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偽者

 獣人街から帰って来て、何か変わった訳でもなく、俺は忙しい毎日を過ごしている。


 獣人街と王都の関係は、俺が思っていたより複雑だった。

 あの時、クインシーに掛けられた言葉の意味を、俺は改めて考えていた。

 

『お前がその気になりゃあ、獣人を集めて戦争ができるな』


 俺はそれに、「ありえない」と答えた。

 俺が戦争の旗印になるなんて、ありえない。

 アルビオン王国と敵対するなんて、ありえない。

 そういう意味の、「ありえない」だ。

 ルークの仕事が、俺に協力する事だけではなく、監視も含まれているのも分かっている。

 だから、ルークにも聞こえるよう、先王陛下に伝わるように、そう言ったのだ。


 自分が複雑な立場にいるのをなんとなく分かっているつもりだった。

 獣人街に訪れた事で、それがより、はっきりとした。

 俺は王都に、自分から監視されに来たとも言える。

 俺が貴族にはならないのは、余計な権力を持ちたくないからだ。

 おじさんの養子にはならないが、縁を切るつもりは無いし、アルビオン王国の敵になる気もない。

 珍しいスキルを持っているが、その能力はギルド職員として五国同盟のために使う。

 王都に来なければ、アルブスでギルド職員として淡々と一生を終えていたかもしれない。

 ただ、ソフィア達と出会った時に、いつかボロを出してしまったらどうなるのか考えた。

 スキルの事が知られれば大変な事になるだろうとは思ったが、それ以上に刻印の事が分かれば、個人の自由などなくなる。

 それこそ今、ロトス帝国にいるもう一人の刻印持ちのように、国家の間で引っ張りあわれ、暗黒期が来れば戦場に立たされる。

 先王陛下にスキルの事が伝わった時、それなら監視対象の下にいた方がいいのかもしれないと、頭の片隅でそう思う自分がいた。

 日本で生まれた俺ではなく、この世界で生まれ育った俺が、そう囁いた。

 長い物に巻かれておいて、自分の身を守るべきかもしれないと。

 俺の人格を知ってもらい、危険人物だと思われないようにするべきだと、そう思ったのだ。

 日本で普通に生活していた頃は、こんなあからさまに打算的な事は思いつかなかった。

 そして、突然いわれのない罪で捕まったり、反逆者として近衛兵に取り押さえられたりしないか、そう不安に思う事もなかっただろう。


 結果的に今、複雑ではあるが、まだ俺はギルド職員としていられる。

 俺の答えが正解かどうかは、まだ分からないけれど、先王陛下はまだ俺をある程度自由にさせてくれている。

 全くの自由なんて、誰も持ってはいないと俺は思っている。

 俺は今の自由で満足している。

 いつまでもこのままでいられないと頭の隅では理解しつつも、俺は毎日の忙しさに目を向ける事にした。


 ある日の午後。

 いつものように、窓口業務を終わらせた俺は、事務所のイスに座りユージンと談笑していた。

 そこへ静かにルークが入ってきた。

 何も話していないと言うのに、その時すでに俺は嫌な予感がビシバシしていた。

 何故ならば、ルークが静かな時点で不自然であるからだ。


「……何かあったらしいな」


「あは、バレました? まあ悪い知らせとは言い切れないんですけど」


 ヘラリと笑ったルークの背後にふいに現れたクインシーは、その曖昧な笑顔を浮かべる顔の天辺に、手を振り下ろした。


「ハッキリしやがれ! 何があった?」


「ビックリした! うわ、言います! 言うから、その手はしまって下さいよ、キューの旦那!」


 頭をさすりながら、仕切り直したルークが、実は、と切り出した。


「ノアさんと同じスキルを持っていると言う人物が現れました」


「ほ、本当ですか?」


「へぇ……」


 ユージンが驚きに目を瞬いている。

 クインシーは口の端を引っ張り上げて、喉を鳴らした。


「まあ、これまでも同じような主張をする人は大勢いたんですけどね」


 クインシーが、だろうなと呟いた。俺は初耳である。


「前からいただろうがな。スキル当てや、属性当てをする占い師崩れみたいなヤツらは」


「これまでは、占いの域を出なかったんですけどね。まぁしかし、実際にそういうスキルがあると分かって、偽物はかなり増えました」


「ハッタリかまして、金稼ごうって乗っかるやつがいてもおかしかナイさ」


 つまり、これまで名乗りを上げた者のほとんどが偽物だった訳か。

 わざわざルークが報告しにきたのだから、今回現れた人物というのは、本物なのではないのだろうか?

