第12話◆非レンアイ主義者、とぼとぼ帰る。


 
 どうしてたった1回のキスでこんなにも心が揺れるのか。どうして『会社の先輩』と言われたくらいで消沈してしまうのか。どうして『諦めた』の一言がこんなにも胸を刺すのか。
 
 思えば、私はこれまで、努めてそれに考えを及ばせないようにしてきたのかもしれない。
 
 
 
「しかし、福士にドロップスって、妙に似合うわね」
「喜ぶべきなのか悲しむべきなのか返答に困るんですけど。とりあえず、一刻も早くこの場から逃げたいです」
「褒めてるのよ。インペリアルホテルも山もドロップスも似合えば、もうどこにだって行けるわよ」
 
 相変わらず意味不明ですね、なんて言いながら、福士は白とピンクで彩られた椅子で、居心地悪そうに身じろぎする。
 あんな会話を聞いた後では、敬語がやけによそよそしく感じられた。
 
 ドロップスは、客は9割方若いOLというスイーツ専門店で、店内はほぼピンクと白で統一されている。色使いの割にはさほどごちゃごちゃしていないけれど、甘い匂いが店内をふんわりと飾っていた。
 
 美香子やケイちゃんは甘辛なデザインがどうとか、ホテルのようなテーブルコーディネートがこうとか言っていたが、よくわからない。とにかく乙女チック一直線というわけではない所がいいらしい。が、それもよくわからない。とりあえず、美味しい。重要なのはそこだけだ。
 
 ――福士は、彼女の申し出を受けたんだろうか?
 
 一昨日の第二書庫での一件を思い出す。
 この場で返事はしなくてもいい、今日仕事終わるの待ってるからちょっと考えてみて。
 彼女はそう言って、逃げるように去って行ったのだけれど……。取り残される格好になった彼の長い長いため息は、一体何を意味するのだろう。
 
 ――いっそズバッと聞いてしまおうか。
 
 ねぇ、疾風の彼女とどうなった?
 
「ねぇ、……ヨークのミスター・スミスには、どの部屋に泊まっていただいたらいいかしら?」
「うーん、副社長ですからね。いい部屋を用意しなきゃいけませんけど……他のグループもお偉方にロイヤルスイートって要請してるからなぁ」
「そうよね。福士からチーフに相談してよ。できる限り接触を避けたいの。針のむしろだから」
「わかりました」
 
 福士は大変ですねと朗らかに笑った。その微笑みは、甘い匂いとよくマッチするような、明るいもので。この翳りのない笑顔を辿れば、疾風の彼女に行き着くのではないかと思うと、なんともいえない気持ちがした。
 
 
 
 外灯のオレンジ色の明かりを頼りに夜道を歩く。今の私にはとぼとぼ、という擬音がぴったりかもしれない。気分もそんな感じだ。
 
 結局肝心なことは何ひとつ聞けないまま、私達の仲直りパーティーは終わった。ドロップスを出て、リッシュで1杯2杯カクテルを飲み交わして、そろそろ帰るわと席を立って――それで、おしまい。
 
 もう少しいいじゃないですか、なんて引き止めてくれることを、なんとなく、ほんの少しだけ願っていたけれど……そうはならなかった。
 今振り返れば、私は試すような気持ちだったのかもしれない。本当にこれで元の関係戻れたのか、なんだかさっぱり自信が持てなくて。まあ何の成果もなかったわけだが。
 
 おまけに電車を降りた後で、店に携帯電話を忘れたことに気付いて……もう連絡を取ることさえできない。とにもかくにも気分は最悪なのである。
 
 
 アパートに着いて、腕時計を見ると、時刻は9時。美香子はまだ帰っていないらしく、窓は真っ暗だった。
 私はとっとと戦闘服を脱ぎ捨て、部屋着に着替えると、だらしなく足を投げ出してソファに沈み込んだ。BGMを――集合住宅で許される程度に――ガンガン流し、クッションを抱いて、3ヶ月前に買い換えたばかりのクッションカバーに『アントニヌス』という名前をつける。
 
 私には、落ち込んでいる時や気が滅入っている時、持ち物にそこはかとなく愉快な名前をつける癖がある。コミカルな響きが、胸の詰まるようなこの感覚を中和してくれるような気がするからだ。
 
 一世一代の大嘘をこいて裕也を振った日もスリッパに『サッチャー』という名を与えたし、新品のインターホンを『マキャベリ』と命名した。あの頃は、高橋、とかチーフ、とかいう単語を聞くだけで胸が苦しかったっけ……。
 
 
 突然、というか、思いがけず、というか。部屋に来客を告げるチャイムが響き渡った。困惑を露に『マキャベリ』で応じると、
 
『清愛! 俺だ』
「――裕也っ? ……ちょっと待って」
 
 一体何だというのか。切羽詰ったような裕也の声に、不吉な予感を拭い去れないままドアを開き、玄関に招き入れる。
 
「どうしたの? 何かあった?」
 
 まさか、由美ちゃんと何かあったのだろうか。俯いた顔は、険しく歪んでいた。息を切らしている裕也に向かって、できる限り冷静に問う。
 
「由美から電話が来たんだ」
「そう。それで? 由美ちゃんは何て言ってたのよ?」
 
 家でゴロゴロしていた格好をそのままに飛び出してきたようなパーカーとジーンズ姿が、嫌な予感を余計に煽る。
 
「……全部聞いたよ」
「えっ? 何の話? 全部って……何?」
「全部だよ! 何で言わなかったんだ、清愛!」
「何なの? 話が見えないわよ! ちゃんと説明して!」
 
 裕也は私の両肩を掴み、うなだれるように俯いたまま呻いた。縋りつく、と言った方がいいくらいの様相に、ビシッと喝を入れる。彼はようやく苦悩の貼りついた顔を上げ、私の目を見て口を開いた。
 
「あのメモ、清愛じゃなかったんだな」
 
 
 
 
 
 
 
.


次回説明を入れますが、『メモ』については、前作「その女、非レンアイ主義につき」第32話をお読みいただけると解りやすいと思います。よろしければ、目を通してやって下さい。






よろしければクリックお願いします
ネット小説ランキング

↓番外編です↓
◆入道雲◆





ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(1) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう