嫌な女
目が覚めて、シーツの中をもぞもぞとはい回り、携帯を開いた。
『新着メールあり』
清児は眠たい眼を一生懸命開けて、メール画面を開いた。
『イチ』
『今日ビデオ持ってくるから学校来てね( ̄ー ̄)』
8:05AM
?
今、何時だ?
清児は時計を見た。
9:42AM
「あーっ?!」
清児はベッドから跳び起きて部屋を出た。
「母さん!?」
台所には誰もいない。
父親はもちろん母親もいない。
清児は冷蔵庫からチェリーパイと牛乳をとりだし、わしづかみでたいらげ、牛乳で流し込んだ。
大好きなチェリーパイを味わえなかった事を悔やみながら、トイレに入った。
小便を済ましてすぐさま歯を磨き、自分の部屋に上がった。一時間目は数学だったな。
清児は時間割を確認しながら、教科書の入っていない鞄にウォークマンと数枚のCDを入れて、制服に着替えた。
鼻歌を歌いながら、CDコンポの再生ボタンを押した。母親もいないし、今から学校に行ったとしても、少し怒られるくらいで、たいしたことはない。ゆっくり行こう。
しかし、ふと、転校生が来る。
という情報を思い出した。清児は好奇心に負けてとっとと学校に行くことにした。
ミッシェルガンエレファントの”GearBlues”をウォークマンに入れて部屋を出た。
自転車を漕いで、15分。
それから電車に乗り、40分。
電車を降りて駅から歩いて15分。街からかなり離れた片田舎までの道程。
この通学路はなかなかきついものだが、清児は気に入っていた。
卒業したら二度とこないつもりだが、たんぼや近くの山が季節に応じて素敵に見える。
今の時期は若葉が青々として美しい。
のんびり歩いているうちに校門が見える。
煉瓦で出来た校門から有り得ない角度の坂道を登らなければならない。
清児はこれを見る度に、いつもうんざりしてくる。赤のオールスターのハイカットをぺたぺたと鳴らしながらかったるそうに歩く。
坂を登りきると、体育教師の倉田が待ち構えるように立っていた。
「貴様、浅倉!堂々と遅刻していい身分やな!?」
「別に先生の給料に影響する訳やないけんよかやん」
「相変わらず減らず口やな。お前、天パは認められとるけど早く髪の赤いのを直さんか!!」
「これも天然ってば。」
「やかましい!はよ行け」悪態をついても倉田は笑っている。
清児はこういう教師は嫌いではない。
職員室に登校の報告をして教室にあがった。
担任の女教師はストレスと脂肪の塊で、甲高い声で清児に小言を言うと、素っ気なく、編入生が清児の隣の席だと伝え、どこかに行った。
今の時間は移動教室らしく誰もいなかった。
静まりかえった教室に、ドアを引く音だけが大袈裟に響く。
清児は一回直したウォークマンを取り出して、耳にかけると、窓際、一番後ろの自分の席に腰をおろした。
机に突っ伏すと、音量を下げた。
体育の授業中のはしゃぐ声や飛行機の音も聞こえる。
窓を開けて、初夏の匂いが交じり始めた風を吸い込む。
青空がきれいだ。
清児は流れる雲を見つめた。
ふと黒板に目をやると隅っこに《遅刻・休み:浅倉》と記されていた。
−ガラガラッ!
いきなり入口の引き戸が開いて、一人の女子が入って来た。
「なんだ、浅倉やん。あんた今週全部遅刻やない?」
中山沙織だ。
彼女は茶色のストレートヘアをなびかせて、緩いラルフ・ローレンのカーデガンを着崩して、かなり短すぎるスカートに、またもやラルフ・ローレンの紺のハイソックスを履いて上履きの踵を踏んでいる。
清児にとってクローンにしかみえない女の子だが、大手化粧品会社のシャンプーのCMに出ている美少女モデルに似ていると、かなり男子の間では人気があるし、女子からも羨望を抱かれている。
「中山さんには関係ないと思いますが。」
清児はわざとらしく敬語で応えると、ウォークマンを鞄にしまった。
沙織は清児の前の席に座り頬杖をついた。
「浅倉、あたしが嫌い?」
どこか相手を下に見るような口調で沙織が尋ねた。
清児は沙織を見た。
「ねぇ。」
清児は沙織の湿った様な声に寒気を覚えた。
フロストピンクのグロスがのせられた唇も、くるりとカールした睫毛も、彼女を美少女として充分に引き立てているが、清児にとってそんな全てが嫌らしく見える。
「浅倉って、顔は可愛いし女子の間でも人気はあるのに、ちょっと変だよね。」
沙織は笑いながら言った。
「あ、そーなん。」
清児はそれだけを言った。間もなくチャイムが鳴り、一気にまわりがざわめき始めた。
沙織は少し不機嫌な様子で席を立ち、教室から出て行った。 |