――降伏せよ
お前こそ降伏しろよ。さもなくば来週中に少なくとも1000万人の捕虜を送り込むぞ――
彼岸と人間
彼岸花、夏から秋にかけて開花する真っ赤な花、マレに白い花を咲かせるやつもいる。その花は珍しいことに有毒性であり、古くから畑などの周りに自生させ小動物の侵入を遮る役割を持っていた。面白いことにこの彼岸花の多くは村といった人が住む場所と大きく関わりを持っていた。何もない森や山の中で、もしこの彼岸花がポツンと咲いていたら、そこにはかつて人間が住んでいたのかもしれない。彼岸(死)とは中々恐怖を煽るような名を持つ花である。真っ赤なその花弁がいやはや恐ろしく、それでいて何故か心惹かれるものである。死人花、地獄花、幽霊花、剃刀花、狐花、捨子花。なんということだろうか、全て彼岸花の別名である。古くから人間たちと深い関わりを持ちながら不吉であると忌み嫌われるこの花、また別の視点からは、仏教の法典では『天上の花』と呼んだりもする。なんとも不思議な、幻想的な花であるのだ
さてさて、今日の1日はそんな彼岸花が咲き誇る再思の道を越えた先にある、無縁仏のための墓地、無縁塚から始まる
彼岸花、その花はとても美しい、この幻想郷で見るのなら尚更である。また幻想郷の彼岸花は恐ろしいことに毒をはき出すそうだ。その毒はなんと、人の生きる気力を沸き立たせるとか。かくゆう再思の道の原点はそこにある。死のう死のうとしている人間を冷酷にも元気づけるその毒は、なんとなんと。真に恐ろしき道である。その先にある無縁塚もさることながら・・・。無縁塚は幻想郷では特に嫌われる場所である。里の周りよりも強力な妖怪がでたり、妖怪桜である紫の桜と呼ばれるものがいるそうだ。そんな無縁塚は案外面白いこともある。この幻想郷の結界の切れ目、ほころびが多数。おかげで冥界へ繋がったり、歩くと三途の川へ出たり・・・。外からの物や『ヒト』がいることもあるらしい。最も『ヒト』が流されてきてしまった場合、妖怪のエサが10割だが。
「こんなところとは『無縁』だと思っていたが、何が起こるかわからないものだな」
無縁塚には妖怪桜がある。それはもうたくさん。季節はずれかもしれないが知っている人は知っている。秋の桜がとてもよいものだということを。一匹の藍色の着物を着た妖怪が太い幹の上に腰をかけ呟いていた。折れる気配すら見せないところはさすが妖怪桜と言えるだろう。その妖怪は普段通り、心の赴くままに歩きこの無縁塚に来てしまった。特に目指す方向を決めているわけでもないし、何かを目印にするわけでもない。ただ歩く、見知らぬ場所に着いたのならそれは『神のお召しぼし』と言えるのかもしれない。
「人の腕、・・・しかも右ばかりか。これまた妙なことよのう」
無縁塚、げに恐ろしき妖怪の巣窟。というのも『エサ』が集まり易いせいもあるだろう。無縁塚は結界の裂け目があるせいか、外から色々と入ってくる。古い玩具、古い置物、古い機械、古い古いナニカ・・・。
「アポロの雑誌、ね。表の月はどんなものだろうか」
表と裏がある月、幻想と現実の月は違う。月人が住まいし裏の月はそれはもう、未来都市と言える光景が広がってるのかもしれない。一転、表はどんなに殺風景か、兎がいるはずもないしカニや美女がいるわけでもない。妖怪は燃えるような夕日に浮かぶ宵の明星を見てそっと、誰にか聞かせるわけでもなく呟いた。
「・・・ヒト、か」
運が悪いのか、否、自分は妖怪だ、ならば運が良いのだろう。と苦笑しながら妖怪はヒトの気配がするほうへと向かった。放っておいてもどうせその辺の妖怪が掃除するし、まぁ人目みるだけにするか。とそのようなことを考えながら、何故か大人しい妖怪桜の脇を通って行った
