悪役令嬢ですが、愚かな主人公にはチートで御退場いただきます。
※この小説は「momoyama」さんの短編。「誰でも書ける! 婚約破棄!」を参考にさせて頂いております(本人了承済み)
――むかーしむかし、ある所に王国がありました。
王立学園の卒業パーティ。
人も場も華々しく飾り立てられ、祝いの言葉と笑顔が飛び交う筈のこの広間は、ただいま絶対零度の北極点と化しています。
それは、何故かといえば。
「リーゼロッテ・フォン・アーレンベルク! これまでの悪行の数々を踏み倒したまま、このまま卒業などさせはせぬ! この場を持って汝の罪を明らかにし、私との婚約は破棄させてもらおう!」
この国の第一王子「ゲルハルト・フォン・シャルンホルスト」が主導で大声を上げ。
「証拠は揃っております。言い逃れしようとした所で無駄ですよ」
文官長を務める侯爵の子息「ゲオルク・フォン・キュヒラー」がニヤリと笑い。
「武力に訴えるようなら、俺の剣が容赦しません!」
騎士団長を務める伯爵の子息「エヴァルト・フォン・クライスト」が剣を掲げ。
「そうだよ! 僕らのマリーを虐めた罪は重いんだからね!」
最近隆盛を誇る地域の辺境伯子息「クルト・フォン・シュライヒャー」が小うるさく声を上げたからです。
ああ、なんてバカバカしい。
「……みんな。ありがとう!」
騒ぎの元凶であり四人の男たちに守られるのは、色々と黒い噂のある男爵の令嬢「マリー・アーベントロート」。
分かりきっていたことではありますが、矯正しきれない程に腐った性格をしているようです。
何せ、こんな状況にも関わらず「4人の男に守られる状況」に酔っているのか、瞳を潤わせて喜色を声に表しているのですから。
救いようがありません。なんて汚らわしいのでしょう。
また、そんな女の虜となり、この状況を創りだした彼らも愚か。
本来なら口も聞きたくありません。
ですが、そんな訳にもいかないのですわ。
何故なら、彼らの射抜くような視線の先にいるのは、私。
私、ただいま悪役令嬢のクライマックス。糾弾シーンに突入中なのでございます。
――えっ。
「どうしてそんなに冷静なのだ」ですって?
そうですね。それには、人に話せない理由があります。
内緒の話ですが私、前世はトラックに引かれて死亡しました。
ですが気がつけば、この世界の公爵家の娘として、転生をしていたのでございます。
「胡蝶の夢」等という言葉もありますが、私の場合あの話の主人公よりも、稀有な体験をしているかもしれませんね。
なにせ、この世界は「ラビアンローズ~薔薇の舞う学園~」という恥ずかしい名前の乙女ゲームに酷似した世界だったのですから。
ええ。まさかのゲームの世界。勿論、最初は受け入れがたいことも多かったですわ。
以前と文化レベルが数百年は違いますし、魔法が存在するのに加えて、その習得は貴族の責務なのです。
一般人だった為に、貴族制だって初体験。なまじ常識が育っていたために、馴染むのに大変に苦労致しました。
ですがその分。私は努力を重ねて参りました。
今や、どこに出しても恥ずかしくない公爵令嬢に育ったと自負しておりますわ。
それに引き換え。彼らのこの体たらく。
私は呆れてため息をつきました。
私の役割は悪役令嬢。主人公は男爵令嬢のマリーです。
運命というものもあるのかもしれませんし、彼らがマリーに骨抜きになるのも、ある程度は仕方ないのかもしれません。
ですが。
「あまりにもお粗末ですわ」
「何がお粗末だというのだ。『元』婚約者殿?」
思わず呟くと、嘲りの意を込めながら王子が訪ねてきます。
「元」婚約者と言葉を強調されましたが、小物に嘲られた所で私の矜持は傷もつきません。
そもそも、恋愛関係にあった訳ではございませんし。あくまで政治的配慮からの婚約でしたから。
私は冷静な声で教えて差し上げました。
「色々と言いたいことはありますけれども、少しは配慮というものを考えませんでしたの? 思い出に残る卒業パーティ。この日を境に本格的に貴族としての業務に就く者も、多くいるでしょう。そんな彼らの一日に、こんなに空気の読めない行動を起こしておいて。皆がなんとも思わないとでもお思いですか? ――全く、恥を知りなさい」
百歩譲って、四人の男を侍らせて一人を糾弾するのは、まぁ構わないとしましょう。
ですがそれなら、ひっそりと校舎裏に「呼び出し」でもすればいいのです。
