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R E D - D I S K 0 1  作者: awa
CHAPTER 04 * THINKING AND SAYING
23/91

* What I Long For

 私はまたも朝からたまり場に行った。リビングは無人で、いつもの部屋にアゼルが眠っているだけだった。でも起こさなかった。

 リビングのコンポを使ってひとり、音楽を聴いた。パンクだとわかると音楽を停め、ハード・ロックを探した。あっても気に入るものがなかった。私は音楽に対しては、こだわりが人一倍強い。

 女性ボーカルのポップスには、いくつか知っているアーティストのものがあった。ほとんど好みではなかったが。

 それでも、あらためてわかった。音楽が恋しくてたまらなかった。携帯電話で音楽が聴けることはわかっている。だがそんなものでは足りない。そんな音ではなく、大音量で鳴らすのがいい。全身で音を感じるのがいい。そうでなければ、プレーヤーにヘッドフォンをつけて、鼓膜が破れるほどの大音量で聴く。

 そしてなにより、うたうこと。カラオケとはまた違う。私はCDの声に合わせてうたうのが好きだ。ひとりじゃないと感じられる。アーティストと声を揃えてうたうのが好きで、真似るようにその曲に入り込むのが好きで、曲のリズムに合わせて身体を揺らすことが、歌詞の意味を考えることが、感情移入し、物語を想像するのが、私のなにより好きなことだ。

 あの人たちのことを、現実をもう少し受け入れられれば、また音楽をそばに置けるかもしれない。でも音楽をそばに置くと、あの人たちをそばに置くことになる気がする。音楽を恋しがることは、あの人たちを恋しがることにつながる気がする。

 いちばん好きなものを教えたのは、いちばん憎んでるヒトたちだ。いちばん好きなものに、いちばん憎んでるものが関わっている。滑稽な話。

 音楽を停めた。CDを片づけ、アゼルが眠っている部屋へと向かう。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 


 隣に寝転ぶと、アゼルはすぐに気づいた。私をシーツの中に入れて腕枕をし、右手を腰にまわした。ふと、いつも自分が壁側にいることに気づいた。

 「夜這いじゃなくて朝這いか」目を閉じたままアゼルが言った。

 そんな言葉はない。「そんなことしない」

 「お前、寝てんの?」

 「軽く夜更かしして、朝はわりといつもどおりに起きる。シャワー浴びて、七時くらいにリビングに行く。おばあちゃんがそのくらいに朝食食べるから」

 「わざわざつきあうわけ?」

 ほんとにわざわざ。「どうすればいいかわかんない」

 「寝ろ」

 「お昼頃までは眠くならない」

 目を開けて視線を合わせると、彼は微笑んだ。

 「疲れさせてやる」

 キスをしながら、私の身体をまさぐりはじめる。

 アゼルは、私がなににどういう反応を示すかを、徐々に知っていった。私も同時に知ることになる。

 彼に触れられると、自分のカラダが自分のものではなくなったような気になる。

 それどころか、自分が自分でなくなるような気にさえなる。

 ひとつにつながると、ひとりじゃないのだと思える。

 肌の上にアゼルの汗の雫が落ち、私の汗とひとつになった。瞬時に溶け合って私の身体をつたい、私の肌に滲みながら消えていく。その感覚に気づいた時、どうしようもなくせつなくなる。

 “疲れさせてやる”という言葉は嘘ではなかったらしく、したことのない体勢になった。すぐに快感が恥ずかしさを上回った。だけど顔が見えないと言うと、アゼルは笑ってまた元の体勢に戻った。そっちのほうがキスができる。

 はじめて自分から彼の首に腕をまわし、私から彼にキスをした。

 すると、また体勢が変わった。つながったままでベッドの上に座り、当然私が上で、支えるよう私の腰に手をあてた彼に動くよう促された。難しかったけれど、徐々に慣れてきて、だけどそれだけでは足りないとかで、アゼルも動きはじめた。

 いつもと違う感覚が全身を駆け抜け、その快感に、いつもとは違う声をあげて、身体を震わせた。

 すっかり疲れきったあと、眠った。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 昼すぎに起きてリビングに行くと、マスティとブルがテレビゲームをしていた。適当なランチを買ってきてくれていて、それをもらった。

 そしてコーナーソファに座っている私に、マスティは信じられないとでも言いたそうな視線を向けた。 

 「は? コンポがない? プレーヤーも?」

 「ない」と、私は答えた。「なんならCDもない」

 ブルとアゼルはテレビゲームをしている。

 「いや、CDだけあってもしかたねえけど」一度言葉を切ると、彼は右手に持っているビールを飲んだ。「あんだけロックがどうこう語ってたのに?」

 「捨てた。禁音? 違うか。どれくらい音楽なしで生きられるんだろうと思って」

 「そんな話聞いたことねえよ。わざわざそんなことする意味がわかんねえ。気づけばいつも歌口ずさんでるくせに、歌流して気に入ったらすぐに覚えて楽しげにうたうくせに、音楽聴くのやめるって」

 歌を覚えるのが早いのは、数少ない私の才能のひとつだ。頭がいいわけではない。記憶力がいいわけではない。歌だけだ。それも、気に入ったものだけ。

 「音楽はわりとどこにだってあるんだから、完全に遮断するんじゃなきゃ意味ねえだろ」

 マスティはビールを飲み干した。缶を振って中身がなくなったことを確認すると、身を乗り出して缶をテーブルに置いた。

 わかっている。「だから今悩み中」

 音楽はすべての感情を増幅させ、和らげて、共鳴してくれる。

 音楽から離れれば、もっとストレスが溜まると思っていた。だが実際は、ストレスが溜まるというより、なにかが抜け落ちたような感覚だ。捨てきれなくて、気づけば口ずさむ。それは捨てたということにならないのか。未練か。

 彼は灰皿を自分の傍らに置き、煙草を一本出して火をつけると、ライターをテーブルに放り置いた。

 「センター街キライなんだっけ」

 「キライってわけじゃない。ただ、遠いじゃん。バスだと二十分くらい? それにあそこに行くと、いろんな奴がジロジロ見てくるんだもん」

 彼の口元がゆるむ。「そのタイプの赤毛はなかなかないからな」

 そのとおり。「しかも六年の時にはナンパまでされたわよ。中学生か高校生くらいの男に。小学生だっつって逃げたけど」

 彼は天を仰いで笑った。

 「買いに行くか? 金あんならの話だけど」

 ああ、欲しい。「せめてプレーヤーだけでも欲しい。お金は平気」

 「あと中古のCDショップ」

 「だね」と、私は同意した。

 ハード・ロックやポップ・ロックあたり。なんでもいいから、古くてもいいから、とにかく聴きたい。

 「っていうか今から?」

 「暇人だからいつでもいいけど」彼はアゼルたちに訊いた。「お前ら、センター街に行く元気ある?」

 必至にコントローラーを操作しながらブルが答える。「どっちでも」

 答えになっていない。

 「ヒト殴ってもいいなら」と、アゼル。

 なにを言っている。

 マスティは結論を出した。「行ける」

 なぜ今ので結論が出せるのか。「姉様たちに電話してみる」

 リーズとニコラと待ち合わせてバスに乗り、六人でセンター街へと向かった。

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