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女子高生、坂東蛍子

坂東蛍子、鳩の愚痴をきく

作者: 神西亜樹

「そう、ついに見つかっちゃったのよ」

 坂東蛍子は膝を抱える力を思わず強め、その勢いで手中に秘めていたクッキーを握り潰した。砕けて星屑のように地面にまかれたそれを鳩が啄む。

「化学の答案。本当、一個ずつマークがズレて無かったら満点だったのよ?でもうちのママ、そういうミスの方が逆に厳しくてさ。“努力の結果失敗するのは全然構わないけど、これはただのうっかりでしょ”って」

 まぁその通りなんだけど、と蛍子は呟いて、足下で青々と茂っている雑草の一片にクルクルと指を絡めては引っこ抜いた。

「まぁ、そういうわけだから、今ちょっと家には帰り辛いのよ。もう少しここにいさせてね」

 家から逃げ出した坂東蛍子は暇を潰すため間食を持参して近所の公園に向かい、遊び仲間達を捜したが、ベンチにもブランコにもジャングルジムにも知っている顔は見当たらず、仕方無く園内の端へ逃げ隠れるようにやってきて、常緑樹に囲まれた木漏れ日の中に座りこんだのだった。春も終わりを告げて天高い日差しはジワジワとその凄味を増していたが、彼女の見つけたこの木陰はそんな陽光を適度に遮って、目下の生物全てに平等で公平な愛のある空間を提供していた。

 ふと蛍子は幹の向こうで動く影を見つけ、そっとその影へと接近した。影の正体は鳩であった。ここはあなたが先に見つけてたのね、と蛍子は小さく笑んで話しかけた。気付かなくてごめん、よければ一緒にクッキー食べない?

「あなた、聴き上手ね。スラスラ言葉が出てきちゃう。きっとただの鳩じゃないんでしょう」

 鳩が頷いた気がして、蛍子は可笑しそうに笑った。


 彼女の言う通りであった。この鳩、ただの鳩では無い。名をヒラと言い、大マゼラン雲第四惑星から潜入員達への情報・物資配給の橋渡しのために派遣されている連絡員の一人で、要するに宇宙人だ。雀や鴉といった試行錯誤を経て今は鳩の格好をしているが、これはあくまで地球上で円滑に任務を遂行するために擬態した仮の姿に過ぎない。彼は雀でも鴉でも鳩でも郭公でも、それどころか地球上の生物ですら無く、紛れも無い他の世界の超常生物なのである。

 ヒラがこの惑星に存在する無数の生物の中から鳩を擬態対象として選択しているのには幾つかの理由があった。それはこの都市において溶け込み活動し易いだとか、飛行能力や小回りの利く身体性に魅力を感じたとかといった履歴書の隅に記載されているような凡百な趣旨が大体の所ではあったが、しかし最大の理由は先任達の失敗を鑑みて最良の選択だと思ったから、というものであった。地球上で最小の生物に擬態した者は失踪した。地球上で最速の動物に擬態した者は檻に入れられて展示されている。そういった仲間達の味わった洗礼を、先の例として踏まえた上で、ヒラは鳩になるという決断をしたのだった。

 しかしながら、鳩が如何に最良の選択であったとしても苦労が伴わないなけではないのだ。鳩には鳩にしか分からない苦労がある。主な食料獲得手段である「公園での餌撒き」はやはり屈辱的であったし、日中は地球人の子供が面白がって捕えようとしてくるため、ロクに羽休めも出来ないのだ。ただでさえ連絡員という中間管理職をこなす上でストレスと戦わねばならないのに、環境適応でも頭を悩ませなければいけない。これだから星外任務は嫌なんだ、とヒラは地球の奇妙な青い空を見て溜息をつくのだった。

「そうだ!愚痴を聞いてくれたお礼に、次は私があなたの愚痴を聞いてあげるわ」

 先程から頻りに独り言を呟いていた少女が手を打って目を輝かせた。鳩は、少なくともヒラは以前から餌撒きをしている老人相手に言葉が通じないことを良い事に愚痴を吐き散らしてストレスを発散させていたので、彼女の提案には大した有難味も新鮮味も感じなかったが、しかしこのヒラという鳩星人はせっかくの相手の好意を無碍にする程冷たい男でも無いのだった。

