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巡検 3

 メンシス騎士団駐屯地。

 昨日と同じ、騎士達が集められたホールで、俺は目の前の少年と固い握手を交わしていた。


「私は二番隊隊長、シエロ・ルビオ。よろしく!」


 安々と手を取られ、離されないままに、上下に振られる。


「……ノア・エセックスです。本日はよろしくお願い致します」


「うん! あ、マロースは私がちゃんと見てるから大丈夫! じゃあさっそく、お願いできるかな?」


 シエロ隊長が首を振って示した先には、無表情のマロースがいた。

 バルドの話しだと、二番隊は特に家格の高い者の集まりだそうだ。

 元隊長のマロースがそういった人物ばかり選んで隊員にしたからだろうな。


「一応言っておくけど、私は血統主義者じゃないよ!」


「……そうなんですか」


 こちらが尋ねた訳でもないのに、先程からドキッとする事ばかり話すので、小心な自分を暴かれている気分になる。

 水晶を挟んでシエロ隊長と向かいあう。

 少年に見えたのは最初だけで、思ったより年が近いのかもしれない。

 天使のような微笑みに、騙されそうになるが、隊長に選ばれるだけの理由がきっとあるのだ。


「私、弱い者イジメするやつ、大嫌いなんだ!」


 シエロ隊長の無邪気な言い方に、マロースが顔色を変えた。


「終わりました。こちらです。ご確認下さい」


 俺は早々と作業を終わらせて、シエロ隊長にカードを渡した。


「速いねぇ! ありがとう。じゃあ、次マロースね!」


 無言のマロースと向かい合う。


「拒否はされないんですね」


 俺はてっきり、こんな得体の知れないスキルを頼りにしてたまるか、とか、貴族の秘密は明かさないだとか言って断られると思っていた。

 昨日、参加しなかった者達の拒否の理由がそんな感じだったからだ。


 本音は、実力を知られるのが嫌だから。後は、騎士の中で出世する必要性を感じていない者も多いって、バルドは言っていたけれど。


 血統主義者の多い二番隊に関しては、特にだ。


「……僕は団長のお言葉に従う。確かに、私は自分の生まれを誇りに思っている。だが、だからこそ、団長を崇拝している」


 トリスタンを崇拝?

 つまり、自分より家格が上のトリスタンだからこそ、従っていると言う事か?

 マロースは気まずそうな顔で続けた。


「だからこそ、はじめは貴族ですらない貴様が、団長の友だという事が気にくわなかった」


「……それって」


 子供の癇癪かよ。

 貴族に生まれた自分を差し置いて、トリスタンと仲良くしている俺が邪魔だったのか。

 あの時、手合わせした時だ。

 認めないからなと叫んだのは、俺とトリスタンが友だと認めないと言う意味だったのだ。

 正直、色々ありすぎて忘れていた。


「……ハンスが何かやっているのは知っていた。見ないふりをしていたのだから、僕も同罪だ。隊長として、部下のしている事を把握していなかった私に責任がある。すまなかった」


