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ラブカクテルス その32
作:風 雷人


いらっしゃいませ。
どうぞこちらへ。
本日はいかがなさいますか?
甘い香りのバイオレットフィズ?
それとも、危険な香りのテキーラサンライズ?
はたまた、大人の香りのマティーニ?

わかりました。本日のスペシャルですね。
少々お待ちください。
本日のカクテルの名前は吊革日誌でございます。

ごゆっくりどうぞ。


私は駆け込んだ。
間に合わない、っと間に合った。セーフ。
わかってはいるが止められない。
これが毎日、朝の始まりのスリル。
今年に入ってからは、276戦中、251勝13敗12引き分け。
ちなみに引き分けとは、駆け込みにならなかった回数だ。
それくらい私は、朝のスリルのために時間の調整に余念がないのだ。

しかし、やっぱりこのギリギリセーフだった時の、周りからの視線は格別だ。
走ったせいで心臓がバクバク鳴っている上に、この視線で余計に心臓は高鳴る。
まるで初恋の時のようだ。
私が女だから余計に男からの視線が刺さるのが刺激的だった。
しかし、触られるのは嫌いだ。
あくまでもこのギリギリ感がいいのだった。

しかし今日も電車は空いている。
とはいっても、席は満席だが。
私が乗る駅は始発なのでやたらめったらは混まない。
二つ先の駅からは混むが、私の降りる駅は四つ目だから、そんなに苦労はしない。
馴染みの三両目の真ん中のドア、登り線側の進行方向を背中にしてより掛かるのが私のいつもの場所。
なぜならそのすぐ後ろの席には、今日も私好みのイケメン君が座っているからだった。
おはよう。イケメン君。今日も元気?
私は決まって心の中で挨拶を交わすのだった。
だが、この頃は気になっているイケメンがもう一人いるのだった。
彼を見かけ始めたのは夏の終わり辺りからだった。
色黒で男らしい二枚目だった。
茶髪がまたよく似合っていて素敵だった。
確かに初代イケメンはインテリくさくて、真面目そうな感じだ。
そこが顔立ちの良さとマッチして、まさに私の理想のインテリジェントパークだ。
ちなみに意味はよくわかっていないが。
でもやはり、野生的なあのたくましさは捨てがたいのだった。
困る。ほんっとうに困る。
あまり朝から私を困らせないでほしい。
でも、やはりいないと淋しい。
女心は複雑なのだ。

そうこうしている内に電車は私の降る駅に着いてしまった。
私は後ろ髪惹かれるおもいで、仕方なく下車したのだった。


私は営業でも電車に乗った。
大概は一人なので、その時は駆け込みアタックをしてみるが、成功率は低い。
時間の確認がなかなかできるほど暇ではないからだ。
だから大体のケースはノーカンだった。

私にはステータスがあった。
どんなに長い時間電車に乗る羽目になっても座らないことだった。
休日は免除だが、平日は必ず実行していた。
私は立って揺られていることが運動不足の体にはとても役に立つ気がするのだった。
何しろ事務所では座りっぱなし。
家に居ても座っていることがほとんど。
それではオシリが分厚くなって、垂れてしまう。
私の前の前の前の彼氏が、私のオシリはかわいいと褒めてくれた。
それ以来、私は自分のオシリを大事にして、かわいがっているのだ。
そのトレーニングには電車で立っているというのは、もってこいな事に思えてならないのだった。
座るなんてもったいないもったいない。
それに、昔から引っ込み思案な私が、学生の頃に腰掛けていた席の前に足の不自由な老人が立っていたが、席を譲るその一言が言えずに、気まずい雰囲気と後悔の念が頭から離れずにいた事を、しばらく抱え込んだことがあった。
始まりはその事からの後遺症からだったのかも知れない。
譲るくらいなら座るな、である。
だから私の特等席はドア際だった。
そして、周りを堂々と見て眺められるのも、ここの特権でもあった。
大体は皆窓の外の景色を見るが、私が見ているのは車内だ。
私にとっては景色よりよっぽど車内は楽しいのだった。
まぁでも、この時間帯ときたら、退屈な時のほうが多いのだが。
私は吊し広告に目をやるフリをして、車内の様子をチラ見した。
昼寝をしているバーコードさんや、トンチンカンに着飾ったおば様方、子供連れの若い奥様、そして頭の先から足の先までグレーにしか見えない使いっ走りの若手サラリーマン。
私もそのグレーの中の一部かも知れない。
自動扉の横にある手摺を握る手に、思わず力が入ってしまった。
電車の中とはいえ、やはり仕事中の私には、さすがにときめきビームも役に立たずにため息だけが電車の中でこもる。
きっとそれがグレーに見える原因なのかも知れない。


