六月の話 ~ヘンタイヨウとレズまりあ、狙われたソフィー~ その8
「人間の学校に入ったのは、ヤマタノオロチの調査がしやすくなるってことと、人間たちの生活に慣れるためよ」
世織に聞かれて、ポン子が得意げにこたえました。花子もうなずいて口をはさみます。
「そうそう、特にわたしとソフィーちゃんはもともとゆうれいとつくも神だけど、どっちかっていうと人間に近いから、今のうちに人間の生活に慣れたほうがいいってことで、人間の学校に入ったのよ。ポン子ちゃんたちも、出雲のお山の妖怪が人間たちと仲良く暮らせるようにってことで、お試しみたいな感じで学校に入ったんだよね」
「うん。あとは、放課後とかにヤマタノオロチの調査をするようにってのも理由の一つね。昼間からあたしたちみたいな子供がうろついてたら、大変でしょ。でも、学校帰りなら怪しまれずにすむからってことよ」
世織たちは納得したように顔を見合わせました。それからみんなで目配せして、世織が代表して話しはじめました。
「あなたたちが力と秘密を話してくれたから、わたしたちのことも話しておくわね。といっても、ここにいる四人、わたしと吉見さん、猫田さんにチェルシーさんのことだけだけど。あ、でも他のみんなも、それぞれ特殊な力を持っているの。あなたたちが出雲のお山の妖怪であるように、わたしたちも陰陽師協会の陰陽師候補生なの」
ポン子たちが目を見開きます。世織はあわてて首をふりました。
「誤解しないで、別にあなたたちに敵意はないわ。それに昔は違ったかもしれないけど、現代の陰陽師は、妖怪とか人間とかは関係なく、力を使って悪いことをしている人を捕まえるのが仕事なの。他のクラスメイトたちも、みんな妖怪だからどうこうとかは思わないわ」
「うん、あたしたちもコン兄ちゃん、あ、化けぎつねで陰陽師をやってるお兄ちゃんなんだけど、コン兄ちゃんから聞いてるよ。それにあたしたちが学校に入れたのも、陰陽師協会がいろいろしてくれたからって聞いてるよ」
「えっ、そうだったの? それはわたしたちも初耳だわ。わたしたちが聞いたのは、妖気が強い出雲町でなら、陰陽師の候補生たちも力を伸ばせるだろうから、候補生の学校を出雲町に移すってことだけだわ。だから最初は驚いたのよ、候補生以外の人もクラスにいるんだもん。陰陽師の候補生はわたしたちだけのはずだし」
「でも、ポン子ちゃんの話を聞いたら納得ね。たぶんだけど、陰陽師協会も妖怪と仲良くしたいのよ。だからポン子ちゃんたちとわたしたちを同じクラスにしたんだわ」
愛瑠がうれしそうにポン子の手を取りました。
「わたしたち、不思議な力を持ってるせいで、クラスの人たち以外の子供たちとしゃべったり遊んだりって禁じられてたの。他の普通の子供たちが怖がるからって。だから、ポン子ちゃんたちと仲良くなれて、すごいうれしかったんだよ」
「まぁ、有栖川さんみたいに仲良くってのを勘違いしてる人もいるけど、だいたいみんな好意的な子たちばかりだから、安心していいと思うわ」
世織の言葉に、ポン子たちも自然と笑顔になっていきました。
「さ、それじゃあそろそろわたしたちの力についても話していくわね。まずわたしだけど、わたしは時間を停止させる力を持っているの」
「えっ、時間を、停止?」
ポン子たちの動きがぴたりと止まってしまいました。世織はあきれ顔で首をふりました。
「みんな固まりすぎよ。別にわたし、まだ力は使ってないわよ。それにこの力、あんまり使いたくないの」
「どうして? だって、時間を止められるんでしょ。そしたらいろいろし放題じゃない! 花子ちゃんのおやつ……ううん、なんでもないわ」
あわてて首をふるポン子を、花子がけげんそうに見つめます。
