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ヒロインは死んだ

 君の忍び笑いが聞こえたような気がして、僕は思わず夢の淵から飛び込んだ。八畳の少し豪華な部屋の天井が、視界いっぱいに広がる。今日は十五夜だという。物の怪が騒ぐにはちょうどいい。彼らにとっては祝日だ。

 うふふ。

 君の忍び笑いが、耳元で、はっきりと聞こえた。身体の内側からくすぐられるような、ほんの少しの不快感とざわつくような、それとは違う何かを感じる。じっとりと、冷たい吐息がそこにあった。ひんやりとした両腕が僕の身体をゆっくりと、真綿で首を絞めるような周到さで抱きしめる。ぬるりとした、蛇のような湿り気が僕をゆっくりと締め付けていく。

 殺しても殺しても、なお。

 あの日、たおやかに笑った君の心の中は、どれほどまでに邪な心で満たされていたのだろうか。これなら、まだ手首を切ってもらったほうが直情的だ。僕の中で無限に増殖していく君の中で無限に増殖していく僕。部屋の空気は重たさを増し、ただただ仄暗い水を吸い上げていく。嫉妬と怨嗟で汚れきった水が愛情に吸い込まれて膨張し、腐敗していく。それが寝ている僕を襲ったのだろう。ありふれている怪奇現象のなかの、ただの一場面。単なる犠牲でしか価値を主張できない一般人の悲しい末路である。

 抱きたければ、抱けばいいのだ。

 そこに美しさなどない。虚無が虚無を抱いたところで、何にもならないからだ。重力がないところに落下という概念が存在しないのと同じことである。
 身体は徐々にきつく絞めあげられ、君はとうとう高笑いを始めている。興奮しているのだ。僕を絞めあげて興奮するような変態になってしまったのは、他ならぬ僕のせいだ。献身的な君はそうやって僕になにもかもを押しつける。コーヒーにこっそり角砂糖を入れたがるような、そんな気の利かない優しさが、僕の深奥を励起させていたあの頃と、今は違うようで実は同じなのかもしれない。そもそも、砂糖とシナモンと脂でできている少女と、精液でできている僕とで感覚を共有するという奇跡を信じようとする、その独りよがりさ加減が、つまりはこの重さに相当するのだろう。

 運命の人って言葉、信じてる?

 きらきらと、警察官の制服にビスケットの欠片をちりばめたような夜空の下、確か君は、そのもったりとした一重まぶたで、ゆっくりと視線を上に向けながら、ニューヨークチーズケーキのような重たく甘い言葉を投げかけた。僕はそれを巧く受け取ることができず、それはすなわち君がそういう人間だったということを言えず、拗ねた君はつま先を思いっきり踏んで、べーっと舌を出していた。

 罪と罰がこんがらがって、僕は何度めかの殺人を犯した。

 頸を両手で絞め上げると、君はとても嬉しそうに泣くのだ。五感が非日常に飛ばされるのが好きだと言う。僕は決まって、非日常などどこにもないことを諭すのだけれど、やっぱり君は拗ねてしまうのだった。
 血の気の抜けた君の顔は、いつもよりもずっと美しくて、だからこそずっと見ていたくなった。現実なんて、日常なんて、君に比べれば埃まみれの付箋のようなものだろう。

 あの日確か超新星爆発が起こって、それで君は死んだのだ。

 腕が灼けるように熱い。
 君が咬みついているせいだった。さらさらとした黒髪が腕にちくちくと刺さる。今日が十五夜だったことを、僕は知っているはずだった。咬まれた先から痺れと快感が伝わってくる。徐々に僕は、僕でないものへ作り替えられていく。さっきまで貪っていたはずなのに、いつのまにか貪られている。けれど、どちらにせよ同じことなのだと気付いたときには、世界が線になって消えていくところだった。

 どこかに筆を置けるような隙間はなかったのだろうか?

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