女騎士
アリスは要らない子だった。
誰かに言われた訳では無い。
でも、そう感じる事が何度となくあった。
アリスは、ニコルの身代わりとして生きてきた。
それは、王都に来るずっと前からだ。
元冒険者の父は、ある時立ち寄った村の危機を救った。
領主は、彼に騎士の位を授け、ルルー村を守るように言った。
そして父は、村をまとめる一族の娘を嫁にもらい、ニコルとアリスが生まれた。
二人は性別を除けば、外見はそっくりだった。
父は後継ぎであるニコルを可愛がった。
自分の技を伝えようと、よく修行を付けていた。
アリスはただ、それを側で見ていた。
しかし、ニコルに剣の才能は無かった。
彼は稽古を嫌がって、度々アリスと入れ代わろうと言ってきた。
最初はバレなかった。だがある日、父は気が付いた。
ニコルにしては、今日の剣捌きは上手すぎる、と。
その時の父は、怒るよりも落胆が強く滲む顔をしていたと、アリスの記憶にはある。
自警団の長である父は、村の男衆を連れて、ひと月に一回、森の見回りを行う。
ルルー村の周辺に出没するモンスターを討伐するのが、自警団の役目である。
ルルー村は裕福ではないので、自分達の身は自分達で守らなければならない。
何かある度に、ギルドに討伐を要請する訳にはいかないのだ。
ある程度成長した村の若者は、皆参加する。
ニコルも例外では無かったが、彼は何度かアリスと入れ代わっていた。
アリスも、嫌ではなかった。
強くなれば、父が自分にも興味を持ってくれるだろうと子供ながらに思っていたからだった。
ニコルの興味は、村に来る商人や旅芸人が話す冒険の物語に向いていて、とにかく外の世界を見たがっていた。
ニコルに扮したアリスは、何度となくモンスター討伐に貢献した。
しかし、父は最後までアリスの行いを褒める事はなかった。
アリスの父が死んだ時、ルルー村を治める領主は、騎士の位は、次世代のニコルに引き継ぐと言った。
アリスの母は最初から、騎士の位に興味は無かったが、自警団の長は彼女の一族の血を引いた者でなければいけなかった。
権力を集中させるためである。
そうやって、彼女なりに、代々続く家を守ろうとしたのだろう。
しかし、ニコルはこれを拒否した。
そして、誰にも言わず王都へと旅立った。
最初母は、アリスにニコルの代わりとして生活するように言った。
すぐに怖くなって帰ってくるだろうと高をくくっていたのだ。
しかし、ニコルは帰って来なかった。
母はアリスに言った。
「あなたは領主様の息子の第二夫人として嫁ぎなさい。子供を産んで、女としての幸せを掴むのよ」
信じられなかった。
散々、ニコルの身代わりとしてアリスを利用してきたのに、突然嫁に行けと言われたのだ。
領主の息子夫婦には、まだ子供がいなかった。
母はアリスに、その息子の愛人になって、後継ぎを産めと言っているのだ。
アリスはそれが幸せな事だとは、どうしても思えなかった。
彼女は、母に最後のお願いをした。
足の悪い母の代わりに、ニコルの遺品を引き取って来る。
その帰りに、王都で花嫁衣装を買ってくると。
「ただいま戻りました、母上」
「遅かったわね。 一体、どこまで衣装を買いに行っていたのかしら」
アリスは、ノアと、仮の雇い主であるトリスタンに断りを入れて、王都からルルー村へ帰って来ていた。
「まあいいわ。さあ、衣装を見せてちょうだい。明日には領主様にあなたが戻ったと伝えるわ」
「いいえ、母上。私は領主様の息子に嫁ぐ気はありません」
アリスの母は、表情を変えずに言った。
いつでもそうだった。
柔和な表情、優しげな声。
その実、目は全く笑っていない。
初めてアリスと言う個人を認識してくれた人とは大違いだな、と彼女は場違いにも小さく笑った。
何を言っても、母は、アリスの言葉に耳を貸さない。
私は母親として正しい。何故ならば、私の母と同じように生きてきたから。
だからあなたも、領主様の息子に嫁ぐの。それが女の幸せだから。
「何を言っているのかしら。外の世界はもう充分、見てきたでしょう?」
王都は物で溢れかえっていたかもしれないけれど、物が豊かだからと言って、それが幸せかと言ったらそうじゃないのよ?
母は、身分相応の村の生活が一番だと言う。
アリスも、貴族のように飢えをしらない生き方がしたい訳ではない。
「違います、母上。私は、アリス・ルルーとして生きたい。その為に戻ってきたのです。けじめを付けるために」
「どういう意味かしら? 領主様のお屋敷に嫁げば、ニコルの身代わりでは無くなるわ。あなたとして幸せになる事と何が違うの」
「私は、騎士の身分を頂くため、戻ってきたのです。ここに、シュテルン家から頂いた推薦状もあります」
「許しませんよ。あなたは、領主様のお屋敷に嫁ぐの。これはもう、決まった事なのよ」
アリスは、悲しそうに笑った。
彼女にいくら説明しても、伝わる事はないだろうと、アリスは諦めていたからだ。
「許しは乞いません。私の生き方を決めるのは、私です」
アリスの母は、やっとその微笑みを崩した。
アリスが初めて見る表情だった。
生まれた家を出る時、窓から彼女が覗いているのが見えた。
「最後まで、名前を呼んで下さらなかったな……」
アリスはこの切ない感情を理解していた。
父にも、母にも、必要とされたかったのではない。アリスとして、認められたかったのだ。
そしておそらく、それは叶わないのだろう。
アリスはその足で、領主の屋敷へ向かい、騎士の位を受け継いだ。
そして実力を付けるために、しばらく王都にあるトリスタンの屋敷で、騎士としてのいろはを学ぶと言った。
領主はトリスタンの名に、特に反対もせずアリスを許した。
こうして、アリス・ルルーは女騎士となって王都へと戻ってきた。
いつもは静かなトリスタンの屋敷が、何やら慌ただしい。
屋敷の外には、騎士団の者が落ち着きなく立っていた。
アリスはその中に、見知った顔を見つけて声をかけた。
「フラン。一体、何があったんだ」
「アリスか。……ノアが、攫われた」
まさか。あのクインシーがついていながら?
アリスは信じられない思いで、事の詳細を知るため、屋敷の中へ急いだ。
何度も書き直しました~。
いつもながら、じれったい展開で申し訳ありません。
2015/01/12 修正