○
「こ、ここは・・・?」
頭の薄い、スーツを着た中年がそこにいた。そして目には絶望の炎がうっすらと・・・。彼は普通のサラリーマンである。ただし、仕事が上手くいかず、女房と娘に逃げられ・・・。ただ『少し』運が悪いだけだ。もちろん、こんなところに来てしまうのも含めて、だ。
「ようこそ、無縁塚へ」
「む、無縁、塚?」
そんな人間に近づいていった藍色の着物を着た存在が話しかけた。人間は混乱している、人間の薄れた本能が、ここはやばい場所である、そう告げていたのにも関わらず、同じように本能で、彼がより危険な存在だと・・・。
「ここはヒトが来てはいけない場所だ。・・・死にたいか?」
「お、お前は誰だ!?ここは!?なんだ無縁塚って!!・・・携帯!、け、圏外だ・・・」
しどろもどろに人間は叫ぶ。その叫びを聞きつけてか、匂いを嗅ぎつけてきたのか・・・、周りに妖怪の気配がざらっと、囲むかのように群がった。ガサッと草を慣らした妖怪、その音に恐怖し人間は豚のような悲鳴を上げた
「言っただろ?ここはヒトが来てはいけない場所だと・・・。ふむ、俺はそろそろ帰るか」
「か、帰る?近くに村かなんかあるのか!ははは、よかった・・・。気が付いたらこんな場所に」
「ここにお前が帰る場所はない。ここでお前は死ぬ」
ピタっと足を止め、安心した人間に冷酷にそれでいて当たり前かのように告げる妖怪。そんな妖怪に、妖怪とは知らずに文句やらなんやらを言う人間。
「何しろ俺は『妖怪』だからな、ヒトはエサにしか見えん。・・・本当に、な」
「よ、妖怪なんているわけないだろ!!なんだよここは!?なんだよお前は!?」
気分が悪そうな顔をしながら呟いた妖怪に人間は叫ぶ叫ぶ叫ぶ。だが何も言わずにじっと人間を見つめるその妖怪を見て、息をふぅっと吐き、そっと人間は呟いた
「娘と女房にも逃げられ、年下の上司にいびられ・・・ははは、そうか死ぬのか。神様も最悪な世界を作ったものだなぁ」
両手両膝をつきうなだれている人間を無言で見ている妖怪、その時だろう。一斉に周りいた妖怪が飛びかかってきたのは。人間へと向かって、口から唾液を垂らしながら一気に襲い掛かるバケモノども。そんな様子を冷ややかな目で見ていた藍色の妖怪
「(・・・チッ、作ったのは貴様ら人間だろうが)」
心で舌打ちをする。彼は人間だった、それはもう普通の人間。理不尽に怒る人間。普段神のことなど知ろうとも感謝しようともしないくせに、こういう時は神のせいにする愚かな人間。人間自ら神の手をはたいて来たというのに・・・。しかし、しかし彼の怒りが沸々と湧いているのはその愚かな人間のせいじゃなかった。
「ひぃい!?た、助けっ・・うぁ!!!」
絶望の炎で埋まってる、かと思いきやどこかで希望の水が湧いている。それが人間であった。彼は知っていた人間を、勇敢にも挑み無様にも破れ、されど潔く逝った人間を。愛する者のため、門の前で一人、万の軍隊と戦い続けた愚か者を。そんな彼らより小さく濁った水たまり。されど目の前の豚のような人間にも、それはあった。故に彼は怒りが湧いた。あのような英雄が持ち得た存在を、目の前のヒトが持っていることに・・・。
――そして何より
「うあぁぁぁぁ!!・・・あ?」
――襲われているナマモノを助けてしまった自分に怒りを抱いた
「(どこまで愚かか俺は、歩く骨付き肉を助けるとは・・・)」
一瞬で人間に群がっていた妖怪は消え去り、その人間は股間を濡らし腰が抜けていた。そんな様子を横目で見ながら妖怪はため息を吐く。夕日で燃えていた空は既に暗く、妖怪桜がうっすらと紫色に発光していた。