「嫌がらせを受けていたのは私ではありません。本人達に謝罪して下さい」


「ああ……」


 それっきりマロースは静かになった。

 ハンスはハンスで、マロースを崇拝していたようだった。

 ただ、その方向を間違えたのだ。

 マロースと残りの二番隊全員を見終わり、次は四番隊の番になった。

 彼らもまた、全員参加だった。

 俺が驚いていると、シエロ隊長がフフっと笑って言った。


「そりゃあ、並ぶさ。ここで拒否したら、スミスの仲間だと疑われるだろう?」


「そんな事、思いもしませんでした」


 俺は苦く笑う。

 シエロ隊長の言葉に、集められた騎士のいくつかの肩が跳ねた。

 昨日、参加しなかった者達だろうか。

 疑われるのは嫌だが、今更並べないと顔に書いてある。

 バルドが、昨日参加出来なかった者や心変わりした者は並べと助け舟を出した事で、何人かは歩み出てきた。


「そう言えば、十番隊は?」


「……十番隊は、また今度頼む」


 トリスタンがそう言うので、俺は頷いた。

 詳しい事はここでは話し辛いのかもしれない。


「では、スキル相談に入らせて頂きます」


 まず、列を三つに分けた。

 隊長格と名前を呼ばれた者を俺の列に。

 それ以外の相談者は適当に二等分になってもらい、ユージンとレンジーの列に並んでもらった。


「隊長の皆さんに先にお伝えします。後日で構いません。隊ごとの魔力や体力の平均、傾向なんかを書類にまとめて、先王陛下に提出して下さい」


 分析には俺も関わる事になるだろうが、まずは先王陛下に報告してメンシス騎士団の戦力を把握してもらう。

 水晶に残るデータでは、全体的なもので個人を把握できるものではない。

 細かい事は隊長達に聞き取りしてもらう事になっている。


「これからは、ギルドからの依頼をこなして頂く機会が増えるかと思います。どうぞよろしくお願いします」


 各々から了承の返事をもらい、ひとつ息を吐く。

 そして、気合いを入れ直すと、スキル相談を始めた。



「終わったな……」


「疲れました」


「たくさんお話してきましたぁ」


「お疲れ様でしたわ、皆さん」


 上から俺、ユージン、レンジー、そして労りの声はラヴァだ。

 俺達は今、ギルドの馬車に揺られている。

 今日はトリスタンは遅くなるらしいので、俺は先に帰る事にした。


「ラヴァさんがあらかじめ、騎士系統の職業の分岐やスキルのデータをくれたから、相談に乗りやすかったです」


 ユージンが疲れながらも、充実した顔で言った。


「レンジー、ちゃんと団員の質問に答えられたのか?」


「大丈夫ですよぉ! お仕事はちゃぁんとやりました」


「ならいいんだ」


 俺はレンジーの頭をそっと撫でた。


「レンジーはなんで、貴族と知り合いになりたいんだ? いや、お付き合いしたいのか」


 ずっと気になっていたようだが、我慢できずにユージンが言った。


「そりゃあ、お金持ちの人と結婚できた方が、楽に生活できるじゃないですかぁ」


「お金は無いよりあった方がいいわよね」


「げ、現実的だね」


 えへへと笑いながらレンジーが言う。


「もうひとつ理由があってぇ。ワタシ、人を探してるんです!」


 ギルド職に就いているのも、各地を回りやすいからだと言う。


「貴族とお知り合いになれたら、ツテも広がりますからぁ」


 意外にも、レンジーなりのちゃんとした理由があったらしい。

 へぇ、とユージンが関心の声を上げ、次いで思い付いたという顔をした。


「なら、ノアさんは候補にはならないの?」


「……俺?」


いきなり話題の矛先がこちらを向いて、俺は目を瞬いた。


「ハハ、確かにエセックス辺境伯の身内だし、ツテはあるわな。頭ガチガチの血統主義者じゃネーしな?」


これまで静かにしていたクインシーが、ふざけた口調で言ってきた。


「ノアさんお知り合い多いですよね? お金にも困ってないし、優しいし!」


「持っているスキルも珍しいし。ああ、私はノアさんのお顔好きよ。私も立候補しちゃおうかしら」


 うわー。うわー。恥ずかしい。

 そんな褒めても何も出ないぞ。

 ユージン、俺はそんなに金持ちじゃないし、優しくない。

 ラヴァ、スキルのついでに付け足すように言われても。しかし美人にそう言われれば、嬉しいものだ。例え冗談でも。


「きゃー! ワタシったらこんな優良物件を見逃していたなんてぇ」


 どこまで本気なのか、ノリノリで黄色い声をあげると、上目遣いでレンジーが俺を見た。

 対する俺は困った顔で言った。


「そう言ってもらえるのは嬉しいけれど、レンジーは妹みたいな感じだからなぁ」


 あそこまで、金に対する執着を知って、更に人捜しのためだと言われれば、いくら可愛くても上目遣いの効果も半減すると言うものだ。


「えぇ、残念。でもワタシも、ノアさんはお兄ちゃんって感じだったんですぅ」


「そ、そうか」


 諦めるの早いな。

 少しばかり残念に思ってしまったが、顔に出ていないといい。


「たまにでいいんで、人捜し手伝って下さいね。ノアお兄ちゃん♪」


「ああ、うん。手伝うよ」


 俺は可愛らしくも小悪魔のようなレンジーに、しょうがないなと頷いた。


「やったー! ありがとうございますぅ」


「良かったな、レンジー。俺も出来る事があれば手伝うよ。それで、誰を探してるんだ?」


 飛び跳ねて喜ぶレンジーに、ユージンが尋ねる。


「えっとぉ、生き別れの兄を探しててぇ」


「生き別れ、ねえ」


 ラヴァが、少し驚いた顔で言った。

 レンジーは、母と二人暮らしで、父は最初からいなかったらしい。

 父について詳しい事は、母が語りたがらなかったと言う。

 娘と二人、かなり金銭的に厳しい生活を送っていたらしい。それを聞けば、豊かな生活を送りたいと思うのも、無理はないなと思えた。


「お母さんが家族の事を話すのは珍しかったから覚えてるんですぅ。愚痴もあんまり言わない人だったから」


 母は愛人で、誰かも分からない父とその間に生まれたのがワタシ、とレンジーが言った。


「あなたには異母兄弟の兄がいるのよって、ポツリと漏らしたんですよねぇ」


 レンジーは笑っていた。


「父を探すより、お兄ちゃんに会って話してみたいんです。ワタシを知って欲しいなぁって。ただそれだけ」


「レンジー……」


 ユージンが涙ぐんで、レンジーの名前を呼んだ。


「ちょっとぉ、なんでユージンが泣いてんの!」


 確かにな。

 レンジーはユージンの腕を軽く叩いた。

 俺は衝動的に、両手でレンジーとユージンの頭を撫でくりまわした。


「う、わわ。ノアさんっ」


「きゃぁー! 髪がボサボサになるぅ」


「ふふ、あなた達お似合いね」


 ラヴァが微笑ましく見守っている。

 クインシーは我関せずといった風を装いながらも、その口の端は笑っている。


「……ノアさんが本当にお兄ちゃんだったら良かったんですけどねぇ」


 涙で滲んだ小さな呟きが、俺には確かに届いていた。


2015/01/12 修正

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