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幕間:ジーンさんの場合
 人生と言う物は私にとって、選んで歩く険しい荒地では無く。
 遠い、遠い先まで見通せる数本の平地でした。
 
 どの道に進めばどのような結果が有り、それが私にどんな利を齎すのか。
 その全てが理解出来ました。
 
 私の中に流れる血は、4種。
 4つの血が混ざり、絡み、私に利と害を与える事も予測できた。
 
 私を見る目は第一に懐疑。
 第二に拒絶。
 第三に虐待。
 
 ほとんどの場合は、その単純に過ぎるルーチンを巡り、私に害を与える。
 どのような反応を返せば、ルーチンから脱する事が出来るか、どの反応を返せば、彼等を私の利に組み込む事が出来るか。
 すべてが理解できました。容姿をも武器に使えば、操れないモノなどいなかった。
 
 それは、とても詰まらなかった。
 
 人の心の機微すらも、私には手に取るように解る。
 10を超える頃には私の生まれた街で、私の意図通りに操れない人間など居なかった。
 
 親ですら、私の意のままに操作できる。
 
 彼等が私に親としての愛情を持っていない事に気付いたのは、たしか7歳の頃。
 その時の私の感情は、無だった。
 何もなかったのです。

 ああ、そうなのですね。
 
 それが真っ先に浮かんだ感想。
 それからは、全てを私の望んだ通りに動かすのに些かの躊躇もなくなりました。
 
 ですが、それも4年も続けば退屈で死にそうになる。
 
 そこからは“ミチ(未知・道)”を探して歩き回った。
 錬金術・機械鎧・料理・薬学・数学、ありとあらゆる学問に手を染め、私の出した結論は…

つまらない。
 
 全てが決められた道筋を通り、想定された結果に帰結する。
 確かに私の知らない物もあるにはある。
 しかしながら、私の探している“ミチ”とはそれではない。
 
 私は私の与り知らぬ感情を探しているのです。
 
 身を熱くするような感情を。
 思わず笑ってしまいそうになる激動を。
 心を振るわせる感動を。
 
 私はそれを探している。
 
 軍仕官学校に入ったのは単純に、この意のままに操れる檻から出たかったから。
 もしかしたら、軍の専売の学問であれば私に新しい何かを与えてくれるかもしれない、そんな想いも僅かに抱きながら。
 
 
 そして出会った“ミチ”は、私に大きな感動を与えた。
 
 入学式。
 それまでの期待を幻滅させるような一週間を経てやってきた、宴の日。
 私は、初めて、驚愕と笑みを得た。
 
 シグルド・カーティス。
 
 彼の成績すらも私の予想範囲外であったにも関わらず。
 その独特の雰囲気は全てを圧倒していた。
 
 彼の名が呼ばれ、壇上に登る姿は普通の少年。
 しかし、彼は原稿用紙を一瞥し、そのまま手を離し足元にばら撒く。
 慌てる教員。
 彼はそれを意にも返さず、自己紹介を行い。

「皆さん、背後を御覧下さい」
 
 そう言った。
 私は、驚きと興味を持って背後を見る。
 しかし、そこには何もなく、大勢の人々が私と同じように首を捻っているのが見えるばかり。

「皆さん、俺を見て下さい」
 
 言われ、何がしたいのか理解の外にあるままに壇上に目を向ける。
 そこには満面の笑みを浮かべたシグルドの姿。
 そこに至って理解した。
 ついで、込み上げてくる笑いを自覚した。
 
 なんて事だろう!!
 操る側に居た私が!! 私が、操られていた!!
 これを、笑わずに何を笑えばいいのか!!
 
「俺にはコレだけの人々を動かす力がある!! 皆もそれだけの力を得る為にここに来た!! 素晴らしい学校生活にしよう!! と言う事で俺に清き一票を!!」
 
 ハーハッハッハッハと笑う彼を見て、私も笑う。
 素晴らしい。貴方はなんて、素晴らしい。
 
 初めての“ミチ”との遭遇だった。
 
 
 その後、私がどれだけの勇気を振り絞って彼に声をかけたか、彼は知らないだろう。
 ドキドキと高鳴る胸。
 初めて私が手を伸ばす、荒地。
 
 私が選ぶ、私の上位者。
 彼以外に私の上に立つ者は居ない。
 
 私自身がそう決めた、初めての相手。
 
 彼に魅了され、彼に声をかけるだけでアレだったのですから、アレは告白だったのかもしれません。
 彼の反応は、また私の予測を裏切り「君さ、熱あるんじゃね?」や「いやいや、狂ってるからー」など、私に様々な想いを想起させる事ばかり。
 微妙に、不満な気持ちも抱きつつ。ああ、これも初めてかしら。などと私は感動する。
 
 
 それからは、本当に楽しい事ばかり。
 錬金術の講師に、逆に講義してみたり。
 銃剣の講義で講師を圧倒して見せたり。
 
 彼ほどに、私の予測を軽々と上回る人間は知らない。
 
 軍事訓練の際、彼の言った扇動の言葉など、私に熱く煮えたぎる理解不能の思いすらも発生させた。
 彼は凄い。
 シグルドは、本当に凄い。
 たまに抜けている所もあるけれど、それすらも私にある種の感動を呼び覚ます。
 