一生に一度の舞台。和やかな楽しい空気を完膚なきまでに破壊しておいて、自覚もないとは何事ですか。
「くっ、貴様がそれを言うか! 元凶である貴様が!」
「あらあら、この場の皆様全員。元凶とやらはあなた方だと考えていると思いますけれど」
一笑します。
どこまで空気を読めていないのでしょうか、この男ども。
どうやら私を悪者にしたいようですが、そもそもこの私に責められるような点などございません。
「元はといえば、貴女がマリーを妬み、嫌がらせをしたのが原因でしょう」
ゲオルクが、静かな怒りを滲ませて言います。
身分の高い文官の息子であるからか、眼鏡をかけた顔立ちは細面ながら整っております。
ですが知的さを感じさせるのは外見だけのようですね。
「貴族位第2位。公爵家令嬢である私が、6階位は下の身分である男爵家令嬢に何の妬みがあると?」
「うっ」
奥歯に硬いものが挟まったような顔をしております。無様ですわね。
私と彼女では、身分が違います。
勿論それに伴い、学ぶべき教養も果たすべき責務も段違いなのですけれど。
上に立つのは王家だけ。そんな家格を持つ私が羨む要素など、彼女には何一つござません。
ゲオルクの形勢が不利と見たのか、今度はエヴァルトが叫びます。
「彼女の美しさに嫉妬したのでしょう!」
その姿は理想の騎士。凛々しくも柔らかなその瞳で見つめられたい。
そんな風に言うご令嬢もいたと噂の御仁ですが。
犬のように締りのない顔でマリーにつきまとうようになってからは、人気が急下降中だと侍女が教えてくれたことがあります。
全くもって同感ですわ。
「私も、人並み程度の器量は持ちあわせておりますので」
「ぐっ」
欲しいものは、大抵が手に入ってしまうレベルの大貴族。その血脈の私が、不細工な訳がございません。
外交だって貴族女子の大事な仕事なのですから。
自ら誇るようなことはしませんが、王子の婚約者だったこともあり「この国の黄金の薔薇」と讃えられた容姿は、並ではございませんわ。
「せ、性格悪いくせに! マリーちゃんを虐めたくせに!」
子供のような見た目で、子供のような言葉を放つのはクルトです。
ふわふわとした、天使のような少年。
女装をさせても絶世の美少女になりそうな子ですが、いかんせん頭脳は砂糖菓子のようですわ。
「目上の人間の婚約者に色目を使うような女、裁かれて当然ですわね。加えていえば、貴方達にも婚約者はいるはずですけれど。……どうみても、誠意ある対応は出来ていないようですわね」
「ぎゃふんっ」
目に涙を浮かべてクルトが無様な声を上げました。
一応、罪悪感はあったんでしょうか。
まぁ、どうでもいいのですけれども。
クルトを言葉で一刀両断すると、今度は再び王子が怒鳴ってきました。
「い、虐めを行っていたことは否定しないのだな! 証拠も揃えてあるが、申開きはないわけか!?」
「申し開きもなにも、虐めのようなくだらない事、私は行っておりませんわ」
呆れて物も言えません。この私がそのような事をする筈がないというのに。
「嘘をつけ、証拠があるのだぞ!」
「自信がお有りのようですけど、どのような証拠ですの。それ?」
「実際に虐めを見ていた者たちの証言だ! この数年、数十名分を書類にまとめてある!」
「馬鹿なのではないですか?」
「何っ!?」
私は冷めた眼差しで王子を見やります。
そして指と視線で合図して、侍女にその書類とやらを確認させました。
「どうなの、ブリジット。その証拠とやらは」
「はっ! お嬢様。……確認いたしましたが、証拠能力は極めて低いと思われます。提出に協力したものの殆どが、下級貴族。上級や中級貴族もおりますが、汚職騒ぎを起こして既に廃爵になった者の名も見受けられます」
「分かったわ。下がりなさい、ブリジット」
私の優秀な侍女は、証拠とやらを王子に返すと、すみやかに後ろに下がりました。
今は無理ですが、あとで何かしらの感謝をしなくてはなりませんね。
「そ、そのようなことはない! これは、私は!!」
「もういいですわ。黙りなさい」
これ以上はもう、聞くに耐えませんでした。
愚かな彼らには、お仕置きが必要なようですね。
私は、王子の言葉を遮り魔力を開放します。
……本来なら、私が王子の言葉を遮るなど不敬でしょう。ですが先に婚約を一方的に破棄し、集団の眼前で嬲ろうとしたのは王子です。
