いつか陛下に愛を (ある冬の日に)
「いつか陛下に愛を」をお読みになってからでないと、意味がわからないと思います。ご注意ください。
昨夜から雪が降り、外には一面の銀世界が広がっている。
日本庭園に雪が降っている風景も美しかった(写真で、だけど)が、
今目の前に広がる、洋風庭園を白一色に塗り替えた世界もまた美しい。
たっぷり見て楽しんだ後は、あの庭を歩いて、足跡を残したいっ。
外に出たい、雪を触りたい。
と、思うのだが、病み上がりのため、自重して、窓から眺めるだけに留める。
「王妃様、朝食の支度が整いました」
リリアが声をかけてくる。
お腹もすいていて、早く食べたいのはやまやまなのだが。
「リリア、また、それなの?」
朝食を見て、がっかりする。作ってもらっている以上、文句を言ってはいけない。
そんなことは、よーくわかっているつもりだ。
しかし、こう毎日毎食、栄養満点だとしても、このドロドロした液状の食事というのは、どうだろう。夜はもう少し違うものも出してくれるが、基本はこれだ。
日本で言う、粒が少なくてドロドロの多いお粥のようなもの、といえばわかるだろうか。
仕方なく、スプーンでそれをかき混ぜる。
「まだ起き上がれるようになって1週間なのですよ。それには栄養がたっぷり含まれておりますので、滋養快復には一番なんです。子供のようなことをおっしゃられずに、さあ食べてください。残さずに」
文句を言っても、この目の前の皿がなくならないので、スプーンを口に運ぶ。
1週間前まで、高熱が出て寝込んでいたのだ。
リリアにも心配をかけてしまったようなので、この過保護ぶりにも我慢する。
今は、すっかり元気なんだけどな。はやく、普通の食事にもどりたーい。
食事を終えて、また、窓辺にはりつく。
真っ白だったのに、すでに幾つもの足跡などが付いている。残念。
細長く円柱のようにカットされた木に体当たりして、雪を落とすのも楽しいかもしれない。
そんなことを考えていると、
「ナファフィステアっ、何をしている」
過保護大王がやってきた。
「そんな寒いところには行くなと言っているだろう」
そんな寒いところといっても、窓を閉めた部屋の中だ。確かに、窓際は隙間からひんやりとした空気が出ているのを感じるけれど。
部屋の暖炉には火が入れてあり、とっても暖かいのである。
「窓開けてないし、寒くなんかないわよ」
振り向いて、そう答える。
だが、彼は、ひょいっと私を抱えあげると、そのまま、暖炉前の椅子に座る。
一人掛けの椅子に、彼が座り、私は彼の膝の上に横抱きされている状態だ。
「身体が冷えているではないか」
私を胸に寄りかからせ、頭や腕をなでる。
確かに、あちこちの表面は冷たくなっている。
リリア以上に、陛下には心配をかけてしまったという自覚はある。
陛下が泣く姿なんて、はじめて見た。
1週間前は、熱が高い状態が3日も続き、本当に危なかったらしい。
その3日間は、陛下がずっとそばにいてくれたらしく、周囲の人々は口々に、陛下が如何に憔悴していたかを熱心に教えてくれた。あのような心労をおかけしたからには、逆らわず何事も陛下の言うとおりにするように、と。
「もう1週間もたったんだから、治ったわ。陛下の執務室とか、行っちゃだめ?」
陛下の胸にもたれて、顔を仰ぎ見ながら首をかしげて、自分的に精いっぱい可愛く笑って言ってみる。
相変わらず無表情な顔のまま、一言。
「ダメだ」
うぅ、普通の生活に戻るには、まだ日数がかかるらしい。がっくし。
熱が下がった翌日には、ちょっとふらつくけど、治ったなと自分的には思っていた。
とりあえずベッドで一日中寝て過ごしたが、その次の日には、もう大丈夫と普通の生活に戻そうと思っていた。さすがに、王妃業は休むことにして。私がしなくても、王太子妃がいるから、大丈夫だし。
ところが、それをユーロウスに伝えると、陛下のことを散々語られ、ひたすら養生するようにと説かれた。それはもう延々と。
それから数日間、ベッドから出ることを許されなかった。
ベッドで寝てばかりの方が、かえってよくないと思う。ということで、リリア達女官が目を離したすきに、ベッドを離れ、ソファーに座ってお茶を飲んでいると、陛下がやってきてベッドへ連行された。
それを何度も繰り返し、やっと今日からベッドで過ごさなくてもよい許可がでたのだ。
だが、部屋から出る許可はまだもらえないし、面会謝絶のままだ。
退屈すぎる。
「陛下、引退したら、海を見に行きたいなぁ」
暇なので、老後の自由になったらしてみたいこと、を考える。
この国には海がなく、王妃という職業柄、国を出ることもなかった。
もう何十年と見ていない。
「お前は馬車で長時間過ごすのが嫌いではないか。海を見るには、何日もかかるぞ」
「ゆっくりあちこちの街を観光しながら行けばいいのよ。時間がたっぷりあるんだから」
陛下の胸にもたれて、髪をなでてもらいながら、まったりする。
ああ、なんて快適。
暖炉の火に身体が暖められ、食後の睡魔がやってくる。
陛下の胸が快適な揺り籠なのは、もう何十年と変わらない。
「どこか温泉地に寄りたいし、絶景ポイントも外せないわね」
うつらうつらしながら、眠りへと落ちていく。
陛下が私の黒髪を気に入っているのは、知っている。
私の髪は細くはなったが、白髪がまだなくて真っ黒だ。
頭を使わないから白髪にならないのか?と思わないではないが、ここの食べ物が髪によいのだろう。
できるだけ長く黒髪であればいい。
いつまでも、こうやって頭をなでてもらえるように。
「眠ったのか、ナファフィステア?」
囁くように小さな声が頭の上から降ってくる。
でも、目は開けない。このままでいれば、眠りにつくまで抱きしめていてくれるのだから。
頭の上に陛下の唇が落とされる。囁きと共に。
「愛している、加奈」
~The End~
あのまま終わったほうがよかったと思ってる方がいらっしゃるかもしれませんが、やっぱりハッピーエンドは、笑って終わりたいと思っています。
私と同じように「いつか陛下に愛を」の最終話では、ちょっと悲しいと思ってしまう方のために。