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トロイメライ 3

 窓口は今日も忙しい。

 相談窓口には、交代で新しいメンバーが座っている。


 艶やかな黒髪に、碧眼の男性。

 彼の名前はルシオラと言う。

 物腰は柔らかく、相談窓口での対応も、丁寧な口調で落ち着いている。

 ルシオラはアニマ王国から派遣されたようだ。


 もう一人はテオ。

 ルシオラと正反対で、白に近い金髪。片目に傷がある。

 第一印象は強面だが、テオは窓口の経験がある本物のギルド職員らしい。


 レンジーとユージンはここにいない。

 三の郭にて鑑定士の仕事を行うはずの予定だった二人は、それぞれ『トロイメライ』摘発の為に動いてくれているのだ。

 レンジーはラヴァと、ユージンはルークと行動している。



 順調に見えた、午前中の業務終了間際。

 傭兵風の新規登録者を前に、ステータスの焼き付けを行おうとした時だった。

 水晶が赤く光り、焼き付けに失敗した。


「おい、一体何だよ。まだ終わらないのか?」


 傭兵風の男は、カウンターを指で叩きながら文句を言っている。

 俺はこの水晶の反応に心当たりがあったので、落ち着いてカードに仮登録された名前を見た。


「えー、ヒュー・ボイド様。以前、ギルドカードを発行された事がありますね?」


「は? 初めてだけど? てか、もしあったとしてお前に何か関係あんの」


 ボイドは面倒くさそうな表情で、さらにカツカツと指で音をたてた。


「では、別のお名前で登録されていた事はございませんか?」


 俺が努めて平静に返すと、ボイドはカウンターを拳で殴りつけた。


「何? 疑ってるわけ? こんだけ待って、まだ待たせるの?」


「水晶の赤色の反応ですが、以前にご登録頂いた方の魔力を感知して光る仕組みになっております」


 詳しい仕組みはラヴァに聞かないと分からないが、全てのギルドの水晶に、新規登録者の魔力の痕跡が共有されるらしい。

 そうやって、二重登録を防止しているそうだ。

 もし、新しく登録し直したい場合や、カードを無くしてしまった場合は、手続きが必要になる。

 カードを無くしてしまった場合、よっぽど有名な人物であったり、本人である証明がきればいいが、それはなかなか難しい。

 ほとんどの場合、これまで上げてきたランクを全て消して、再登録する事になる。


 ボイドの場合、わざと名前を変えて新規登録者になりすまし、サービスを不正に利用しようとしているのだろう。


「あー、前のカード無くしたんで。登録し直したいんだった。今思い出したわ」


「その場合、別途手続きが必要になります。こちらの窓口では解除できませんので、エントランスにおりますギルド職員におたずね下さい」


 白々しく開き直ったボイドに、わざとゆっくり言ってやる。


「それぐらい、ちゃっちゃとやってよ。また並ぶの面倒くさいし。ねぇ、あんたの他に出来る人いないの?」


 面倒くさいのはこっちである。


「私以外、ステータスの登録サービスを行える者がおりません。ご不便をお掛け致しております。申し訳ありませんが、」


 また改めてと言いかけた所で、胸元を掴まれそうになった。

 ぼんやりしていると、またクインシーにどやされるので、俺は後ろに下がってボイドの手を避ける。

 ボイドは職員に引っ張られ、ギルドから放り出された。


「また改めて起こし下さい、オキャクサマ」


 クインシーがわざとらしく言って、それを見送った。



 午後の業務が終わり、俺とクインシーは本部長の部屋へ向かった。


「失礼します」


「おお、来たか。ノアの作戦はまずまずの成功じゃ」


 本部長は俺に席をすすめると、各方面から集まってきた報告を話してくれた。


「まず、ルークからじゃな。見事に『トロイメライ』を売る商人に接触。早速儀式を行いたいと、商人に訴えたそうじゃ。商人には多めに金を支払っておいたと言っておった」


 商人はハッキリとは言わなかったが、明日の朝あたり、仲介人が来るとほのめかして帰っていったそうだ。


 さすがルーク。

 商人に優先させるよう袖の下を渡しつつ、金はあると分からせた。


「屋敷の使用許可を貰ってきました。保険で、紋章の入った小刀も借りてきました。ルークに渡しておいて下さい」


「ほぉ。太っ腹じゃな。これで、最後の仕上げに必要な場は整った」


 小刀に入った紋章は、シュテルン家のものだ。

 俺がトリスタンから取ってきたのは、使用人が寝泊まりする離れの使用許可である。


 ルークは貴族のお坊ちゃん。

 トリスタンの従者で、シュテルンの屋敷に寝泊まりしている。

 そういう設定だ。


 最終的に、女魔術師をどこに誘い出すか。

 不自然でなく、女魔術師が欲にかられるような場所。

 そう考えれば、トリスタンの屋敷はかなり都合が良かった。


「急な事であるし、シュテルン家ほどの家柄だと、許可は正直難しいと思っておったのだが。キミは随分とトリスタン殿と仲がよいようだ」


「友のためならと、快諾してくれました。当日は騎士を何人か呼んで、会食をするそうなので多少騒いでも平気だとも」


 トリスタンが言った事をそのまま伝える。


「ふむ?」


「会食とは冗談で、騎士達が屋敷の裏口を見張ってくれるのでしょう」


 きっとあの三人組が来てくれるのだろう。

 怪我をしてから、屋敷とギルドの往復で会えていなかったので、いい機会だ。


「あのトリスタン殿が、まさか冗談を言えるとは。しかし有り難い」


 トリスタンはギルドの本部長に、冗談も言えない堅物だと思われているらしい。

 本部長も正直すぎる。


「ラヴァの方はどんな具合ですか?」


「ああ。どうやら、『トロイメライ』の偽物が出回っておるらしい」


 回収する中で分かったのは、商人から直接買ったもの以外は、マジックアイテムでもなんでもない、ただのガラクタらしい。

 魔法ギルドの解析により、偽物には目眩ましの類の魔術が掛かっている事が分かった。

 解体しようとすると壊れたり、掛けられた魔術が分からないような呪いだ。


 そこでレンジーは、奇跡の証人達から、アイテムを回収しようとした。

 しかし、彼らは、後から商人が来て不要になった『トロイメライ』を買い取って行ったと話したそうだ。

 どうやら、女魔術師側もかなり慎重らしい。

 証拠は残さないで、上手い事儲けているようだった。

 しかし、関心している場合じゃないな。


「そこでじゃ、例のネスタ・オーデルが、『トロイメライ』をまだ所持している事が分かってな」


 ネスタは、母の遺品のひとつとして、腕輪を手放したがらなかったようだ。


「今、やっとこさ本物の解析がはじまったわい」


 ネスタの、女魔術師の正体を暴いてやろうという執念が、証拠を残したのだ。

 俺はそう思った。



2015/01/12 修正

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