トロイメライ 1
二日目も同じメンバーでの仕事だった。
午前中は、昨日並んでいた利用者からスタートだ。
ギルドに入場できたのに、時間内に見ることのできなかった人達にあらかじめ整理券を配っていたらしい。
午前中の業務はとどこおりなく終了した。
心なしか、昨日より傭兵の割合が少なかったような気がする。
確実にクインシーの影響だろう。
昼の休憩中、クインシーにそう言ってみた。
「まぁ、そうだろな。昨日の奴等は、大方、貴族にでも雇われたんだろーからな」
よく分からない。
しかしここで、分からないって顔をすれば、強烈なデコピンが飛んでくるに違いない。俺は曖昧に笑ってみた。
それを聞いていたユージンが、俺の変わりに疑問をぶつけてくれた。
「なんで、わざわざ傭兵なんか雇ったんでしょう」
「お前のボスの力が本物かどうか、偵察に来たんだよ。新人冒険者探すより、ギルドカード作ってねぇ傭兵雇う方が簡単だからダロ」
はあ、なるほど。
貴族達は俺のスキルが知りたい。しかし先王陛下がいる手前、公に調べる事ができない。コネのない貴族や下級の貴族に順番が回ってくるのは、ずいぶんと先の話しになるかもしれない。
だから、わざわざ傭兵を雇って長い列を並ばせて、俺のスキルを見に来たのか。
ご苦労な事である。
そして、クインシーの存在に怖気づいた傭兵達は姿を消した、と。
ナイス質問だった、ユージン。
そんな意味を込めてユージンに笑い掛けた。
ユージンは少し驚いた顔をした後、同じように笑ってくれた。
午後の業務が終わりを迎える頃、ギルド内がざわめき出した。
何事だろう。
ちょうど四十五人目を見終わったところで、俺は視線をエントランスに向けた。
「よう、久しぶりだな」
「……お前、何しに来たんだ」
俺はすぐ、視線をカウンターに戻した。
なんだあれ。
銀色と金色の魔物が殺気立ちながら会話しているみたいだ。
色彩は正反対なのに、体から発せられるオーラは、同じような圧迫感を持っている。
銀色は、いつもより三割増しに凶悪な顔をしたクインシーだ。
ならば、金色は誰だろう。
「おい、次は俺だろう?」
ゆっくりと下げていた視線を上げる。
そこには、金色の獣がいた。
頭から食われるんじゃないかと錯覚する。落ち着け俺。
そうだ。
この雰囲気、エセックス辺境伯……おじさんと似ているものがある。
堂々としていて、人の上に立つのがふさわしいと周りに思わせる迫力の持ち主である。
俺はそう思い込む事で、どうにか気を持ち直した。
笑顔でお待たせしましたと言うと、金色の男が口の端を持ち上げた。
カウンターに置かれたギルドカードには、こう書かれている。
オズワルド・タイガー
登録/アルビオン本部
ソロランク/S
パーティーランク/A
まさかのSランカーだ。
ギルド内がざわついたのもわかる。
太陽のような赤味がかった金髪と、なにもかも見通してしまいそうな金色の瞳。
クインシーが、近くにいるのが分かる。オズワルドの背中を睨みつけているようだが、引きとめはしないので危険ではないのだろう。
先ほどの会話から、顔見知りだという事は分かったが、どういう関係なんだろうか。
お決まりの説明をすると、オズワルドが視線を合わせてくる。俺はいつもより緊張しながら、金色の瞳を見ると、スキルを発動させた。
「……!」
「へぇ、なるほどなぁ。すげぇスキルがあったもんだぜ」
オズワルドのステータスは、Sランカーに相応しい、素晴らしいものだった。
これまで出会った人物の中で、五本の指に入るくらいである。
きっと裏側で、ラヴァが狂喜乱舞しているに違いない。
だが、俺が驚いたのはそこではなかった。
王都の有名Sランカーとはつまり、国の顔でもある。そんな人物に、獣人の血が混じっているなんて。
表示は人族となっている。人族の血の方が濃いからだろう。
見た目で分かる特徴は無いが、どこかで獣人の血が混じっているのだ。
「守秘義務がございますので、お客様のステータスをみだりに口にしたりはしません。ご安心下さい」
「まぁ、いずれ自分から言う時がくるだろうよ。ありがとな」
オズワルドの大きな手が、俺の頭を撫ぜる。
その仕草は言外に、もし喋ったら首をねじ切るぞって意味でしょうか。
絶対言いません。だからもう帰って下さい。
俺の心の声が聞こえたのか、クインシーがオズワルドの手を叩き落した。
うわぁ。乱暴はやめてくれ。頼むから。
「お前、本当に何しに来たんだ。用が済んだなら帰れ!」
「なに、最近伸び悩んでいてな 何か参考になればと思って来てみたのさ。俺の戦い方は派手だから、隠す様なスキルも無いしな」
嘘は言っていない。
だが、本当の事も言っていない。
オズワルドは乱暴なクインシーの行動に怒りもせず、隣の相談窓口の列へ並んだ。
ユージンの方だ。頑張れ。
俺は目の前から消えた威圧感に、ひとつ息を吐いた。
ギルド内はまだざわついている。
次の整理券を持った者に、ギルド職員が同意書を見せている。
オズワルドの出現により、説明が中断していたようだ。
俺は少しだけ空いた時間に、クインシーに恐る恐る話しかけた。
「あの人、Aランクパーティ、『エーデルシュタイン』のリーダーですよね?」
「ああ、王都じゃ有名らしいな。ついこの間まで、わがままなガキだったくせに。アイツも偉くなったもんだぜ」
クインシーのあんまりな言い様に、開いた口が塞がらない。
見た目に騙されそうになるが、クインシーはオズワルドより年上なんだよな。
「お前が言いたい事は分かるが、俺は違うゼ? もっと別のもんだ」
え?
