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脱・非レンアイ主義のススメ
作:南田朱夏



第1話◆非レンアイ主義者と尻の青い関係。



『友達以上、恋人未満』。
 
 尻の青い言い方をしてしまえば、正にそれが今の私達の関係かもしれない。
 
 
「福士、今日という今日は私が払うわよ」
 
 私は隣の男に目を向けた。福士は、ハイハイと適当に頷きながら、すまし顔で酒を口に運んでいる。
 
 長い足を持て余すように組んで左に流し、ブルーキュラソーの幻想的な青を瞳に映して、彼はひとつため息をついた。
 コイツは1歳年下の会社の後輩で、一昨年、社の女性社員に『鉄のパンツを穿く女』と言わしめた私に告白してきた、奇特なチャレンジャーだ。
 
 私は『男なんてみんな馬鹿と変態で、それ以外は既婚者。恋愛さえしなけりゃ人生は平和』という哲学を持っている。この思想を『ソノディズム(ソノダ主義)』と名付け、数年間をそれに則って生きてきたのである。
 
「先輩もしつこいなぁ。いいじゃないですか、こんな時は男に花持たせるもんですよ」
「いつも充分その花を私からもぎ取ってるじゃないの。花は目上の人間に持たせるもんよ。いい子だから先輩の言う事聞きなさい、坊や」
「坊や! ハハッ、心外ですね」
 
 普段眼鏡をかけていると可愛い系、外せばジェントルメン系というお得な容姿を持つこの男は、今のところ変態でも馬鹿でもないけれど、何だか謎の多い奴だ。
 
 眼鏡をカウンターに置き、小洒落たハイチェアに浅く腰掛けて、わずかにこちらに体を向けるその姿は、計算づくかと思われる程格好ついている。
 いいや、こいつはきっと計算づくだ。少々カチンとくるが――だけどまあ、そんなことはどうでもいい。私だってこんなもんでいちいちときめいてしまうような、純真無垢な少女ではないのだから。
 
 彼の魅力がわからないわけではないし、互いを引き合う引力を全く感じないと言えば嘘になる。その気になれば行き着くところまで行ける程度の情みたいなものは、互いに持っていると思う。多分。
 けれど、決して触れはしない。私達は恋人同士ではないのだ。
 
 酒の勢いで肩を組んで歩く事もあるけれど、それはオッサン同士が酩酊状態で3軒目になだれ込む時のそれと同じ。
 
 福士は、私が今も心に抱えるショボイ傷を知っている。私も、福士に私とは違う傷の気配を感じている。だから、これ以上近付かない。それらを凌駕するだけの、いわゆるレンアイ感情ではないからだ。
 
 寄り添えなくて苦しいとか、どうしようもなく愛おしいとか、そんな瑞々しい感情はないけれど、単なる飲み仲間と呼ぶにはちょっとばかりウェット。ただそれだけのことだ。
 
「坊やはないでしょう、俺25歳ですよ」
「私の前でいっちょ前の男ぶるなんて、100年早いのよ」
「ひとつしか違わないのに?」
「訂正、今の台詞、『人間ぶる』にすげ替えて。男はどうしようもないのばかり。早く人間になれ」
「出た、ソノディズム。何があったんですか」
 
 福士は小さく笑って、斜めに頬杖をついた。ほの暗いカウンターに降り注ぐ照明が、福士の睫毛に滑って揺らめく。私は視線をマリブに落として、グラスについた汗を無造作に手で拭った。
 
「……昨日由美ちゃんから相談を受けたの。彼女そろそろ子供が欲しいんですって」
「当然チーフのこと……ですよね」
「そう。だけどチーフが渋ってうんと言ってくれないって嘆いてたわ。だから昼休み、アイツを屋上に呼び出して、説教を食らわせたの」
 
 何でもないことを言うかのように、コルクのコースターを弄びながら軽く言う。
 
「そしたらあいつ……私の事を完全に吹っ切るまではどうのこうのって、馬鹿みたいな事言うんだもの。呆れちゃったわ」
 
 チリッと胸に焼け付くような痛みが走ったけれど、以前よりうんと衝撃は少ない。苦々しい中にも、傷は確実に快方に向かっているのだとほのかに安堵する。膿さえ出してしまえば、後はもう「時間」に勝る薬などないのだ。目に見えない傷には、特に。
 
「本当に……どうしようもない奴」
 
 こんな私だが、かつて生まれてから18年間、そのうちの5年と9ヶ月を恋人として過ごした男性がいた。ソイツが私の所属する部署に、他社からチーフとして引き抜かれてやって来たのは、一昨年の10月だったか。
 
 とにかく6年ぶりに再会したかつての幼馴染み兼恋人――高橋裕也は、愛らしい妻とマイホーム付きだった。さらに、妻は私の友人という余計なオマケまで付いて。ずっと彼をひきずっていた私に、その事実は大打撃だった。

