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トロイメライ 4

活動報告でも今度書こうと思いますが、簡単な告知をさせて下さい。

コンプティーク10月号に、この作品の紹介が載ります。

雑誌の関係者様、スタジオ・ハードデラックス様、紹介して下さるコーナーの編集者様、本当にありがとうございます。


大阪帰省中に紹介のお話を頂いて、宿泊先で飛び上がりました。

ありがたいです。

 次の日の昼頃。

 ラヴァとレンジーから、『トロイメライ』についての中間報告が届いた。


 レンジーが、スキルで腕輪を鑑定したが、失敗。

 レアアイテムであるという事しか分からなかったそうだ。

 『トロイメライ』と言う呼び名で通っているが、これは本当の名前ではないらしい。

 次に、ラヴァからの報告である。

 腕輪に様々な種類や方法で、魔力を流してみたが、何も起こらなかったらしい。

 呪いが掛かっていないか調べている最中だそうだ。

 人体に装着して実験をするなら、それが終わってからでないと調べるのは危険だ。

 まだ解析には時間が掛かるようである。


 一方、ネスタ側にも動きがあった。

 金貸しが、商人の回収しそこねた腕輪に目を付けたらしい。

 ネスタの持っていた『トロイメライ』は本物である。

 金貸しは腕輪がレアアイテムなのを知っているので、絶対に回収しておきたいはずだ。

 本物の腕輪は、魔法ギルドで預かっているため、ネスタが今所持しているのは、偽物の腕輪の方だ。

 ネスタは金貸しに、腕輪を所持している事を必要最低限の露出で見せ付けて、交渉を引き延ばした。

 幸い、金貸しは腕輪が本物か偽物か区別がつかなかったようだ。

 散々脅しをかける金貸しに、ネスタはわざと怖がってみせた。

 調子に乗った金貸しは、まんまとボロを出した。元締めに繋がる手がかりだ。

 後は裏づけを取るばかりだ。


 そもそも、そんなにいくつも本物の腕輪があるのだろうか?