 彼と出会ってから、私の世界は確実に色を変えた。
 彼と出会ってから、私の人生は見通しが効かなくなった。
 
 嬉しい。なぜこれほどに嬉しいのか理解出来ない。
 でもそれがまた、嬉しい。
 
 私に理解出来ない事がある。
 
 世界は広がり続ける。
 その果ても無く、シグルドを中心に私の世界は広がり続ける。
 
 
 夏季休暇など、無ければ良いのに。
 こんな退屈な場所に戻るなど、今の私には耐えられない。
 まるで薬を切らしたヤクチュウのように、私はこの夏季休暇の終わりを切望する。
 退屈で退屈で退屈で、数十日が数年なのではとすら感じる程、退屈だった。
 持ち帰った日記を読み、場面を想像しながらニヤケる事。
 あるいは、これからシグルドの巻き起こす騒動を想像し、どんな風に期待を裏切ってくれるのか、それを予想する。
 それだけが、この退屈から脱する方法だった。
 
 
 そして、夏季休暇は終わり、私は見慣れたセントラル駅に降り立つ。
 鞄を足元に置き、久しぶりな風景を見渡す。
 
 どの場所にも思い出がある。
 楽しい事、嬉しい事、悔しい事、悲しい事。
 全てが全て、私の知らぬ感情だった。
 今の私は当然のように感受している、その感情。
 
 数年前の私が見れば、どう思うだろうか?
 羨ましがれらる? 先の見えない人生など意味は無いと罵る?
 解らない。
 ああ、また解らない事が出来た。
 
 そうして、少し浸っていると何やら騒ぎ声が聞こえてきた。

「ちょーーーッ!! なんでアンタが居るんですか!?」
「ああ、婦人に頼まれてな。見送りだ」
「ぶふーっ!! ダメやろ!! 母さんチョイスがイカレてるやろ!!」
  
 見れば、私の切望する人物。
 私は気付かれないように接近する。

「ああ、婦人からはお前が無事付いたら戻るように言われている」
「いや、おまっ、拒否してよ」
「拒否権があるとでも思っているのか……」
「あ、すみません」
 
 双方ともにションボリしている。
 しかし、あれは誰なのでしょうね。
 ワクテカがとまりません。

 ポンッとシグルドの肩に手を置いて一言。
 
「お友達ですか?」
 
 ビクッと体を揺らし、シグルドの顔から汗が滴る。
 面白い。

「ジ、ジーンさん。はは、いやーはははは。そう、そうなのです、友達です」
 
 参ったなー。と頭を搔く姿を見て、なぜか苛めたくなる。
 
「それは良かった。私にも紹介してください」
「え、いやー」
 
 と言葉の接ぎ穂を探しつつ、思案している。
 ついで、汗がとまり、もういいや。とでも言いたげな表情に。

「紹介しましょう!! 我が母の下僕一号!! イシュヴァールの僧長さんです」
「……君な」
 
 僧長さんの疲れたような姿を目にしつつ、私は目を見開く。
 予想外、想定外、キチガイ。
 いえ、最後のは……いえ、あながち間違ってはいませんが。

「シグルド、貴方は馬鹿ですか、阿呆ですか」
「んー、いやな。イシュヴァールの民って強いのよ。俺の護衛に雇ったのさー」
 
 すげーだろ!! と笑う姿は何の不安もないよう。
 貴方は、本当に……

「しかし、バラしても良かったのか?」
「ああ、ジーンなら問題ないでしょ。ぶっちゃけイシュヴァラの民の1人や2人居た所でセントラルが揺らぐワケもないしね」
「いや、俺が心配しているのは……まあ、いいか。君が問題ないと言うのならそうなのだろうな」
 
 僧長さんとやらは、はあぁ。と溜息を付く。
 
「まあ、もう帰るんだろ?」
「そうだな、用事は果たした」
「おう。んじゃ避難がんばって下さい」
「善処しよう」
 
 ではな。
 と手をあげ、列車の中に消えて行く。
 じゃなーと手を振っているシグルドの手を掴み、私は笑う。

「シグルド?」
「は、はい? なんでしょうジーンさん!!」
 
 ギギギギギギギとやたら時間をかけて振り返る彼に、満面の笑みを向ける。
 「ひぃぃ」と声をあげているが、私はそれを無視して続ける。

「色々、本当に色々聞き出さなければならないようです、そうですね」
 
 手始めに、貴方の人脈からでも聞き出しましょうか。

「あああああ、ジーンさん!! お願い!! 手加減して!!」
「それは貴方しだいでしょう?」
 
 いーーーやーーー!! と叫ぶシグルドを補導しつつ士官学校に向かう。
 


あはははは、貴方は本当に、なんて、楽しい。

 
 
健全だ。俺は健全だと聞いている。

「色々、本当に色々聞き出さなければならないようです、そうですね」

「色々、本当に色々聞きださなければならないようでうす、そうですね」
修正

なんだ「ようでうす」、普通に笑ってしまった。


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