二人だけの時間
ホームルームも終了し、皆が帰っていく。
人が減る度に、清児の落ち着きのなさが増した。
中山沙織が立ち上がって、小夜子の方へ向かおうとした。
(やべぇな…)
イチが沙織よりも先に、小夜子の所へ行く。
「黒川さん、」
沙織は目の前を遮られてうろたえた。
「え?」
小夜子は目を丸くしてイチを見あげた。
「えー…っと、清ちゃんに数学教えてやって?なんか、黒川さんって数学得意そうやん?」
困ったように頭を掻きながらしどろもどろに言う。
「俺達、清ちゃん待ってるから…さ。」
沙織が小さく舌打ちしたのをイチは聞き逃さなかった。
「え…えよ?」
小夜子が戸惑いながら頷く。
「あ、マジで?ありがとー!じゃ、よろしく!」
そして振り向いてさも今気付いたように言う。
「お!中山!焦った!なんだよ?ぶつかるかと思った!」
「沙織ー!」タイミングよく沙織は仲間に呼ばれてそのまま下校して行った。
イチはホッとして清児達に振り向いた。
二人とも知らない人に会った子供の様な眼でイチを見ていた。
「アハハ…じゃ、まぁ、ごゆっくり〜!」
そう言って逃げるようにその場を去った。
二人は顔を見合わせた。
どちらともなく笑い出す。
「なんやったんやろ?」
清児が言う。
「わからへん。」
くすくすと小夜子は笑いながら答えた。
イチが去り、教室には誰もいなくなっていた。
−沈黙。
「…数学、しよか。」
小夜子が小さく言った。
「う…うん。」
清児は頷いた。
グラウンドから部活生達の声がする。
教室はしんと静まりかえっていて、小夜子が問題を読み、清児がシャーペンを走らせた。
そして解けなかった問題を説明する小夜子の声だけが響いた。
時折、鼻を掠める甘美な香水の香り。
清児はあまり集中出来ずに心臓の音が聞こえやしないかと緊張していた。
自分が持てるか危惧してばかりで、簡単な問題すら間違った。
そのたびに小夜子は丁寧に教えた。
最後の一問で、数式を間違えた。咄嗟にお互い消しゴムを取ろうとして、手が重なった。
清児は内蔵が全部でるんじゃないかと思うくらいびっくりした。
小夜子も何故か謝り、白い頬を紅くした。
「なんか、緊張してまうわ。」
照れ隠しに小夜子がはにかんだ。
「…ごめん。」
清児は顔を真っ赤にして頬を掻いた。
「謝らんでええよ。」
小夜子の笑顔を見る度に好きだと思う。
「あ、明日、どないする?」
思い出したように小夜子がきりだした。
「あ、あぁ…高宮駅わかる?」
「電車に乗ったらきっとわかる。」
「…そか、そこまで…来てもらってもいい?」
「うん。」
「迎えに行くよ。」
「ありがと…」
お互いの赤い顔は夕焼けのせいだと、お互いに思う。
けれど、飛び出しそうな胸のざわめきは、ごまかせなかった。
「これでオシマイ。」
小夜子が最後の一問を解いた。
「…帰ろっか、…と…途中まで…一緒に…。」
清児はイッパイイッパイで言った。
「え…でも一瀬くん達待ってるって…。」
「あ…。」
清児は携帯を取り出した。『新着メールあり。』
「ちょっと待ってね。」
清児はメールを開いた。
『イチ』
『もちろん俺らは先に帰ってるから気にすんな(^皿^)』
−やっぱり。
清児は小夜子に画面を見せた。
「よかった。」
小夜子が笑って呟いた。
「え?」
思わず清児が聞き返す。
「え?!あ!一人で帰るん寂しいやん?!」
「えー?」
「もう!えーやん!ほら−提出しにいこ!」
小夜子が慌てて立ち上がる。
「俺は、ラッキーと思ったよ。」
小夜子が振り向く。
「あいつらがいなくて、小夜子ちゃんと帰れる。…二人だけで。」
清児が笑っている。
「もう…なんかずるいわ…」
ふて腐れたようにいう小夜子が最高に可愛かった。 |