その鳥は実に美しく、何不自由なく籠の中で育てられた。
爽やかな朝日のように歌い、青く鮮やかで質感のある翼を翻しては家人や周りの者を喜ばせる。決して鳴かない鳥…傲慢なくらい麗しく振る舞う華やかさ…けれど、その鳥の本意は…。
『コンナノ ワタシ
ジャナイ…ツカレタ…ツカレタ…。』
もう疲れきってしまった、ただの鳥です。
日中は規制された自由の中で仲間に翼を披露しては、喜ばれたり、疎まれたり。
退屈で、その癖…嫌なスリルだけはある。この世界、人に飽きられたらお仕舞いなのだ。目立ち過ぎても、目立たな過ぎても生き残れない。もう…生きている意味さえわからない。ほとほと疲れてしまった。
「いちごちゃん、今日は何か楽しい事、あった?」
仕事帰りのママさんが一服した後、暇潰しでもするみたいに、ぶらり、と鳥籠に寄って来る。日がとっぷりと暮れて久しい。ヒンヤリとした外気とママさんの喉にツンとくる煙草の臭気が適当にせめぎあったりしている。
「ナンニモ ナンニモ……ツカレタ……ソレダケ。」
歌い疲れて掠れた声で答えるけれど…。
「ああ、そう。良かったわね。」
なんて、ママさんは、いつも検討外れな返事ばかりくれる。
わかってるさ。私はどうせ鳥だもの…ママさんと話が出来る訳無いもの……でも。じゃあ何で私は此処に居るの?翼を切られて、籠で飼われて…ただ人に観賞されるために?
青く繊細な鳥は……夜が来る度、その折れそうな翼をバタつかせ。思考回路が駄目になる程に。
ある晩の事である。
いちごが目を覚ますと鳥籠の頑丈な扉が開いて、窓の隙間から流れる細い風に…カタカタと揺れていた。
発光体の一つも無い室内は、蒼白く…ふうわりとした光源に照らされている。
『今だ、逃げるには今しかないッ!!』
いちごは、ぴょぃ、と跳ねると窓に翼を掛けて夜へとび出した。
ーーーーーーーーーー
良い風が吹いている。凍えた空気が火照った体に丁度いい。
ばっさばさ……。
長くは飛べない翼を引きずって足下をみやる。 太ももは、もうパンパンで棒の様な足先が哀しくもアンバランスに上半身を支えていた。
『う〜む〜、あと…もう少し。』
いちご は、やっとのことで手摺に掴まる。高い高い都心のビル…鍵が外れていたせいで、ちょっとの苦労で上り詰めることのできた吹き抜けの最上階は飛び立つには持ってこいの場所である。
「おやぁ…まあ、随分青い小鳥だコト。」
「エ・?」
唐突に掛かった声は酔っ払ったみたいに浮かれていた。
いちごは、じっくり目を凝らす…明かりは月をおいて他にない……その内…段々とぼんやり浮かび上がったのは真っ暗なコートに身を包んでいるようなカラスだった。
「アナタハ、 カラスサン。」
「カラス?アタシがそう見えるのかい?」
カラスが不思議な蒼い瞳を輝かせる。
「エエ チガウンデスカ?」
「……さあ。どうだろうねぇ?」
カラスは、低く囁くだけだった。
「サテト、ワタシハ トビタチマス。」
いちごが死にもの狂いで羽ばたいて魅せるとカラスがケタケタと笑いだす。
「アンタ、此処から飛び立とうッてのカイ?
