55.ハルと朱雀の、別れ
朱雀の硬く瞑られた目は、しばらく閉じられたままだった。
夕暮れの近づくこの場所に、重たい空気が漂っていた。
「神様が一人いなくなって、千年続いた王の都は無くなったのか?」
俺は言葉を慎重に選んで、朱雀に尋ねる。
「・・・うむ。南を司る神は王を見捨てた。そして程なく東の神も政を手放し、北の神は魔を放置し、西の神は・・・民を見放したのだ・・・そうしなければ、この都はいつまでも・・・」
1年間共に過ごしていて初めて目にする、朱雀の悲しげな表情。
朱雀はゆっくりと瞼を擡げ、赤く染まりだした空に金の目を向けた。
南の神は・・・いや、朱雀は人間を嫌いになったんだろうか?
王がいなくなれば、都が滅ぶと知ってて見捨てたのか?
「けど、あれから時代はすっかり変わった。戦のない世はこんなにも美しいのだ」
口元に笑みを作って、俺に向けられた朱雀の笑顔は、やっぱ悲しげで・・・
きっと南の神は人間のことは嫌いじゃなかったはずだ。
だって、親父や母さんや秋奈、それに謙吾やリョウに向けられる笑顔は偽りじゃぁないはずだ。
俺はそう、信じてる。
「わたしは都が朽ちてからもずっとこの門から、この地を見てきた」
そっと朱塗りの門に手をかざす朱雀。
「ここに住まう者や、ここを訪れる者は、少なからずこの地を愛している」
朱雀はこの京都が、争いのない今の京都が好きなんだ・・・
俺は静かに語る、彼女の横顔を黙って見つめていた。
「ハルに初めて会ったときに、尋ねた問い・・・ハルは嘘をついたな?」
悪戯っぽく微笑む朱雀に、俺はツッコミたい気持ちを抑え、そっけなく答える。
「・・・そうだったっけ」
「あの日、わたしはハルに『この地は好きか』と尋ねたが、その答えが嘘だということくらい、お見通しだったのだぞ!」
やっといつもの笑顔に戻った朱雀・・・つーか、お前が鉄扇で脅して言わせたんだろうが。
・・・でも、あの日の俺は住み慣れた東京を離れたばっかで、新天地の京都が・・・この土地がイヤで嫌で堪んなかったんだっけ・・・
夕日を背に、朱雀は満面の笑みで俺と向き合った。
「ハルにこの地を少しでも好きになってもらいたかったのだ。京のまちで唯一、ハルだけが他の人間と違った・・・だから、側に居ようと決めたのだ。もう一度ヒトと携わろうと思ったのだ」
いつも俺に付きまとっていた真実は、実に単純な理由だった。
俺にこのまちを好きになってもらいたい――
理由はそれだけ。
皆が俺の周りに集まった理由は、かつて人間の愚かさに嘆いて、都を・人を見放した朱雀が再び一人の人間と共にいる。
朱雀を変えた人間に興味を抱くのは当然だろう。
理由は、それだけだったのだ。
俺は呆れたように、大げさに肩をすくめる素振りを見せた。
それにつられる様に、朱雀が楽しげに笑う。
「ふふっ、なにせわたしは『京都親善・世話焼き大使』であるからな!」
・・・なんだ、ちゃんと覚えてんじゃん・・・
つーか、朱雀は迷惑掛けてただけで、何もしてない気がするんですが。
朱雀はくるりと背を向けて俺に一言、告げる。
「時間のようだな・・・わたしはもう、行かなくては・・・」
その言葉は、心臓を打ち抜くほどの衝撃を・・・俺に与えた。
それは間違いなく・・・別れの言葉だった。
「それではな・・・ハル」 |