「・・・・・・」
「死にたかったはずなんだ、でも・・・生きたいと思った。なんでだろうな、ははは、私みたいな屑が・・・」
「(屑、か)」
屑じゃないが彼が知っている英雄はどこか壊れていた、人間として。集団で生き集団で戦うからこそ生き抜き、世界の頂点にたった人間。それなのに、一人で戦争を左右するほどの戦闘力を持った『英雄』がいた。聖剣の担い手が、心臓を喰らう槍の名手が、神の試練をいくつも越えた者が、勝利も敗北も無かった英雄が。しかしそれらも屑だったのかもしれない。人間として生まれ人間を越え人間の屑のように戦った彼らは・・・。
「少し、後ろを見たらどうだ?そうだな・・・、お前の原点はなんだった?」
いつのまにか、目の前の人間に質問した妖怪である。彼でも理由はわからなかった。もしかしたら彼もまた英雄の片鱗を持っているかも知れない。目の前の人間は戦争で万の軍勢を破るわけでもないし、万の人間を殺した病を治すわけでもない。だが英雄とは?英雄の定義は?彼は思う、英雄を。ただ一歩でも、歩いたとき・・・『進歩』したとき、それは英雄になるのではないか?どんなにちっぽけでも、誰からも求められるわけでもない。そうだ、今までに述べたような英雄は『人間から一歩進歩した存在』であるのだ。どんなに大きな進歩だろうが、赤子の足が行うような小さな進歩だろうが・・・。
「・・・・原、点?・・・・あぁ、思い出したよ」
妻のために働こうと思ったんだ。好きな人の前ではカッコつけたいしね。まぁ今は遠くにいるけど、お金を送金しなくちゃいけないし。っと続いて言った人間に満足したのか薄い笑みを浮かべた妖怪は聞いた。
「そうか、で?生きたいか?死にたいか?痛みも亡く一瞬で行(逝)けるぞ?」
小さな英雄がいた。誰に勝つわけでもないし救うわけでもない。ここから生きて帰ってこれたことも含めて。全ての女性を魅了するわけでも、人を支配する力もない。でも、そこに英雄がいた。
「もう少し、もう少しだけ頑張ってみるよ、少し悔しいしね。ははは、それでもダメだったら・・・」
彼の次の言葉は幻想郷に響くことはなかった。
○
「へぇー、やさしいんだねぇ」
三途の川に出た妖怪を待っていたのは、大きな鎌を構えた、死神であった。少し小馬鹿にしたような物言いだが、藍色の妖怪は特に気にせず言葉を返した
「黙れ、チビ閻魔にサボってるって言いつけるぞ」
「あらら、それは勘弁して欲しいね」
怒ってるような言葉だが口調はどこか優しかった。そんな自分の状態に気付いたのか、両手で口をいつもの状態に戻そうとする妖怪、それを見て爆笑する死神。空には尖った三日月があった、どこまでも鬱陶しいように輝いていた
「人間は、どこまでも行っても人間だったのだな」
「その代わり、少しでも踏み外したら人間じゃなくなるよ」
「あぁ、俺のように、な。もう人間がエサにしか見えんよ」
「初耳だね、そりゃ」
死神の言葉に苦笑しながら、妖怪は歩き出した。今日の寝床はどこにするか?それとも明日まで歩くか?さてさて、明日はどのような日が来るのだろうか?
――とーりゃんせ、とーりゃんせ
こーこはどーこの細道じゃ?――
とおりゃんせ とおりゃんせ
ここはどこのほそみちじゃ
てんじんさまのほそみちじゃ
ちょっととおしてくだしゃんせ
ごようのないものとおしゃせぬ
このこのななつのおいわいに
おふだをおさめにまいります
いきはよいよいかえりはこわい
こわいながらも
とおりゃんせ とおりゃんせ
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