父による運転指南
十九歳の時、車の運転免許を取った。春休みを利用した、わずか一ヶ月の間でだ。
テストはどれも一発合格だった。だが、短い期間であっという間に取ってしまった為、なんだか実感が湧かなかった。
(もう、車を運転してもいいだなんて!)。……急に、大人になった気がした。
とはいえ免許を取ってすぐでは運転にも自信が無かったので、ドライブがてら父に指南を乞うことにした。
*
「……制限速度のプラス十キロまでは出していいぞ」
助手席に座った父が、車が走り出して早々、言った。
「……は?」
「だから。制限速度のプラス十キロだ。例えば、制限速度三十キロなら四十キロまで。五十キロなら六十キロまでだ」
――何を言っているのか、わからなかった。教習所では、そんなこと言ってなかったのに……。
「“言ってなかった”っつったって、みんなそうしてんだ。プラス十キロまでなら、警察も何も言ってこない。なにより、“流れ”ってのが大事なんだ。ちんたら走ってたら、渋滞起こしちまうぞ」
「……」
父がそう言うならと、そうすることにした。……教習所では習えない、暗黙のルールがあるらしい。
その後も――。
「おい。割り込ませてもらったら“ハザードボタン”押せ。“ありがとう”の合図だ。常識だぞ」
「“パッシング”だ。あれは“先に行ってもいい”って合図だぞ。あの車のライトがチカッてしただろう。……まぁアレにはいろんな意味があるんだがな……」
――などと、父の指南は続いた。……教習所に一ヶ月通って勉強したはずなのに、知らないことだらけだった。
……出発した時間が遅かった為、すぐに辺りは暗くなった。ファミレスで夕食を済ませ、帰路につく。
……その帰り道の途中で、それは起こった。
「おい、待て。そっちの道には行くな」
「えっ?」
カーナビの教えに従って、狭い一方通行の路地に入った瞬間、父が言った。
「遅かったか……」
後で調べて分かったことだが、そこは寺の密集した地域だった。
――道路の両側が墓で、道の先までずっと続いている。
「チッ……」
助手席から、舌打ちが聞こえた。
――俺は程なくして、異変に気付いた。……いつまで経っても、墓地に挟まれた道が終わらないのだ。
カーナビを見ると、そこまで長い道ではないことがわかる。……なのに、車を示す点は道の上で行ったり来たりしているようだった。――ひたすら前にしか進んでいないはずなのにである。
ヘッドライトで照らされた風景には、ただ真っ直ぐな――街灯の一切無い――暗い道が続いているのが見えた。両側の柵の向こうには、長方形の墓石の頭と、先の尖った卒塔婆。……延々と、その風景が続いていた。バックミラーを見ても、そこに広がっているのは暗黒だけだった。
――父が、オーディオを消した。
「ライトを消せ」
言う通りにした。
辺りは、想像していたよりも暗かった。――明かりが消えると、ほとんど何も見えない。
「ゆっくり進めよ」
――慎重に、速度を十キロ以下に落として車を進めた。とにかく近くしか見えないので、両側の柵に擦らないように集中した。
のろのろと、まっすぐな道を一定のスピードで通った。――すると。
突然辺りが明るくなり、広い道に出た。
街灯の明かりや、民家の明かり。夜でも街はこんなに明るいのだと、再確認した。
「……ふぅ」
助手席から、ため息が聞こえてくる。
「……そういえば、今のお前くらいの歳の頃だったか。……俺もあの道に、閉じ込められたことがある」
そして、苦笑しながらこう続けた。
「もう、夜にあの道には入るなよ」
――それが、その日の最後の教えだった。