 俺は回収された『トロイメライ』が、レアアイテムであると聞いて、少し疑問に思った。

 だが腕輪がひとつしかないのなら、女魔術師側は、もっと本気で取り返しにくるはずだしな。


 ルーク達が、仲介人と接触したと連絡が入ったのは、夕方になってからだった。

 貴族のお坊ちゃんに変装したルークのもとに、仲介人が接触。

 金持ちだと思っているせいか、仲介人は最初から高い金額を払う必要があると言ってきたらしい。

 そこへ友人のふりをして待機していたユージンが、奇跡をおこすなんて言う腕輪は、偽者でなんの助けにもならない。金を払うのはやめるべきだと言った。 

 仲介人も、ここまで来て大金を逃すのは惜しいらしい。

 すぐに儀式を行うから、その奇跡を身を持って感じろと言ってきたそうだ。

 仲介人は、明日の朝、女魔術師をシュレルン家の屋敷へ連れて来ると言った。



「いよいよ明日じゃな」


「ええ。俺も隣室で儀式とやらを見てきます」


 使用人の棟には使われていない部屋がいくつもある。

 女魔術師を誘い込む部屋の両隣も空いている。

 そのひとつで様子をうかがいつつ、俺は女魔術師が儀式を使っている所を確認する事になっている。

 隣り合っている壁に掛かる絵画を外すと、隠し窓があるそうだ。

 さすが貴族の屋敷である。


「入るぞ」


 男の声と同時に、本部長室の扉が乱暴に開かれた。

 クインシーは気付いていたんだろう。全く動きもしなかったが、俺はかなり驚いたぞ。


「おぬし、もうちっと静かに入って来れんのか」


「別にいいじゃねぇか。久しぶりだな、ギルドの兄さん」


 本部長が呆れ顔で言うが、入って来た俺は全く悪びれないで俺に声をかけてきた。

 どこかで、見た事がある。


「ああ、魔窟調査の。あの時はお世話になりました」


 男は、魔窟調査について引き継ぎをした時に会った、リーダーだった。

 つまり、この男はベテランの冒険者でもあり、ギルド職員でもあるのだ。


「あんたとは変な所でばかり顔を合わすな。本来は、窓口の職員なんだろ?」


 魔窟の入り口に、女魔術師を捕縛するための作戦会議。

 確かに、変な所でばかり会っているな。俺は苦笑した。


「おぬし達、顔見知りのようじゃな。この男が、調査課から派遣されるチームのリーダーじゃ」


「まさか、詐欺師を捕まえるために駆り出される日が来るとはな。まあ、新種の魔物を捕縛するよりは、人相手の方がずっと楽だが」


 そう言って、リーダーは明るく笑ってみせた。

 その頼もしい笑みに、俺もつられて笑う。


「またお世話になります、リーダー」


「ああ、任せろ」





 翌朝。

 ルークとユージンは、例の部屋で待機している。

 俺はトリスタンと朝食をとった後、彼が屋敷に呼び寄せた三人組と再会していた。


「久しぶり、三人とも」


「ノアさん! 本当に、久しぶりっす!」


「怪我は、もう大丈夫だと聞いたが……」


 俺が話しかけると、ソルとジェラードが心配していたと口々に言ってくれた。

 嬉しいけれど、少し気恥ずかしく感じながらも、大丈夫だと答えた。

 フランだけ、少し離れた所でじっとこちらを見ている。


「フラン」


 ジェラードが、どうしたとフランを呼ぶ。


「なぁ、怖くないのか?」


 フランが、唐突に言った。

 どういう意味だ?


