狂信者 4
人物紹介に、ソフィアのイラストをアップしました。
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頑張って更新していきたいと思います。
訓練場で、マロース隊と対立した後、俺は仕事を終えたトリスタンと合流した。
今日は共に馬車で屋敷に帰る予定だ。
俺はトリスタンに、アリスを紹介した。
トリスタンに今日あった事故の話を簡単にした後、ソル達の提案を伝えた。
自分達がカバーできない時、俺の護衛をアリスに任せたらどうかと言うものだ。
貴族の親族や、大商人が護衛を付けるのは、大きな都市であれば普通である。
アリスは俺がマロース達に睨まれているのも知っているし、若干過剰とも取れる周りの反応に疑問を抱かなかった。
自分でも言ったが、端から見れば俺はただのギルド職員である。
辺境伯の身内ではあるが、限りなく一般人に近い俺に護衛が付くのは何も知らない人が見れば不思議かもしれない。
トリスタンは先王の意志を知っているので、アリスが護衛をする事に賛成した。
表向きは、トリスタンがアリスを雇い、俺の護衛に付けると言う事になった。
俺が個人で雇うより、自然だからというだけではあるが。
トリスタンはアリスに、護衛として雇っている間、自分の屋敷に滞在すればいいとアリスに言った。
「私は何も知らない田舎者です。どんな無作法をするか分かりません。」
そう言って近くに宿をとるとアリスは遠慮したが、トリスタンは頷かなかった。
「我が屋敷には、使用人用の棟もある。そこならば変に気を使う事も無いだろう。」
「分かりました。お世話になります。」
これまで騎士に対しても変に畏まった態度を取っていなかったアリスだが、トリスタンに対しては流石に緊張ぎみで接している。
アリスは騎士団のごたごたは把握したかもしれないが、俺にも話せない事情がある。貴族や騎士の厄介事に手を出して、本当に大丈夫なのか?
そう尋ねたが、アリスは何でもない様に微笑んで、恩は返すと言った。
改めて考えてしまう。
避けられる厄介事は避けたい。しかし、知り合いを危険に晒してまで、護ってもらう価値のある人間なんだろうか。
結局、護られる側は、彼らの勇気に縋るしかない。
俺はアリスに、よろしくお願いしますと頭を下げた。
アリスが護衛に付くのは、明日の朝からとなった。
今日は宿に戻って、準備をしてくると言って、アリスは駐屯地から去っていった。
トリスタンと屋敷に帰る。
夕食後。
俺はイズーと話そうと思い、彼女の部屋を訪ねた。
イズーには、専属のメイドがおり、名前をブランと言う。
赤髪にメガネで、いつもイズーの側にいるので普段は姿をほとんど見掛けない。
イズーに会う時は、ブランにあらかじめ訪問を伝えておき、用意が整ったら迎えに来てもらっている。
「今日、イズーはどんな様子だった?」
「普段とお変わりなく健やかにお過ごしでした。」
「そうか。ありがとう」
イズーの活動範囲はすごく狭い。
庭というのも、屋敷の奥にある、四角く切り取られた中庭である。
その小さな箱庭は、彼女が唯一自由にできる世界だ。
土をいじって好きな花を植えて、毎日の小さな変化と季節を楽しんでいる。
イズーの存在を知ってから、俺はイズーに花束を贈った。
喜んでくれたが、次に会った時、切り花は枯れてしまっていた。
イズーが寂しそうに、押し花にしますと言っていたので、俺は花束を贈るのを辞めた。
代わりに、いくつかの花の種と花の絵本を贈る事にした。
「や、こんばんは」
「ノア! こんばんは」
ブランに案内されて室内に入ると、笑顔のイズーが迎えてくれた。
俺は、手に持っていた種と本を彼女に渡した。
「良かったら、今度育ててみて」
「まあ、何か植物の種ね。ありがとう! こちらは?」
俺は少し恥ずかしがりながら、一応絵本だと言った。
「かわいいお花の絵! この種を育てたら、この花が咲くのかしら? あら、この絵本、もしかして……」
「ごめん、手造りなんだ」
この世界の本は貴重であり、高い。
庶民はギルドや王立の図書館にある物を読むのが普通で、個人で所有している者は、金持ちの貴族や商人ぐらいである。
