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白い鴉のスノー

作者:青い鴉
 冬の童話ねえ、と魔女ペルペは言った。私は、凍りついたようになって、足を震わせ、ただ言葉を聞いていた。実際気温はとても低かった。
 魔女との遭遇は、魔王との遭遇同様、ほとんどの場合死を意味する。相手の気に入らない話題を振ったというなら、なおさらだ。でもまだ私は死んでいない。魔女によって生かされている。つまり、今の魔女の機嫌は悪くないということだ。

 あんまり面白い話はないのだけれど、と魔女は断りを入れる。

「白い鴉の話は知っているかしら」

「いいえ」

 ならその話にしましょう。魔女はそう言って、レースを編むように言の葉を紡いだ。

 

 
 あるところに白い鴉がいました。純白の羽毛と、赤い瞳を持つ鴉でした。
 彼は特別な存在でした。生まれながらにして鴉の王だったのです。けれども、既に群れには黒く輝く王がいました。
 だから彼はのけものでした。群れに入れてもらえず、いつも一人ぼっちで過ごしていました。一人きりで生きていくことを強いられていました。
 彼は孤独だったのでしょうか? いいえ。彼は運命を受け入れていました。その目はいつもきらりと光り、日の昇る地平線を見つめていました。

 夏のある日、彼は魔女に遭いました。

「あなたは誰ですか?」

 彼はくちばしを開いてたずねました。知っての通り、この世界の鴉は、言葉を喋るのです。

「私は魔女ペルペ。ありうべからざる存在、白い鴉が現れたと聞いて、この世界に降り立ったただのいち現象」

 現象? 彼は不思議そうな顔をしました。そこにはただの、古いドレスを着た人間がいるようにしか見えなかったからです。魔女なのに帽子も被らず、魔法を使うための杖も持たず。しかしそれは美しい顔をして、凛としてこの世界に存在していました。

「それで、そういう貴方に名前はあるのかしら?」

 彼は問われて言いました。

「僕の名はスノーといいます。山の頂にある白いものをそう呼ぶのでしょう?」

「スノー、雪のことね。でも気をつけなさい。その六角形の結晶は美しいけれど、多くの生き物の命を奪ってしまう」

「命を奪うですって!」

 そこで彼は考え込みました。この物知りな魔女に胸の内を明かせば、問いかければ、きっと答えが返ってくると思ったのです。でも本当は、答えを知るのが怖くもあるのでした。

「雪がそんな恐ろしいものだとは思いませんでした。両親はそれを知って、僕にスノーと名を付けたのでしょうか。僕も雪のように、誰かの命を奪う存在になるのでしょうか」

「あなたは餌を食べるでしょう」

「はい。ミミズとか、オケラとか」

「ならば貴方はもう既に誰かの命を奪って生きているということよ」

 彼はその言葉に動揺しました。自分が食べるものは皆生きていないのだと、魂が宿っていないのだと、今までそう信じてきたからです。彼は今朝食べたミミズのことを思いました。これまでに食べたたくさんの虫たちのことを思いました。

「魔女様、魔女様、私は罪深い鳥です」

 彼は懺悔しました。そこで、魔女は秘密を明かしました。

「あなたが虫を食べるように、雪は全ての命を食べる。春が来るまで、全ての者は命を失う。ここは暖かいから、これまで貴方は雪を間近に見たことが無かったでしょう。けれど今年の冬は違う。白い雪が平原を、森を、埋め尽くすでしょう。貴方たち鴉も、無事では済まない」

「私はどうしたらいいのでしょうか。私には信用がありません。群れへの忠告はきっと無視されます。今年雪が降るという話は伝わらないでしょう」

「考えなさい、白い鴉よ。鴉の王よ」

 そう言って、魔女ペルペは去りました。




 彼が名案を考えているうちに、たちまち秋が来て、冬になりました。
 暗い雲が垂れ込め、悲しく冷たい雨が降りました。
 彼は、羽を震わせ、身体にこすりつけながら言いました。

「ああ、今日はなんと冷えることだろう。魔女は今年の冬に雪が降ると言っていた。この寒さはその前触れだろうか」

「全ての命を食べる者が、雪という魔王がもうすぐ山から降りて来る。そうだ、今からでも遅くない。私は群れに警告しなくてはならない。そのために一芝居打つとしよう」

 彼は群れの方へと飛んでいきました。彼は、きっとたくさんのくちばしが自分をつつくだろうなと思いました。群れは既に、別の王に率いられているのです。二人目の王様などは要らないのです。それでも彼は、群れを救うために、森へと向かって飛び立ちました。
 空気は冷たく、吐く息は白く。彼は弾丸のように飛びました。

「白い鴉よ、スノーよ、いまさら何の用だ」森の入り口を守る門番の鴉が、彼の進路を遮って言いました。彼は森の上をくるくると回るように飛びながら言いました。

「今日は復讐をしに来たのです」と彼は言いました。

「復讐? 復讐だと?」

「長い間、私は一人で生きてきました。二人目の王は要らぬと打ち捨てられて、悲しみに沈んで暮らしてきました。だから魔王と契約したのです。今年の冬には、私は名前の通りに、スノーに変じることでしょう。雪が降るのです。そうしてそれは、全ての命を奪うのです」