「どうしたの? わたしがどうかしたの?」
「ううん、なんでもないよ。それよりどうして力をあんまり使いたくないの? せっかく時間を止められるのに」
ポン子が話題を変えるように、世織にたずねます。世織はきょとんとしていましたが、やがて答えました。
「わたしの力は、副作用がかなり強いのよ。他のみんなもそうだけど、強い力を持っていたり、便利な力を持っている人ほど、その反動っていうか、副作用が強いのよ。猫田さんとかチェルシーさんは、かなり万能な力だけどね」
世織の言葉に、チェルシーが笑ってうなずきました。
「そうネ、委員長は力を使いすぎるといきなり眠っちゃうのヨ。だからよく授業中に居眠りしてたりするワ」
「もうっ、それは低学年のころの話じゃない。今はほとんど力を使わないようにしているから、昔みたいなことはないわ」
顔が赤くなるのをごまかすかのように、世織がめがねをかちゃっと指でかけなおしました。くすくす笑う愛瑠を、世織がじろりとにらみつけます。
「ごめんね、でも世織ちゃんはすごいやさしいの。こないだも登校中に子猫が車にひかれそうになって、力を使って助けてあげてたもんね」
「デモ、そのあと算数の時間まるまる居眠りしてたヨネ。先生にはバレなかったケド、面白かったヨ」
「うるさいわね! とにかく、こんなふうにからかわれるから、わたし、この力は使いたくないのよ。力に頼らないで暮らしていきたいっていつも思ってるわ」
「でも、それはわかるかも。わたしも未来を見れるけど、見るのは変な未来ばかりだし、いつ起こるかもわかんないし。その点チェルちゃんとネコちゃんは便利というか、反動が少ない力だから、うらやましいわ」
「治実ちゃんの力は知ってるけど、チェルシーちゃんはどんな力を持っているの?」
愛子に聞かれて、チェルシーはえへんとせきばらいしてから、ポニーテールにまとめていた髪飾りを取り外しました。
「って、これ、髪飾りじゃないわ! まさか、手裏剣?」
驚く愛子に、チェルシーは得意そうにうなずきました。
「そうネ、ワタシは忍者の末裔で、忍術を使うことができるのヨ。ワタシのグランマがくのいちで、ワタシもその技を学んでいるネ」
「チェルシーちゃん、グラタンが好きなんですかぁ? クシナもグラタン大好きですぅ」
「違うヨ、グラタンじゃなくて、グランマ、おばあちゃんのことネ。グランマがくのいちだから、ワタシもグランマにくのいちになる修行をしてもらってるヨ」
チェルシーは指を複雑に絡めて、なにか印を組んでいきました。そしてハッと気合を入れると同時に、チェルシーのからだがポンっとけむりにつつまれ、丸太に変わってしまったのです。
「フッフッフ、これこそ、忍法隠れ身の術ヨ。ワタシの一番得意な術だワ。どこにいるかわからないでショ?」
教室の壁に、いつの間にか星条旗が描かれた布が現れていました。みんなあきれ顔で見ていましたが、やがて世織が代表でツッコむことになりました。
「チェルシーさん、それ、多分布が逆だと思うわ」
「エッ? オーノー!」
チェルシーはあわてて星条旗が描かれた布を、裏返しました。とたんにチェルシーが隠れているはずの布が、教室の中に溶けこんだのです。
「えっ、うそ、消えた?」
ポン子たちがきょろきょろしますが、チェルシーのすがたはどこにも見えません。ただ声だけが聞こえてきます。
「これがワタシの忍術ヨ。隠れ身マントを使えば、どこにでも身を隠すことができるのデス」
「よく裏表間違えて、失敗してるけどね」
世織はツッコむのを忘れませんでした。アハハと笑い声が聞こえるとともに、再びチェルシーのすがたが教室に現れました。
いつもお読みくださいましてありがとうございます。
本日夕方ごろにもう1話投稿予定です。