「俺はスミス隊長を信じてた。でも、その隊長に、お前刺されたんだぞ」


 フランの言い方は、支離滅裂だった。

 しかし、言いたい事は分かる気がした。

 フランはスミスをしたっていたようだった。

 あんな事があって、ショックを受けただろう。

 ソル達と仲良くなって、騎士団に行く回数は増えた。

 スミスと関わる機会も多かった。

 フランは、騎士団に関わらない方がいいと言いたいんだろう。

 俺が刺された日も、色々あったとは言え、俺が騎士団に寄らずにいれば何も起こらなかったかもしれない。

 トリスタンの屋敷に帰っていれば、おじさんが王宮に行くルートを変更してまで、騎士団に寄る事もなかっただろうから。

 フランは預かり知らない事だが、俺が騎士団と関わっているのは、ただトリスタンと仲がいいからだけでは無いのだ。

 だから、これからも騎士団とは関わっていく。


「フラン……? どうしたんすか?」


「お前らしくないぞ、フラン」


 ソルはいつもと違うフランの様子に困惑しているようだった。

 ジェラードは動じていなかった。

 フランがずっと考えていた事に気が付いていたのかもしれない。なだめるように、わざと冗談のように軽い口調で言った。

 それすら気に障ったのか、フランはジェラードを睨みつけた。


「あんな事があって、なんで普通に話しができるんだよ。死にかけたんだろ? 俺だってフラテル教だぞ。怖くないのかよ」


「怖く、ないよ」


 俺はフランの目を見て言った。

 フラテル教の信者だから、なんて言っていたら王都のほとんどの人を疑わなければいけなくなる。


「嘘だ」


「嘘じゃない」


 フランは首を振った。


「いいや、嘘だね。俺は知ってる。獣人もどきを斬りつけた時、お前は俺達を見て、ビビッてただろ」


 確かに血に驚いていた。

 目の前で起こった暴力にビビり、自分の覚悟の無さを、情けないと感じていた。

 あの時の俺は、余裕が無くて、全てを怖がっていた。

 けれど、今は違う。

 自分を守ってくれる力を暴力とは思わない。


「俺は確かに怖がりだけど、そんな俺を何度も助けてくれた仲間を怖いと思わないよ」


「馬鹿、疑えよ。お前、貴族の世界を知っているだろう? じゃないと、命がいくつあっても足りないぞ」


「俺を心配してくれてるのは、よく分かった。いい友達を持てて嬉しいよ」


 フラン自身、自分が何を言いたいのかよく分かっていなかったのかもしれない。

 しかし結局は、ただ俺が頼りないから気を付けろって言ってるように聞こえるのだ。

 照れを誤魔化すように、俺は笑った。


「や、やっぱり馬鹿だろ! 本当に死んでも知らないからな!」


「馬鹿でいいよ。自分で自分を疑えなんて言うやつに刺されたなら、そいつはよっぽど間抜けだったって事だ」


 もうその後はグダグダだった。ジェラードはもういいだろうと呆れた顔をし、ソルは最後までよく分からないという顔で、俺はフランが何を言っても相手にしなかった。


「じゃあ、裏口はよろしくお願いするよ」


「はいっす! 任せて下さい!」


「捕縛後、ギルドまでついて行けと団長に言われている。また後でな」


「おい、最後まで気を抜くなよ」


 ソルは元気に言った。

 ジェラードの落ち着いた声に、肩の力みが抜けた。

 フランはちょっといじけながらも、最後にはいつもの調子を取り戻しつつあった。

 俺をお人好しだの何だの言うが、自分だって人の事を言えないよな。

 そうこっそり思ったが、小さく笑うだけに留めた。




「よう、そろそろおいでになるぞ。準備はイイか?」


 クインシーに引っ張られ、俺は例の部屋の隣室に入った。

 すでに壁の絵画は外され、覗き窓があらわになっている。

 部屋に待機していたリーダーと目配せをし、頷き合う。

 万が一、気取られて逃げられたら困るので、突入のタイミングはリーダーに任せている。

 一応、儀式を確認する事になっているので、そこは臨機応変にやるしかない。


 俺のいる方には、リーダーを入れて三人。反対側の隣室にも、三人、調査課のメンバーが詰めている。

 俺は中の様子を見るため、小さな窓をのぞく。

 ルークはベッドに横になり、ユージンは隣にイスを置いて腰掛けているのが見えた。


「屋敷に到着したようだ」


 離れていても、映像を伝える事の出来る水晶を用いて、リーダーが屋敷前に潜む仲間と連絡を取り合う。

 音は伝わらないので、ハンドサインで合図しあうそうだ。

 ちなみにこの水晶、ルーク達のいる部屋にも隠しておいてある。


「仲介人に、例の女魔術師。後は儀式の手伝いをする者が二人。最優先は女魔術師。どんなスキルを持っているか分からんから気を付けろ」


 リーダーが、後ろに控える仲間に簡潔に指示を出した。


「(入って来た……)」


ルークの声が壁越しに聞こえる。


「あんたが奇跡を起こすって噂の、女魔術師?」


「控えよ。シャルム様は偉大なるお方。シャルム様の怒りに触れれば、治るものも治らぬぞ」


 女魔術師の左右を固める手下が、いかにもなセリフを声高々に言った。


「(ブフッ……!)」


「(クインシー! 我慢しろ……!)」


 あまりにも芝居がかったセリフがツボに入ったのか、クインシーが小さく吹いた。