「ああ、なんたる呪いの言葉。お前には死が相応しい」

 門番のくちばしが彼を襲いました。けれども彼は白い翼で軽やかに空を飛び、それを避けました。門番の鴉ではとても追いつけません。いや、実のところ、どの鴉でも追いつけない速さで彼は飛んでいたのです。

「雪が降る前に、南に旅に出るのです。さもなくば群れは滅びます。この森を捨て、旅に出るのです」

「ああ、私では奴を捕まえられない。王にこのことを報告しよう。そしてお前を群れという群れのくちばしでつつき殺そう」

 門番はそう言って、森の奥へと去っていきました。




 森の奥には、黒い鴉がいました。わざわざ黒い鴉と言うのはおかしいかもしれませんね。でも、実は鴉の黒さにもいろいろな種類があるのです。その中でも、とりわけ鴉の王といえば、他の鴉の何倍も黒く、何倍も深い色合いなのです。
 鴉の王の前には、たくさんの鴉の軍隊がずらりと並んでいました。中央にまず一千羽。向かって右に一千羽。向かって左に一千羽。しめて三千の軍隊でした。

 広場の最奥、樹の切り株に止まって、鴉の王はたずねました。

「スノーは、雪が降ると言ったのだな」

「はい。奴は復讐すると言いました。魔王と契約し、自ら雪となって森の全ての命を奪うと言いました」

 黒い鴉は、賢い王は考え込みました。というのも、この王は白い鴉こそが本物の鴉の王であることを知っていたからです。自分の王冠は――それは人間の手から盗み取ったもので――偽物であることを知っていたからです。

 鴉の王は言いました。

「いまから兵を出しても、白い鴉を捕らえて殺すことは誰にもできないだろう。雪は降る。我々はこの森を捨てて、南に旅をしなければならん」

「森を捨てるなど、正気の沙汰ではありません」大臣が言いました。

 それもそうです。ここは豊かな森。鴉たちが長い年月を掛けて、タカやワシから守ってきた森です。隠れる樹もあるし、巣もたくさんあるし、餌場も多いし、湧き水もあるし、とても文句のつけようもない森でした。

「ならば好きにするがいい。余は雪というものの恐ろしさをよく知っている。それは戦って勝つことができぬ相手だ。余は旅に出る。従う者は旅の準備をせよ。従わぬ者は大臣と共にここに残れ――だが命の保障は無いぞ」

「王は間違っておられる」大臣は言いました。

「我ら鴉の軍勢に勝てるものなどありましょうか。タカやワシですら、この森には恐れて近付こうとしません。その雪とやらも、我々がひとにらみすれば逃げ帰るでしょう」

 それを聞いて、王は肩をすくめました。

「大臣よ。お前はいつからそれほど傲慢になったのだ? その次は、鴉は死ですら自由にできると言い出すのか? 己の親の親を蘇らせることすらできるとでも言い出すつもりか?」

「そ、そんなことは……私はただ……」

 大臣はくちばしを閉じて黙りました。それというのも、大臣は雪というものがそこまで恐ろしいものだとは知らなかったのです。

「さあ、旅の準備をするのだ。もうすぐ雪が降る。全てがスノーに包まれる。春が来てそれが消え去るまで、我々は南で過ごすのだ」

 王の言葉は鴉の法でした。従わぬ者はいませんでした。皆が皆旅支度をして、王と共に森を去っていきました。




「そして森には誰もいなくなった」私は言った。

 魔女ペルペは微笑んだ。
 私は自分の黒い翼を広げると、空に舞い上がった。どこかに鴉の王が、スノーが、いるのではないかと思ったのだ。しかし一面の銀世界の中で、白い鴉を探すのは困難、いや不可能だった。私は再び魔女ペルペの足元に降り立った。

「ええ、鴉の法は知っています。それからというもの、鴉は毎年、雪が降る前に南に旅をするようになりました。次の春が来て、雪解けが来るまでの間。でもこの話は本当なのでしょうか。スノーはそれからどうなったのですか」

「白い鴉は、スノーは居たと思う?」魔女は質問で返した。

「わかりません。でも、貴方はそれに出会ったのでしょう?」

「それがね、そこだけ記憶が曖昧なのよ。きっと白い鴉というのはある種のメタファーで、私たちはそういう分かりやすい話としてしか、事象を認識できないんじゃないかしら。なにしろこの宇宙は複雑だから」

 私は目をぱちくりした。ときどき、魔女は難しいことを言う。

「でも、私はスノーの話、好きですよ。聞かせてくれてありがとう」

 そう言って、私は身体を南に向け、翼を広げた。吐く息が白い。いまから群れに追いつけるだろうか。もし追いつけたとして、魔女と出会ったなどという話を、白い鴉のスノーの話を真に受けてくれる鴉がいるだろうか。

 飛び立った私を見上げて、魔女ペルペは言った。

「きっとスノーも冬を乗り越えたと思うわ! 今の貴方のように!」

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