そう聞き返す暇も無く、クインシーはスルリとエントランスに姿を消した。
俺はただ、クインシーとオズワルドの関係が気になっていただけなのだが。
何を勘違いしたのか、クインシーは勝手に爆弾を落としていった。
もっと別のもんってなんだ。
と言うか、クインシーは知っているんだな。オズワルドに獣人の血が混じっている事を。
突っ込みが追いつかない。
説明が終わったのか、次の利用者がカウンターへ歩いてきた。
俺は考えるのを一度やめる事にした。
「お待たせしました。カードのご提示をお願いします」
オズワルドが来た以外、特筆する事もなく、午後の業務が終わった。
レンジーに引っ張られるように、ユージンが歩いている。
魂が抜けているような感じだ。
「ユージン、大丈夫ぅ?」
「……俺、何も言えませんでした」
俺はユージンの肩を叩いておいた。
無理もない。
オズワルドはすでに、戦い方のスタイルが出来上がっている。
正直、これ以上強くなってどうするんだって感じだ。
眉間の辺りを揉みながら事務所へと戻ると、そこにはルークが待ち構えていた。
「ルーク、来てたのか。待たせて悪かったな」
「待ってない、待ってない! ナイスタイミング俺! お疲れの所スイマセンが、ネスタ・オーデルについてご報告してもいいですか?」
仕事早いな、ルーク。
俺は笑って頷いた。
ネスタ・オーデルは商人の息子である。
ネスタ自身は王都の出身だが、両親は別の街からやってきたらしい。
一月程前父が病で亡くなり、それからは母一人子一人で、小さなマジックアイテムの店をやっていたらしい。
不幸は続くもので、母親も父と同じ病にかかり、今は床に臥しているそうだ。
「それで、なんで嘘を見破るスキルなんだ? 普通なら、病を癒すスキルとか、薬を求めるものじゃないか」
俺の父がそうだったように。
しかし、ルークの話には、まだ続きがあるらしかった。
「それですよ! どうやら最近、万病に効くって評判のアイテムを手に入れたらしくて。でもそんな都合の良い物、ある訳ないでしょ?」
そりゃそうだ。怪しすぎる。
「でもそのアイテム、街でかなり出回ってるらしいんですよ。魔法ギルドのラヴァさんなら知ってるんじゃない?」
「……ええ。そのアイテムの名前は『トロイメライ』。 ブレスレット型のマジックアイテムよ」
いつものラヴァらしくない、暗い顔だ。
なんでも、そのアイテムが出回り始めて、回復系のアイテムの売り上げが落ちているらしい。
アイテムの効果を調べるため、現物を手に入れたが、それだけでは効果を発揮しないらしい。
まずアイテムを手に入れ、それを使用する人に装着させる。
仲介人にお金を払うと、女の魔術師が来て病気を治してくれるそうだ。
本当に治ったと言う報告があり、口コミで『トロイメライ』の存在が広まっているそうだ。
アイテムは分析中で、どういった仕組みなのかまだ不明だという。
魔法ギルドとしては商売上がったりよ、とラヴァが言った。
「……うさんくさいな、その女の魔術師」
俺がポツリと呟くと、ルークが大きく頷いた。
「効果があったという何人かに会いました。軽い風邪や、怪我を治してもらったそうです。なんでも、重い病の場合は、何度か儀式が必要であるとか」
「儀式って! ますます、うさんくさぁい」
レンジーが口に手を充てて、信じられないとばかりに言った。
ルークが続けた。
「その証人達も、噂で聞くほどいないみたいなんです。儀式には回数や叶えたい願いの程度によって、要求される金額が変わるそうですよ」
「詐欺ダロ」
「詐欺ですね」
「詐欺でしょお!」
満場一致だった。
2015/01/12 修正