 一人の重圧から開放されるならば、と楽観的に考えたのだが、ルークの表情を見るに、どうやらそう簡単な話しではないらしい。


「アビリティースコアのスキルを持ったヤツが、アルビオン王国に二人もいたら困るダロ」


 今までは俺しかおらず、ギルド職員として協力しているから、他国も静観しているようだった。

 ただ、それがアルビオン王国に偏って二人いるとなれば、ロトス帝国あたりが黙っていないだろう。

 きっと一人自国に派遣しろと言ってくる。

 それならば、刻印持ちもいないアニマ王国も名乗りを上げそうである。


「まだこの事は、他国には正式に発表してません」


「けれどそいつは、アビリティースコアのスキル持ちであると、周囲に隠していないんだろう?」


 ルークが曖昧に頷いた。


「問題は彼の後ろに、男爵のコーディ卿が付いているところです。うかつに偽物だと判断ができないんです」


「本物の可能性は?」


 俺が尋ねると、ルークは腕組みをして言った。


「スキル当ては出来るようです。何人も当てたらしく、コーディ卿が周囲に自慢気に吹聴しています。今は自重するよう、上から言われて静かにしていますが」


「そいつは馬鹿なのか? あらゆる者から狙われるゾ」


 クインシーが鼻で笑う。

 ルークが困った顔をするのも分かる。

 他国にその話が伝わるのも、時間の問題だ。


「そいつが本物なのかどうか、確かめる必要がありますよね?」


 ユージンが言うと、その通りとばかりにルークが指差した。


「噂が噂である内に、はっきりさせなきゃならない。他の大勢と同じように偽物なのか、本当にスキル持ちなのか」


 嘘でも本当でも、大変なわけだ。

 そして俺は、先王陛下の命に従って、コーディ卿やギルド立会の元、その人物が本当にアビリティースコアのスキル持ちかどうか判断する事になった。

 同じスキル持ちならば、お互いのスキルを読めるはずだ。一番間違いのない方法だろう。




「二人とも、今日もお疲れ様」


「ええ、お疲れ様でした」


「ノアさん、お疲れ様です!」


 俺が相談員二人に声を掛けると、ルシオラからは静かに、ユージンからは元気のよい挨拶が返ってきた。


「じゃあ、会議室に行こうか」


 ルークからの話があったのは昨日。

 今は窓口業務終了後である。

 この後、例のスキル持ちとの対面が控えている。

 場所はここ、ギルドの会議室だ。

 俺がユージン達と共に会議室に足を踏み入れると、本部長が、いつもの定位置に座っていた。

 姿の見えなかったクインシーが、すでに会議室におり、隅の方で全体を見渡している。


「来たか。ルークは、コーディ卿達を出迎えに行っておる。まあ、座って待ちなさい」


 俺はすすめられるままに座り、着いて来た二人も両隣に腰を下ろした。

 ルシオラがこの場にいるのは、彼がアニマ王国出身であり、代表の役割も果たすからだとルークに事前に説明を受けた。


「こちらです」


 ルークが連れて来たコーディ卿は、五十代の恰幅のよい男性であった。

 豪奢な服で、突き出した腹を押さえつけている。

 その後ろにひっそりと立つのが、例のスキル持ちらしい。


「コーディ男爵である」


「コーディ卿。本日はギルドにお越し下さり、ありがとうございます」


 コーディ卿が名乗り、本部長が丁寧に挨拶をした。


「なに、陛下直々の命ならば仕方ない。諸君、この者がソーンだ」


「ソーンと申します」


 目をキュッと細めて笑うソーンは、不思議な服装をしていた。

 吟遊詩人が着るような、どこか異国風な民族衣装だ。

 袖が長く、全体的にシャープな印象だ。コーディ卿の横にいるせいか、ソーンは余計に細く見えた。

 年齢は正直分からない。

 二十代とも、三十代とも思える顔立ちをしている。

 ソーンはコーディ卿に恩があり、その恩返しのため、今は卿の護衛を勤めているらしい。

 コーディ卿が入って来た時から立ち上がっていた俺は、彼らに向き直り、自己紹介をする。

 コーディ卿はそれに鷹揚に頷き、ソーンは細い目を更に細めて目礼した。


「ではさっそくじゃが、スキルの検証に入らせて頂こうかの」


 本部長が言い、俺とソーンは向かい合った。

 コーディ卿やユージン達は、座って事態を見守っている。


「では、そちらからどうぞ」


 ソーンがそう言うので、俺は頷いて手を伸ばした。

 ソーンに触れるのは、水晶を通さず魔力を感じるためである。

