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トロイメライ 2

 儀式が成功した噂と言うのは、その大半を女魔術師側が流したのではないだろうか。

 『トロイメライ』は、小さな奇跡をおこす事ができるのかもしれない。もしくは、そういう風に演出する。

 そして、ルークが会ってきた証人達を利用して噂を広める。

 しばらくすると、儀式を何度も行う必要のある人物が『トロイメライ』の噂に引かれてやってくる。そう、ネスタ・オーデルの母のような重病人だ。

 そういった藁にもすがる思いで助けを求めた人から、金を巻き上げているのではないか、と言うのがみんなの見解だった。


「半日足らずで、よくそこまで調べられたな」


「トロイメライの件は、俺達の間では、ちょっと前から話題になっていましたからね」


 俺が感心して言うと、ルークは少しだけ照れくさそうな顔をした。

 ルークの話す俺達というのは、同じ情報課の事なのか。

 他にも街の噂なんかを提供してくれる仲間がいるのだろうな。


「マジックアイテムを利用して悪さをするような人物には、早々に消えて貰わないと困るの。調査するなら、魔法ギルドも手をかしますわ」


 ラヴァがニコリとしながら言った。目が全然笑ってない。

 ラヴァ達は人の生活が豊かになればと、真面目にマジックアイテムの開発に取り組んでいる。

 女魔術師のやっている事は、それに真っ向から喧嘩を売っているようなものである。怒るのも当然だろう。

 美人が怒ると迫力があるな。



 翌日。

 『トロイメライ』の件は、本腰を入れて調査する事になった。

 まず、ギルド本部長に『トロイメライ』の危険性を伝える。

 魔窟の時と違って、今回はちゃんと聞き入れてもらえた。

 王宮から返事を待つ間、出来る事をやろう。

 俺はルークに頼んで、ネスタ・オーデル本人にギルドへ来てもらった。


「お願いします! 助けて下さい! お願いします!」


 ネスタは、会った瞬間、頭を下げて助けを求めて来た。

 ルークは一体、何と言って連れて来たのだろう。俺達には、ネスタの母を助ける力は無い。


「……母は、母は死にました。借金までして儀式をしたのに、助かりませんでした」


 悲壮な表情のネスタを見れば、分かるようなものなのに、俺はなんて間抜けなのだろう。

 間に合わなかったのだ。

 いや、助かるかどうかも分からなかった。

 そんな事は分かっていても、罪悪感が胸に渦巻いた。


「お辛いとは思いますが、詳しい話しを聞かせてもらえますか?」


 唇を一度噛み締め、ネスタは事のあらましを話し始めた。

 女魔術師のやっている事は、だいたいみんなが想像した通りだった。

 母の看病をしていると、行商人がやってきて、『トロイメライ』を売りつけてきた。

 『トロイメライ』自体はそこまで高額でないため、ネスタは半信半疑で購入。

 次の日、仲介人だと言う男がやって来て、儀式の為に必要な道具を要求してきたそうだ。

 わずかな貯えを使って、何に使うかも分からない道具を言われた通りに用意して待っていると、女の魔術師がやってきて、『トロイメライ』に触れ、儀式を行った。

 儀式を行うと、ネスタの母は数日間は体調が良くなったが、完治はしなかった。

 すると仲介人が再びやってきて、今度は金銭を要求。儀式を行うも、やはり完治はしない。

 それでも、少しの間だけでも母親の辛そうな顔が和らぐならと、店の商品を売り、着る物を売り儀式を重ねたらしい。

 とうとう店を担保に借金までして儀式を頼んだが、母は呆気なく亡くなった。

 ネスタは暗い顔で言った。


「騙された方が悪いって言うなら、そうかもしれません。奇跡なんて、そんな簡単に起こせるはずないんだって、分かってます。それでも、このまま引き下がれないんです」


「それは、仇を討ちたいって事?」


 ルークが低い声でたずねた。

 それにネスタは力無く首を振る。


「母を殺したのは、病です。オヤジを看取ったんだ。治らないのも分かってた。でも、二人が残してくれた店だけは、無くしたくないんです……!」


 今、ネスタは借金の担保にした店まで失いそうになっている。

 そうなれば、自分には何も残らない。そう言って泣いた。

 ネスタに金を貸そうと言って、店を担保にした金貸しごと、その女魔術師とグルらしかった。

 ネスタを助けるためにも、これ以上、被害を増やさないためにも、早く女魔術師を捕まえなければ。

 ラヴァも、ユージンとレンジーも苦い顔をしていた。

 俺も同じような顔をしているんだろう。

 ルークはクインシーと小さな声で話し合っていた。



 本部長から呼ばれたのは、ネスタの話を聞き終わり、これからどうすべきか話し合おうとしていた時だった。

 ネスタには別室で待ってもらい、俺達は本部長の部屋へ急いだ。


「王宮から、返事が来た」

 