 それからまぁ色々あって、彼は離婚するから着いてきてくれと私に言った。
 
 彼が私を庇って事故にあったり、6年前の別れは私達の意志とは関係なく、伝言メモ一枚がもたらしたものだったことが判明したり。(彼の妻の妹で、私の友人であるも麻美が、悪意なくしたことだったのである)本当に様々なことがあった。
 私は結局、お前なんか大嫌いだと世紀の大嘘をついて断ったのだけれど――こんな相談を受けても凪いでいられるほど、私もまだ吹っ切れてはいないということなのだろう。情けない話だ。
 
「先輩は――大丈夫ですか?」
 
 私を案じる真っ直ぐな質問に、一瞬言葉に詰まる。
 
 本当は、子供なんて作らないでと、出来なければいいと思ってしまった。しかも、その頭に『私より先に』が付いてしまう辺りが浅ましい。それは、何でもかんでも裕也に先を越されるのが妙に癪、という子供の駄々みたいな感情で、私には結婚するつもりも子供を作る意思もなかった。
 
 醜い自分の内面を突きつけられると、多少なりと落ち込むのが人間というものだ。けれど福士にそう打ち明けてしまえるだけの正直さなど、私は持っていなくて――
 
「フフ、これが瀕死にでも見える?」
 
 曖昧な言葉で濁す。
 笑いながら横目で隣を見やると、福士もまたかすかに眉根を寄せて微笑んで
 
「瀕死には見えないけど、なんだか危なっかしい感じがします」
 
 福士は時々澄んだ湖の底みたいな瞳を見せる。透明な水は、水底の石を手が届くような近くに見せて、だけどそれはずっとずっと途方もなく深い所にある――上手く言えないがそんな瞳だ。
 
「そんな綺麗なものでも見るような目で私を見ないで」
 
 心地良さと、居心地の悪さが同居するような感覚に、思わずそんな言葉が口をついて出た。彼の表情は相変わらずで、少し眉を動かしただけ。
 
「――25歳はお肌のヘアピンカーブなのよ」
 
 咄嗟に茶化すと、重い気分が少し晴れた。氷が溶けて薄味になったマリブを一気に飲み干す。
 
「今日の先輩は掴みどころがないなぁ」
 
 福士は掴みどころがないと言った割には、全部わかってますよという顔をして笑った。
 
「福士はいつもじゃないの。たまには私も誰かみたいな食えない奴になってみたくなるのよ」
「お! 失礼ですね。戻った、それこそ正に先輩」
「ちょっと!」
「はいはい、ごめんなさい。マスター、ドライマティーニ一丁。――先輩は?」
「……カミカゼ」
 
 
 福士は、何というか、不思議だ。いつもニコニコしていて、それ以外の面は数えるほどしか見たことがない。地球に裏側を見せない月のような、とにかく『食えない奴』。そう言うのが一番しっくりくる。
 
 食えない、という所以は他にもある。先にも挙げた『お得な容姿』だ。
 コイツは着ているスーツが高校の制服に見えるくらい可愛い顔をしている。180センチという長身をものともしない愛らしさだ。それが昔裕也の家で飼っていたゴールデンレトリバーを彷彿とさせて、私の脳内と、親友との会話の中で彼はしばしば『グレゴリー』と呼ばれているくらいだ。
 
 が、そんな愛しい忠犬も、眼鏡を外し、私服を纏うと、ぐっと大人びて男性的に見えるのだ。
 
 酒に酔って彼の眼鏡を破壊し、挙句スーツにまで酒を飲ませた際に、私はそれを知ったのだが――それ以来、私服のときの彼をジェントルメン版グレゴリー、略してジェレゴリーと呼んだりしている。
 
 とにかく、どれが本当の福士なのか、未だによくわからない。どれも本当かもしれないし、逆にどれも嘘なのかも。
 
「そういえば、先輩ってまだ25歳なんですか?」
「3月29日なの、誕生日。3ヶ月もすれば26。当日には浴びるほど酒を飲むから、プレゼントは出張バーテンダーか、飲み放題ディナークルージングにして」
「え! じゃあ俺と2ヶ月も違わないじゃないですか。俺5月20日」
「へぇ。ま、学年が違えば2ヶ月も1年も同じことよ」
 
 私はふふんと鼻で笑って、時間が経ってちょっと乾燥した大根スティックを口に放り込んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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お読みいただきありがとうございます!

このナンセンスなタイトルはなんとかならないのか、と自分でも思いますが……まあご愛嬌ということで……。

素人作品ですので、拙い面も多々あるとは思いますが、お付き合いいただけたら幸いです^^






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◆入道雲◆





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