この場においての正当性は、私にございます。
というわけで。
「『彼方から此方へと突き抜けろ。其は運命をねじ曲げる鋼鉄の車輪なり』」
「ぐわぁっっっ!!!」
「「エヴァルトぉぉぉ!!!」」
私の詠唱と共に魔力が形を成し、巨大な鋼鉄の塊となってエヴァルトを跳ね飛ばします。
ええ、迂遠な表現は止めておきましょう。
私が召喚しエヴァルトに向けた物。それは私の死因にして、幾千数多の世界の主人公を異世界に送り込む神略兵器。
銀色に輝く「転生トラック」です。
どうやら死後、私は己の人生を終わらせた存在を執念と怒りをもって、己が血肉に取り込んだようです。
いまや神の玩具は私のもの。その魔力は私が存分に使わせて頂いております。
トラックは、私の鬱憤を晴らすかのように勢い良くエヴァルトにぶつかって、彼を広間の壁に叩きつけました。
轟音。衝撃。
少し煙が立ちました。が、問題はございませんね。
ヒビわれた壁と柱。そこには一匹の犬。ゴールデンレトリバーが力なくめり込んでおりました。
どうやら、成功したようです。
「え、エヴァルトが、消えた?」
「ど、どこに行っちゃったのよエヴァルトったら!」
王子は無言で呆然と、クルトとマリーは愚かにも取り乱しています。
あらあら、みっともない態度ですこと。
哀れに思った私は、親切に教えて差し上げることに致しました。
「あらやだ、そこにいるではありませんか?」
小首を傾げて、めり込む「犬」に手を向けます。
おや、ちょうど良いところで、目を覚ましたようですね。
犬が身じろぎしております。
「クゥゥン……(こ、これはどういうことだ……)」
「新しいエヴァルトですわ」
「「何ぃぃぃぃぃ!!!???」」
全員が叫びました。
広間にいる全員。五月蝿いですわね。
たかが私より格下の愚か者が、犬に転生しただけでしょうに。
「全員一度に跳ね飛ばしてもいいのですが、王子まで跳ね飛ばすのは一応マズイかしら。……さて。次はクルトさん、逝ってみましょうか?」
考えながら呟いて、貴族生活で培った営業スマイルを浮かべます。
見つめられてクルトはというと、涙を浮かべ。
「……や、やめてよぉぉぉ」
絶望したような顔を向けてきました。
さすがの美少年。世界には「腐っても鯛」という言葉がありますが、どんな表情でも可愛いですわね。
止めてはさしあげませんが。私は内心で、その容姿に賞賛を送ります。
――だって、見せしめなのですもの。
魔力を開放しました。
「『彼方から此方へと突き抜けろ。其は運命をねじ曲げる鋼鉄の車輪なり』」
「うわぁぁんっっっ!!!」
「「クルトぉぉぉ!!!」」
再びの轟音。衝撃。
……煙が立つのは、難点ですわね。
2回めのせいか、埃が大きく立っています。
「く、クルトはどうなった?」
「どうって、やっぱり……」
生徒たちがヒソヒソとざわめきます。
煙が晴れてきましたね。
ヒビわれた壁と柱。そこには一匹のネズミ。ハムスターが力なくめり込んでおりました。
再び、成功ですわ。
「もきゅぅぅぅ……(ふぇぇん。僕どうなっちゃったのぉぉぉ……)」
「新しいクルトですわ」
「「かわいぃぃぃぃ!!!???」」
全員が叫びました。
先ほどまでと比べて、馴染んでますわね。貴方達。
さすが私のご学友です。
「さて、さてさて」
びくぅ。視線の先から、そんな音が聞こえてきます。
私が出口の方に視線をやると、屈みながら存在感を消し逃げようとする愚か者どもの姿がありました。
「「や、やめて(くれ)」」
残った獲物は3人。その内狙っていいのは、一人。
侯爵のゲオルクと王子は流石に止めておきましょう。この場では。
トラウマを植えつけるだけでも、充分でしょうし。
「「いやぁぁぁ」」
広間に三人の悲鳴が響き渡ります。
続いて、轟音が一度。
――こうして、この日。この国には人語を解す「ゴールデンレトリバー」と「ハムスター」。そしてメスの「九官鳥」が新たな住人として受け入れられることになりました。
彼らは不思議な生き物で「お湯をかけられると人間の姿になってしまう」という性質があったそうですが、彼ら3匹の子孫は普通の人間だった為、周囲の人間はとても安心したという逸話が残っております。
その後は、歴史書曰く。
馬車馬のように働き過労死する一人の「文官」と「王様」以外。皆とても幸せな時代が続いたようです。
めでたしめでたし。
気分転換に書いてみました。