 本来は俺には必要ない動作だが、スキル発動の条件と言う事になっているので仕方ない。


「……あれ」


 読み取れない。

 ソーンの種族名も、スキルも全てが分からなかった。

 こんな事は初めてだったので、驚いてソーンの手を離した。

 ソーンの持つ、不思議な雰囲気もあいまって、まるで未知の存在に感じる。


「どうしましたかな?」


 コーディ卿が不思議そうな顔で言った。


「読めない……」


「ノアさん?」


 俺の呟きに、ユージンが不安そうな声で名前を呼んだ。


「どうやら、スキルが発動しなかったようですねぇ」


 ソーンがニコリと笑って、一歩近付いて来た。


「では、私も失礼します。あなたのスキルを教えて下さい」


 無意識に下がろうとした丁度その時、ソーンに腕を取られ、目を覗き込まれた。


「本当に、鑑定士とアビリティースコアのダブルスキル持ちなんですね。 では、属性魔術はどうでしょう」


 ソーンが話すたび、背筋がゾワリとする。

 他人に自分を知られるというのは、俺が思っていたより気持ち悪い感覚だった。


「雷とは! 派手な属性をお持ちだ」


 雷属性は派手なのか。

 俺は静電気程度の威力でしか使った事がないので、実感がないが、稲妻を降らせたら確かに派手だろうな。


「もうよいのではないか? ソーンのスキルは本物だ。陛下にもそうお伝えしよう」


 ソーンからの重圧に耐えかねて、目をそらした瞬間、コーディ卿が言った。


「どうやら、ノアくんとやらのスキルは不完全らしいな。それならば、ソーンの方が優秀なようだ」


「あんた、ノアが偽物だって言いたいのか?」


 これまで沈黙していたクインシーが、唐突に口を開いた。


「……そうは言っていないがね。ソーンの方が、きっと陛下のお役に立てるだろうと思ったまでだ」


 コーディ卿は、ソーンを使って出世しようという考えを隠しもしなかった。

 クインシーの無礼な物の言い方も気にせず、冷静に言った。


「なんなら、もう一度読んでみたまえ。ソーン、いいね」


「はい、コーディ様」


 正直、ソーンに触れるのは遠慮したかったが、そう言われれば、やるしかない。

 俺はもう一度、ソーンの手に触れ、スキルを発動させた。


「……ダメです」


 首を振る俺に、クインシーが眉間のしわを深くして言った。


「なら、コイツならどうだ?」


 クインシーが指したのは、ユージンだった。

 俺のスキルは、ある程度の情報があれば知っていてもおかしくない。

 属性が分かったのだから、何かしらのスキル持ちではあるのだろう。

 だがソーンは、職業レベルについては一切触れなかった。

 コーディ卿が途中で止めたのも、余裕ではなく、続けていれば何か不都合があったせいかもしれない。

 クインシーが時間を作ってくれたおかげで、少しは考える事ができた。

 ソーンは確かに人のスキルや属性が分かるようだが、俺と全く同じと言う訳ではなさそうだ。


「ソーン、どうかね?」


「私は構いませんよ」


 これでも、コーディ卿達の余裕は崩れない。

 ユージンがおずおずと立ち上がり、ソーンの前に来た。

 その時、手首のブレスレットが熱を持った。

 そして、ギルド全体が大きく揺れる。

 窓ガラスが風圧でギシギシと鳴った。

 クインシーが、チラリと外を見て舌打ちする。


「おい、一旦この話はオアズケだ。外に出るぞ」


 何が起きているのか、さっぱり分からないが、赤い光が窓から差し込んできたのが見えた。

 夕日ならば、とっくに沈んだはずた。

 ならばあの赤い光は?


「本部長!」


 会議室の扉が大きな音をたてて開かれ、息を切らしたギルド職員が入ってきた。


「一体何事じゃ」


「近隣の建物で爆発があったようです! よく分かりませんが、かなりの威力を持った炎の塊が、ギルドにも近付いています!」


 光の正体は、風に煽られてゆらめく炎の明かりだった。

 俺達はルークを先導に、ギルドの玄関目指して走った。


「私の馬車が停めてある! 皆、乗りなさい!」


 コーディ卿がそう言って、二台あるうちの片方を指差した。

 巻き上がる炎の竜巻が、すぐそこまで迫っていた。


「先に乗れ!」


 クインシーに言われ、コーディ卿とソーンが乗り込んだ馬車に、俺とユージンも飛び乗った。

 そして、その瞬間、俺は気を失った。



2015/01/12 修正

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