辞めときな、そんな弱い肩で。大方……籠の中の鳥ってトコダロウ?空を飛び回る力なんて見るからになさそうダッ。」
『そんなことは無いっ。』いちごは心中穏やかじゃない。蒼く細められた、嘲笑うカラスの瞳をつぶらにねめつける。
「確カニ ワタシノカタハ ヨワイ……オマケニ …羽ヲ 少シバカリ キラレテシマッテ……ユウイギニ 空ヲ トブコトハ ムリ。デモ、スコシダケ……空ヲ 舞ウクライナラ…デキルハズ。セッカク鳥ニ生マレテキタノニ ……自由ニ飛ベナイナラ、生キテイル意味ガナイッ!」
「生きている意味が無いィ?そんなもの。じゃ、飛べないなら…その命ハいらないの?」
「アア、イラナイ。モウ疲レタンダ。自由ニナラナイ体ハ ジャマダ。」
「ああ、カワイソウな体だコト……大体、身の程を知るんだネ。
ぬくぬくと鳥籠で育った!何不自由ない暮らしに慣れきったアンタがッ!自由が欲しい?馬鹿だね、他の奴らの餌になるのが落チだろうニ。」
カラスがムクムクと卑屈に笑い転げる。
『そんなことを言われても……私は、もう愛想笑いもしたくないし…観賞もされたくない。自由…自由が堪らなく欲しいのだ。』
バタバタと翼をはためかせ…その気持ちの勢いごと…大きく伸び上がる。
『ワアッ!』
言い知れない解放感が頭から弾けた…っ体がふわり。
「可哀想な子。」
いちごは、え?、と首を巡らす間に落下していく……カラスの喜びに狂った顔から目が離せぬままに……。
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ずどん……。
重たいモノが、どこかに落ちた。
ぱかりと、割れた頭からトロンと深紅の円が広がる。顎がねじれて突き上がり…ばらばらに散らばり…辛うじて、くっいている手足……。
「フフ、哀れな子。」
屋上から その光景を見守った男は、月の様な蒼白い顔で微笑うとシルクハットを片手で回し、大袈裟にお辞儀する。そうして、ぽぃぽぃステッキをふりながら夜に同化して行った。
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朝靄は乾ききった血と腐敗臭に満ちていた。
「何て臭いかしら…ひッッ!」
主婦の手からゴミ袋が落ちた…その上を転がりながら逃げて行く。
無理も無い。乾いた血だまりの上に出来の悪い果物の様な脳ミソが弾けとんだ…ぐにゃぐにゃの死体が在ったから?
それだけでは……無いんだよね、コレが。
餌になってたんだよ。
二十匹……五十匹……さあ……もう、分からない。それくらいのカラスが冷たい皮膚の…そこらじゅうに穴を空けて……。
美味しそうだったネェ……。青い顔した女の子……さしずめ…青い鳥ってとこカイ?ーーーーーーーーーー
しとしと……こんな日に相応しく雨は悲しげに空を伝う。
白黒しろくろ白黒。些か広い、その邸宅には真っ黒な服を着た人々が集まって居る。
どうやら…式は終わったらしい…ぞろりぞろり人波が溢れだしている。
その中の少女達の集団が囁く。
「ねぇ…、ぶっちゃけイチゴが消えてせいせいしない?」
髪を緩く編んだ少女が得意げに言ってみせると秘めやかなざわめきが生じた。
「するかも。
だってアイツ…ちょっとウザかったし。いっつもイイ子ヅラしてさ、普通にムカつくって。」
「アア、分かる分かる。」
「しかもアノ子、人に干渉されたくない、とかいっといて、他人のことには、いちいち口挟むんだからッ。マジうざぁーい。」
「まぁまぁ、明日からは居ないんだし?」
少女達は笑いさざめく。
来客な挨拶される間に夫婦は言葉を交わす。
「全く……。なぁんで、あの子はアタシに迷惑ばかり掛けるのかしらッ。」
栗色の髪をかきあげながら、彼女の……イチゴの母親が苛ついている。
「本当になぁ、お前ちゃんと鍵掛けたんだろ?閉じ込めて置けば何も問題無いと思ってたんだけどなぁ。」
隣の父親が喉に力の入らない…どうでも良さそうな返事を繰り返すと、母親は…今度は何を思い出したのかみるみる明るい顔になって父親の手を握りしめる。「ねぇ、あなた!これでやっと離婚出来るわっ!もう、どちらとも子供を引き取る必要は無いわけだし!」
「おお!?なんだ、逆に良かったな、お互い快適な新婚生活が送れそうだ。」
夫婦は…忍び笑いをこらえきれない。
しとしと……こんな日に相応しく雨だけが悲しげに空を伝っていた。 |