「それじゃ、お言葉に甘えさせて頂きやしょうかね」

 ヒラの言葉(彼女にとっては鳩の鳴き声)を肯定と受け取った蛍子は、嬉しそうに頷いてクッキーの欠片を放った。

「何?言ってごらん?」

「まぁ、名も知らない乙女相手にする話でも無いんですがね・・・」

「え?名前?そうね・・・Kと呼んでちょうだい。アルファベットで、Kね」

 坂東蛍子は昨夜スパイ映画の地上波放送を視聴し、何だかアダルトで危険な世界に無性に浸りたい気分だった。

「最近相棒の潜入員が不機嫌なんでさァ。それというのも、坂東蛍子というターゲットに手こずってるかららしいんすけど」

「最近すれ違った美しい女の人を捜している?後ろ姿で一目ぼれした?」

 あくまで会話が成立している体を崩さない女子高生を無視して、ヒラは言葉を続けた。

「そのストレスの捌け口になるのも嫌なんですが、なんでも麻酔銃を跳ね返されたとか、未知の攻撃を受けたとか、逼迫した任務の状況だけが伝えられるもんだから、この星で任務に従事する俺としても恐ろしくてたまらない。いつ自分が被害を被るか分かったもんじゃないですからねェ」

「相手は女子高生?それってもしかして・・・」

 大仰に驚いて身を竦めている少女を見て、彼女の言葉を聞き流していたヒラはドキリと身構え、もしかして言葉が通じてるんじゃ、と勘ぐった。この少女、俺の話しているターゲットを知っているから驚いたのか?

「・・・まさか。そんなわけないっすよね」

「もしかしたらその人、私かもしれないわ」

 蛍子はスパイ映画の主人公というよりは、ヒロインに憧れるタイプの女の子であった。

「なんだかさっきから妙に会話が繋がってて気味悪いなぁ、この姉御は・・・」

 神妙な面持ちをしながらクッキーを砕いている地球人を前にしてヒラは苦笑いしていた。

「私、誰が誰のことを好きか、目を見れば相手が分かるのよね」

「たしかに、坂東蛍子は底知れぬ慧眼の持ち主と聞き及んでいやす。俺の目を見りゃ宇宙人だと一発で見抜けちまうでしょうな」

 ヒラはクルッポッポと愉快そうに一笑した後で、少女の要求通り視線を合わせ、ジっと見つめた。芝居がかった調子で暫く唸っていた彼女だったが、唐突に脊髄を殴られたような顔をすると、息を飲んで姿勢を低くし、目にも止まらぬ俊敏さで勢いよく両腕を伸ばしてヒラを捕まえた。

「な・・・!え・・・ッ!?」

 数瞬呆気にとられていたヒラだったが、状況の危うさを理解すると手遅れになる前に力いっぱい暴れ出した。二本の腕でガッシリ体に抱え込まれながら、ヒラは確信していた。この姉御が坂東蛍子だったんだ。まんまと甘言に油断させられ、俺は罠に嵌められたんだ。


「捕まえた!」

 蛍子は腕の中で暴れる鳩を見て瞳の奥をキラキラさせた。

「新種の鳩っ!」

 視線を交錯させている最中、坂東蛍子は見つめ合っている鳩の首が動いていないことに気がついた。鳩は立体的な視界を獲得するために首を振るんだ。つまり、物を見つめているのに首を振らないこいつは明らかにおかしい。蛍子は生物の授業で習ったことを思い出しながら、そう確信した。彼女は生物は満点だった。

「さぁ、どうしようかしら。論文で学会に発表?先生に話をつけてもらえばいいのかな?それともテレビ局にでも手紙を書いて・・・あ!こら、待て!」

【ヒラ前回登場回】

猫に弁当を作る―http://ncode.syosetu.com/n1322ca/

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