 その間にも、手下はいかに女魔術師が素晴らしいかを語り続ける。


「分かった分かった。では、その儀式とやら、早速やってもらおうか」


「そう簡単に、」


 わざと渋ってみせる手下に、ルークは大金をちらつかせた。

 手下共が息を飲む。


「(あいつら現金すぎるだろ……)」


 やる気になったらしい、女魔術師側に、ユージンがわざと水を差すような事を言った。


「ちょっと待って下さい。ルーク様のお体に万が一があっては困ります」


「(おい、あいつどういうつもりだ……?)」


 リーダーが怪訝な顔でこちらを見た。


「わらわの力を疑うのかえ?」


「貴族とは言え、失礼にも程があるぞ! シャルム様、帰りましょう」


 リーダーが俺の顔を再び見る。

 しかし俺は手を上げる事で、リーダーを制した。

 手下は帰ろうと言うポーズをしつつも、本気で帰ろうとはしなかった。

 それに俺はユージンとルークを信じていた。


「(待機だ……)」


 リーダーが反対側の部屋にサインを送る。


「お前は何度でも奇跡をおこせるらしいな? ならば、」


 ルークが続けた。


「まずは、この傷を治してみせろ」


「(ルーク…!)」


 ルークは、俺が渡したシュテルン家の小刀で、素早く腕を切った。

 ボタリと血が垂れる。

 ルークは作戦会議の時、任せろと言った。

 足が不自由な騎士見習いを演じてみせる。病と言っても、見た目では判断出来ないだろうから、大丈夫だと。


 しかし、今になって、ルークは自分の腕を犠牲にする方法を取った。

 俺に言っていたら、絶対止めただろう。

 だから言わなかったのだ。最初から考えていたのか。


「(チッ。 おい、ノア。 ぼさっとしてんじゃネーゾ)」


 女魔術師が儀式を始めた。

 クインシーに叩かれ、俺は動揺を押さえつけて、女魔術師の動作に集中した。


 手下が呪文のようなものを唱える。

 そこには、なんの力の流れも感じない。

 その呪文の抑揚が一番大きくなった時、女魔術師がルークの腕輪部分に触れた。


「わらわに眠る力よ、奇跡を起こせ。生贄を飲み干せ、トロイメライ」


 みるみるうちに、腕の傷から流れていた血が止まっていく。


「(本当に治ってやがる……おい、ギルドの兄さんどうした?)」


「(顔色サイアクじゃねぇか)」


 俺はなんでもないと首を振って、リーダーに合図をした。


「(もういい、充分だ)」


「(分かった。突入!)」


 リーダーは時間を無駄にせず、迅速に行動した。

 女魔術師達は大した抵抗もなく、調査課が一網打尽にした。

 呆気ないくらいだった。

 女魔術師は醜くも呪詛を撒き散らしながら、リーダー達に引かれて別室に連れていかれた。


 俺はルークとユージンの残る部屋に入って、数日ぶりに声を交わした。


「ルーク……」


「ノアさん。 上手くいきましたね!」


「ああ、お疲れ様。これで、トロイメライの被害者は出ないだろう」


 ユージンもルークも嬉しそうだ。

 なのに俺は笑えなかった。


「任せたのは俺だけど、でも、俺はそんなつもりで小刀を渡したわけじゃないよ」


 浮かない顔の俺に気付いたルークが、それでも笑顔で言った。


「大した事ないですよ、これくらい。それで、この腕輪の効果は分かりましたよね?」


 病気のふりでは、腕輪の力がどんなものか、この場では分からなかったかもしれない。

 そのためにルークが腕を切ってみせたのも頭では分かっている。

 でもどこかで納得出来ていない自分がいた。


「分かった、けど」


「お役に立てて良かったです。どうせなら、全部治ってから突入してくれればよかったのに」


 俺は思わず叫んでいた。


「ダメだ…!」


 二人が肩を揺らした。

 俺は自分で出した声の大きさに、正気に戻った。


「その……腕輪の力に頼るのはよくないんだ。あれは、付けた者の魔力を吸い取って、奇跡を起こしているように見せているだけだ」


「それって……」


「本来持っている治癒力を魔力で無理やり早送りしているんだよ。治ったとしても、必ずどこかに負担がかかる」


「じゃあ、ネスタの母親は……」


 身体にめぐる魔力を病で無くした体力に変換させていたのだろう。数日は回復したように見えたかもしれない。

 けれど、それは病におかされた体をいたずらに弱らせ、結果的に命を早送りにしてしまう。

 俺はそれが分かってしまい、気分が悪くなっていた。

 ルークの腕には、生々しい赤い線が残っていた。

 表面上の傷口は塞がっていたが、下手に動けば開いてしまいそうだった。


「あの……ちゃんと相談せずにすいませんでした」


 ルークが、真面目な声色で言って、頭を下げた。

 ユージンが緊張した顔で俺も、と呟いた。


「ごめん。怒っているんじゃないんだ。ルークも、ユージンもよくやってくれた。ありがとう」


 ルークをそれ以上責める事は出来なかった。

 ただ、きっとまた同じような事をルークはしてしまうのではないか。

 それが心配だった。



2015/01/12 修正

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