花の図鑑は学術的で、絵本と言う感じでは無かったし、ポンと買える程安くはなかった。
ただ、植物の種を渡すだけでは、少し寂しかったから(それでもイズーなら喜んで育ててくれそうだが)、自分で絵を描いて、それを本のように綴じたのだ。
花屋に聞いて、育った花を見せて貰ったり、育て方や季節を聞いたりしてまとめた文章を、絵の隣に添えた。
「ありがとう。ありがとうございます! 嬉しい!」
イズーはそう言って、ちょっと不格好な手造り絵本を抱きしめた。
良かった。
恥ずかしさはどこかへ飛んで行った。
そうやって喜んでくれたのを見ていると、俺は護衛の事で少し暗くなっていた気持ちが浮き上がってくるのを感じた。
アリスが護衛についてから数日、俺はギルドの仕事で新魔窟に来ていた。
ギルドからは、調査課のチームと、情報課のルーク、窓口の俺。
国側からとして、メンシス騎士団のスミス隊長とその隊員数名。
新魔窟の出入り口が安定したので、一般向けに魔窟を解放する前に、これから調査を行う為に集められたメンバーだ。
魔窟の中はだいたいが、複雑で何層にも重なった造りになっている。
魔窟によって出てくるモンスターのレベルや傾向が違う為、入り口付近の浅い層を最初に調査する。
調査課には、様々な者が所属している。
普段はギルドを他の利用者と同じように使っているが、ギルドから要請があればこうして現地調査を行う。
第一線を退いたベテランの冒険者が多い。
そのベテランを中心として、必要であればメンバーを集め、調査チームを組む。
調査課の仕事は、報酬は高いが、その分リスクも高い。
ルークが調査課のリーダーに、地図を渡す。
今回の魔窟は、昔の坑道を元に広がっている可能性が高い。
俺はギルドの資料室から新魔窟周辺の古い地図を探しだした。ルークは地元の人から話を聞いてまわり、坑道がどう変化してきたか調べた。
その話を元に、俺達は坑道の新しい地図を作った。
地図には、この道は落盤が起きて行き止まりになった、などの書き込みがされている。
中がどうなっているか分からないが、進む時、何かの参考になるかもしれない。
「へぇ、よくこんな古い記録が残ってたな」
リーダーは地図に目を通して、驚きの声を上げた。
「書き込みに関しては、地元のじいさんや、坑道を遊び場にしてた子供達の話だけが頼りなんで、全部正しいとは限らないけどね」
注意に聞こえないが、ルークがそういう意味合いの事を言った。
魔窟発見時に現れたモンスターを調べておいたので、俺はリーダーに伝えた。
「騎士団の話をまとめました。モンスターは泥や岩、鉱物系が主で、新種のモンスターはいませんでした。」
更にスミス隊長を呼んで、リーダーに補足があれば伝えて欲しいとお願いした。
スミス隊長は快く引き受けてくれた。
「そうだな……、押し返す為に中まで入ったやつが言っていたが、とにかく足元がグチャグチャで大変だったと言っていた」
リーダーはスミス隊長のいくつかの注意点を聞いて、頷いた。
「こんだけ色々分かってる仕事は久しぶりだ。ほとんど情報の無い依頼なんかもあるから、それに比べたらこっちは大助かりだわ」
リーダーはそう言うと、チームを率いて魔窟へと入っていった。
スミス隊長は魔窟の出入り口で待機だ。
騎士団員は、魔窟周辺の見回りと、調査課のチームに何かあった際に、すぐ動けるよう此処にいる。
俺とルークの仕事は、調査課のチームの報告待ちなので、彼らが地上に上がってくるまで暇である。
「そう言えば、三の郭を歩くのは初めてだ」
「そっかそっか。でも、この辺はウロウロするのに向いてないよ。」
「ソル達が言ってたな。治安が悪いとか……」
新魔窟の周辺は、人の出入りが増えるのを見越して多少道が整備されている。
ただこの地区一帯は、未だに雑然としている。
今は視界の範囲に団員が見えているので安心できるが、ちょっと通りを外れると、急に雰囲気が変わってくるのだ。
「そう言えば、あの時の犯人なんだけど」
「犯人? 俺を襲った獣人の事か?」
ルークはそうそうと肯定し、先を続ける。
「実は偽物の獣人だったんだよねー」
は? 偽物?