帰りの景色は二通りだ。
真っ直ぐ帰る電車と、飲んで帰る電車。
どちらも独特だ。
直帰りの時の車内は、まず騒がしい。
壁にデカデカと書かれているのに、必ず我慢できずに電話を取るやつ。
今電車の中、うん、うん、そう、電車の中、うん、うん、そう、そう、いや、電車の中だからと、まさに切りたいのだけど、話相手が切ってくれなくて、みたいに電話してる人や、その電話の話声を掻き消すくらいの勢いで話をしている女学生。
乗ってから、ずーっと電話をいじくってる人や、かわいいランドセルを重そうに担いで、政治の話をしている小学校。
仕事の愚痴を言い合う窓際さんたちや、ベタベタで糸を引いてるカップルさん達。
様々な会話が私の耳へと入っては抜け、入っては抜け。
どれが面白そうか、テレビのチャンネルを変えるみたいに聞き入ってみたりする。
大概は下らない話しだが、それでも暇つぶしにはなるのだ。
そんな方に耳がいっていても、目は独立した別の生き物のように吊し広告を見たり、変わった事をしている人や、イケメンを探してさまよう。
まるでハイエナ。
視線という口を開けてヨダレを垂らしている。
それと、たまに思いつくのが、知り合い探し。
なかなか帰りの電車は時間がアバウトなせいで朝の時間帯と訳が違う。
乗り合うメンバーも様々だ。
だから特徴が濃い人などにマークをして、また会える確率を測るのだ。
マークなんて大袈裟に言うけど、実はあだ名だ。
それだけに特徴が必要なのだ。
だが、未だにまだ、私が名付け親になった知り合いや、本当の意味での知り合いも、電車であったことはなかった。
そんな事で少し落ち込む時は、ため息が漏れないように少し代わり映えない外の景色を見て落ち着くのだった。

私は最終電車にはたまにお世話になる方だ。
電車の車内も好きだが、お酒も好きだからである。
特に酔っ払って乗る電車は格別だった。
たまにシラフで中途半端な時間に乗ると、その臭いにやられそうになるが、それはそれでお互い様。仕方ないと諦めるしかない。
止めてくれなんて当然言えないからだ。
それにしても最終電車の込みようは、夏の湘南海岸を思わせる。
まさに芋洗い、いや、芋の酒蒸しと言ったところか。
ただ、メンバーは不揃いでも、黄色い話し声もしないし、電話で喋っている人も滅多にいない。
朝のラッシュ時に似ている。
私はそんな中、決まってする事がある。
吊り革占いである。
自分が今いるところから、いくつ捕まられている吊り革があるか?それを数えて、それが偶数であれば、今夜はよく眠れて、いい夢を見れる。
しかし、もしそれが奇数ならば、嫌な夢にうなされる。と、自分で作った占いだ。
いきなり太った夢や、駆け込んだ電車の扉に腕を挟まれて全速力で走らされる夢。
朝のイケメン君に睨まれて嫌われる夢。
だから、私は何気なく数え始めた吊り革が、ある程度までくると、必ず偶数で止まるように探しまわる。
だっていい夢見たいんだもん。

私にとって最高の夢。
それは電車の中でぐっすり眠りながら、ガタンゴトンと揺られる夢。
どこまでもどこまでも。いつまでもいつまでも。


お客さん、お客さん、終点ですよ。
しかし、この人、よく立ったまま熟睡できるなー。
本当に電車に乗ってくる人の中には変わった人が多い。
困ったものだ。
お客さん起きてくださいっよー。


どこまでも。いつまでも。


おしまい。


いかがでしたか?
今日のオススメのカクテルの味は。
またのご来店、心よりお待ち申し上げております。では。














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