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第七話:「この気持ちは何だろう」

 時は夕刻。僕は今、自室にいる。ベッドに寝転がり、天井を眺めているのである。

「今日は色んな事があったな……」

 あの後、千歳を特進クラスまで送り届けて教室に帰ると質問攻めにあった。そこで佑樹がいきなり僕に突進してくるから、買っておいたオレンジジュースを目に浴びせてやった。想像通りと言うべきか、バカは激痛に身を捩じらせ悶え苦しんでいたよ。ついには教室中を転げ回り、授業妨害をしていた程だ。まあ、何はともあれ除菌完了。これで佑樹も少しはマシになってくれたらいいなあ。
 あとは、数学担当教師の宮藤くどうが黒板に書かれた問題を解くのに、僕をやたらと指名する事。あいつ、絶対千歳のファンだ。僕と千歳が『手を繋いだ』との噂は校内中に広まり、更には他校にまで広まったらしい。恐るべし、姫ファンクラブの情報網。
 そして、なんだか今日は闇討ちに遭いそうな気がしたので、僕は残りの授業を全部サボり、現在に至る訳である。

「はあ……」

 溜め息。何かもうどうでもよくなってきた。睡魔が僕を夢の世界へと誘っているのを感じる。待ってて睡魔さん、今行きま――ぐー。




○○○




 携帯のアラームが鳴り、目が覚めた。時計を見ると夕飯の時間。都合が良いとかのツッコミはしないで頂きたい。
 ふと自分が制服でいる事を思い出し、部屋着に着替える。なんだか下が騒がしい。
 
 リビングに行くと、汐姉を囲みながら我が家族は盛り上がっていた。もう、盛り上がりすぎて僕に気付いていない。なんか悲しくなった。僕はそんなに存在感がないのか。

「もう、可愛すぎるわ!」

 片手に携帯を持ちながら叫ぶ汐姉は、酔ったように頬を染めていた。ただ、その顔も綺麗だと思ってしまうから、憎らしい。

「汐、顔がニヤけてるよ。でも汐の言う通りだと思うな。この美しさは芸術品だね」

 善也兄は顎に手をあて、ウンウンと頷きながら言った。善也兄の顔も緩みきっているのはツッコんだ方がいいのだろうか。

「綺麗な寝顔です……」

 頬に手をあてながら、惚けた様子で汐姉の携帯を見つめる美少女。妹の菊花だ。頬を軽く染めて溜め息をつく姿は中学三年生とは思えないほど艶めかしい。

「おれ、この写真欲しい。汐姉ちゃん、送ってよ」

 頬を上気させ、汐姉に手を合わせる美少年。僕の弟、裕太だ。身長は菊花と同じ160センチで、ちょっと小さめ。でも、成長期まで待てば一気に伸びると思う。僕も、中学時代はちょっと小さかったから。って言うか、一体何を見てるの?
 裕太の言葉に、汐姉が腕を組む。

「えぇー? どうしよっかなぁ。秋の寝顔って結構レアなのよねぇ」

「はい没収」

 あ、と兄妹仲良く合唱した。
 携帯を見ると、写っていたのは僕の寝顔。油断も隙もない。僕が寝ている間に部屋に侵入したのだろう。家族じゃなかったら通報してる。

「汐姉さ、肖像権(しょうぞうけん)って知ってる?」

 ニコ、と微笑みながら問い掛ける。嫌味のつもりでやったのだが、兄妹達は頬を染めやがったからさあ大変。なんだか僕、イラッときちゃったよ?

「うー。秋、返してよ」

「駄目です」

「じゃあ、じゃあ、大学で売るのは止めるから! もう止めるから!!」

「売るつもりだったのかよ! しかももう売ってたっぽいよね!!」

「え。だって、秋の写真、結構高値つくし?」

「そんな可愛いポーズしたって駄目。大体、僕の写真を売ってどうするのさ。こんな平凡な男の写真、いらないでしょ? 僕、可愛くもないし、カッコよくもないし、綺麗でもないよ?」

 僕がそう言うと全員、何故か落胆の溜め息を吐いた。なんかムカつく。だってしょうがないだろ、平凡なんだから。僕に非凡を求められても困る。

「もー。秋ってば全然分かってない」

 と、汐姉。

「まあ、そこが秋のいいとこでもあるんだけどね」

 と、善也兄。

「秋お兄ちゃん、よく言えば謙虚、悪く言えば鈍感ですからねぇ」

 と、菊花。

「要するに、秋兄ちゃんは」

 と、裕太。

「「「「勿体無い」」」」

 兄妹揃ってシンクロするな。疎外感を感じる。

「ねぇ、秋? いい加減、気付いて? 貴方はとても綺麗なのよ?」

 僕の両手を握り、上目遣いで僕を見る汐姉。本性を知っているとはいえその姿は聖母のようで、でもやっぱり中身は――

「隙ありぃっ!!」

 悪魔だった。
 やったー携帯奪取ー! 永久保存しよー! とはしゃいでる兄妹達。今、自分を自分で罵倒したい。汐姉に少しでもときめいた自分を殴り倒して蹴り倒してやりたい。って言うかもう、穴があったら入りたい。つーか死にたい。

「なんかもう、どうでもいいや……勝手にやってろよ、もう」

 僕の言葉を無視してはしゃぐ兄妹達を見て、なんだか無性に泣きたくなった。
 その時、何故か千歳の顔が浮かんだ。ヘコんでる時は、誰かに愚痴を聞いてもらいたいものだと、汐姉が言っていたのを思い出す。僕は無意識に、愚痴る相手として千歳を思い浮かべてしまったのだろう。知り合って間もないのに、何でこんな事を思うのか分からない。何だかおかしくて、ふふっ、と笑みを零す。

「今度、携帯電話の番号、聞いてみるか」

 愚痴る為じゃなく、ただ単純に知りたいと思った。
 悲しい気持ちはいつの間にか、暖かくて、なんとも言えない気持ちになっていて。あの綺麗な紅い瞳を思い出すだけで、胸の奥が、ちょっと疼いて。



 この感覚が何なのか、僕には分からなかった。





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