俺は意味が分からずルークの顔を見た。
「獣人だと思ったのって、獣耳があったからでしょ?」
「ああ、あんまり覚えてないけど、犬の獣人だと思ったんだが……」
ジェラードは犯人を見回りの騎士団員と共に二の郭の牢に連れて行った。
後は二の郭の兵士に任せたが、留置している数日の間に、牢屋から獣人が消えてしまった。
その牢屋は大部屋で、軽犯罪を犯した者達が他にも二十人程度一緒に入れられていたらしい。
騎士団側から事情を話してあったので、すぐに獣人の捜索が始まった。
牢のある建物を探し回ったが見つからず、兵士は牢屋内に何か手掛かりが無いか調べた。
すると獣人の耳を模した毛の塊が見つかったのだ。
改めて牢屋内の者達の体を一人ずつ調べ、取り押さえた時に負った怪我の部分等から、犯人を特定したそうだ。
「つまり、わざと獣人のふりをしてたって事か?」
「そうらしいね。そんで牢屋で耳を外して、別人になりすます」
何でわざわざそんな事を。
王都で獣人のふりなんかしたら、目立つだろう。
もしかして、その強い印象を狙ったのだろうか。
「獣人なら目に付くけど、兵士も人族の顔なんか一々覚えていないだろうね。入れ替わりの激しい牢だから。運がよければ兵士に金を渡して出られる可能性はある」
なるほど。
そうやって別人になりすまし、免罪を主張したり、賄賂で罪を逃れようとする手口か。
「今は別の牢に移したそうだよ。団長から依頼されたから、身元の調査をしてるところ」
「トリスタンから?」
トリスタンは俺の知らない所にも手を回してくれているらしい。
今回の犯人があまりにも用意周到だった。
そんな賢い犯人が、わざわざ騎士見習いに護衛された俺を襲った点に疑問を抱いたトリスタンは、徹底的に調べる様に指示を出したのだとルークが教えてくれた。
「余計な心配をさせたくなかったんだと思うけどね」
調査が済んで、犯人がただの物取りであれば、俺は何も知らないままそんな事も忘れていたかもしれない。
「この間の事故だって、偶然か分からない。用心した方がいいね」
「ああ、そうする。ありがとう」
偽物の獣人と聞いて、少しだけイズーの事を思い出したが、全く違ったな。
そんな話しをしていると、団員達がなんだかざわついているのを感じた。
「どうしたんですか?」
俺は集まってきた団員達の中心にいるスミス隊長に話し掛けた。
「ノア君。いや、そろそろ交代の時間なんだけどね」
昼からはマロース隊が来る予定だが、時間になっても現れないらしい。
持ち場を離れる訳にもいかないし、スミス隊長達は困っていた。
「二の郭の門まで、団員を二名程使いを出そうか話していた所なんだ」
マロース隊が来るのか……。
気まずい。
「なら、門まで俺達付いて行ってもいいですか?」
ルークがそう持ち掛けると、スミス隊長はにこっと笑って、いいよと言ってくれた。
とてもありがたい。
二の郭の門まで戻り、俺達は食事をとる事にした。
夕方調査課のチームが上がって来たら、三の郭のギルドに向かう事になっているのだ。
その時に俺達もギルドに向かえば大丈夫だろう。
「それじゃあ、よろしくお願いします」
スミス隊の二人と共に、俺達は二の郭の門に向かう事になった。
2011/01/11 修正