 三日後、王都から王宮の魔導師と近衛兵が派遣されるそうだ。

 これで大丈夫だ。そう思った瞬間、期待は裏切られる。


「その女魔術師を引き取りにくるので、証拠を押さえてギルドに連れて来るように、だそうじゃ」


 本部長がため息と一緒にそう言った。

 ラヴァが肩を震わせて笑っている。


「ふふふ、それはつまり、私達でどうにかしろと言っているのと変わらないじゃないの」


「そんでオイシーところ、全部持っていこうってか」


 クインシーが凶悪な笑顔で本部長を睨みつけた。


「二人とも。本部長は悪くないんだから、そんな顔するなよ」


 本部長が助かったとばかりにこちらを見ている。


「準備に三日も掛かる事も、近衛兵をつれてギルドまで堂々と来てしまう事も、証拠集めから犯人逮捕まで俺達に押し付けちゃう事も、全部本部長のせいじゃないだろ?」


 俺が優しく語りかけるように二人に言った。

 本部長が俺から顔をそらした。


「ええ、そうね。そうだわ」


「くそ、ユースのヤツ、後で文句言ってやる」


 あれ、どうしたんだ。ユージンもレンジーもそんな後ろで震えて。


 さっそく、どうやって女魔術師の一味を一網打尽にするかの作戦会議が始まった。

 俺はこれでも、王宮は早く動いてくれている方なのだろうと思っている。

 それに、ギルドと魔法ギルドが力を合わせて成果を出す機会でもある。

 王宮からのお達しを無視する訳にもいかない。

 お膳立てでもなんでも、しようじゃないか。

 都合のいい事に、三日後は窓口業務が休みである。


「ラヴァ、レンジー、トロイメライの解析をよろしく。」


「分かったわ」


 スキルのデータ整理で忙しいだろうに、ラヴァは迷いなく頷いた。


「わたしは何をすればいいんですかぁ?」


「ルークから情報を貰って、トロイメライの回収をして欲しいんだけど。お願いできるかな」


「分かりましたぁ!」


 魔法ギルドが掴まされたアイテムの中には、偽物が混じっているかもしれない。

 物的証拠は多い方がいい。

 レンジーの元気な返事に俺も笑った。


「ユージンはルークに付いて、行商人からトロイメライを買い付けてきてくれないか?」


「お、俺がですか?」


 ユージンは、自分の名前が出た事に驚いたようだった。


「まず、ルークには病人と偽って囮になってもらう。」


「任せて、任せて!」


「ペテン師を騙そうってか」


 クインシーがニヤリと笑った。

 その通りである。

 ユージンはルークの看病をするふりをしつつ、行商人と接触。


「ユージンは、もう一人前の鑑定士だろう? 行商人の前で、俺は鑑定士のスキルを持っているが、このアイテムは偽物だって言うんだ」


「いちにんまえ……」


 ユージンの頬が赤くなった。

 照れるのはいいが、ここからが重要だぞ。

 下手な噂を立てられると困る女魔術師側が、何らかの接触をしてくるはずだ。

 一番いいのは、仲介人が来て、女魔術師を誘き出せる事だが、そう上手くいくか分からない。

 本当は俺が行けたらいいんだけど。

 そう言うとルークに絶対ダメだ猛反対された。


「ノアさんは今、有名人なんですよ! 大人しくギルドで待機していて下さい!」


 有名人と言う表現が正しいのか分からないが、もし名前や顔が女魔術師側に伝わっていたら、スキルやステータスを見通すような人物には接触して来ないだろう。

 それくらいは分かっている。


「俺が見た方が早いかな、なんて思ったんだが。必ず仲介人が来るとも限らない。……例えば襲撃されたりとか」


「危ないの分かってるじゃないですか!」


「だから、ルークだって危ないだろう?」


 そう言うと、何故だか周りがシンとした。

 俺は何か間違った事を言っただろうか。

 変な空気に堪えらなかった俺は、何時もより若干饒舌に続けた。


「ユージンは危険察知のスキルを持ってる。ユージンもルークも、危ない目に合ってほしくない。けど、もしあちら側が接触して来たら必ず尻尾を捕まえたい」


 そしてそのまま、白昼の下へ引きずり出してやる。

 もし二人に何かあったらと考えると、腹の奥が重くなる。

 しかし、これは時間との勝負でもあるのだ。

 例えば俺達が、女魔術師を捕まえられないとする。

 そこへ何も考えずに魔導師が近衛兵を大勢引き連れて、ギルドに堂々と現れ、一斉に『トロイメライ』の摘発を始めたらどうなるか。

 俺が犯人なら、すぐに王都を出て、別の街でまた同じ事をするだろう。名前や方法を変えれば、事態が明るみに出るまで相当時間がかかる。

 女魔術師側が、俺達の調査に気付いて王都から姿を眩ましたら厄介すぎるのだ。

 ユージンの危険察知のスキルがあれば、先手を取れる可能性が上がる。

 そして、きっとその力はユージンとルークを守ってくれるだろう。


「お、俺! やります! 絶対、誘き出してやります!」


「ユージン……。ああ、お前ならできるよ」


 ユージンが力強く言った。

 その手は少し震えていたけれど、俺は見なかった事にした。


「ギルドからは、調査課に協力してもらおう。ベテランの援護があれば、おぬしらも安心じゃろ?」


 誘き出した一味を取り逃がしたりしないよう、人海戦術で逃走ルートは全てつぶしておく。


「ネスタ・オーデルを連れて来ました」


 別室に待機していたネスタをルークが連れてきた。

 彼には、女魔術師を捕まえるのと同時進行で、金貸しを引っ張る囮になってもらわなければならない。

 事情を説明すると、ネスタは危険は承知の上で協力すると言ってくれた。


「こっちは情報課から別に人を出すよ。金貸しの元締めが、女魔術師だけとは限らないからね」


 金を回収しにくる手下を捕まえて、たっぷり締め上げる気らしい。

 ルークがそう言ったので、ネスタの方は情報課に任せる事になった。


「さて、作戦開始だな」


 俺達はそれぞれの役割を果たすため動き出した。



2015/01/12 修正

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