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風雲の果て
作:今井 祐一



第1話−2:赤と白


 朝食を終えて立ちあがる。そこでふと足りないものに気がついた。
 「林昭りんしょうはどうした」
 この間襲撃を受けた際に林昭は足に傷を負った。そのたぐいまれなる天稟てんぴんのおかげで致命傷にはならなかったが、三日ほどは歩くこともままならなかった。あれから一週間たってようやく自分の足で歩けるようになったくらいである。
 そもそも彼がまともに武術と呼ばれるものを学びはじめてから一ヶ月も経っていない。
 襲われたとき、風彪ふうひゅうは事情があって林昭の近くにはいられなかった。林昭は乱戦の中で常にレルガのとなりにいたらしい。おそらくレルガの配慮であろう。まともに戦えば全滅も免れぬ戦であったが、味方の五倍近い数を相手にレルガは林昭をかばいながら戦ってくれたらしい。
 乱戦により、五十人ほどいた味方のうち半数はたおされた。その半数に林昭は含まれていなかった。
 戦のただなかに身をおいて正気を保つのは極めて難しい。はじめてで、しかも圧倒的に不利となればなおさらである。そんなとき、人は狂気おかされて死んでゆくか、恐れのあまり何もできずに斬られてゆくかのどちらかに決まっている。
 ところが林昭はそのどちらでもなかった。次々に襲いくる敵兵の斬撃を流し、かわし、あしらい、レルガや他の味方とともに、乱戦を生きのびたのである。傷を負ったとはいえ、それでも常人には到底できぬわざである。
 もともと押しかけるような形で弟子入りした林昭ではあったが、彼の中に天賦てんぷの才が眠っており、呑みこみも早く機転もきき、何より心の底から風彪を慕っていることが感じられて、放っておけないと思うのであった。
 「このあたりに知り合いがいるという話は聞いていないが」
 レルガはなにやら苦笑していう。
 「奴なら裏だろうぜ」
 この苦笑の意味が風彪には今ひとつよくわからない。自然、見下されたように感じられておもしろくない。
 「そうか」
 椀の飯をかきこんで立ち上がる。自分以外の人間がつくったものを食べるのもずいぶんと久しぶりだった。
 宿の裏へでた。広場になっていて宿の勝手口のすぐそばに井戸がある。
 旅人たちの馬をあずかる小屋もある。今はカルマの荷をいてきた馬たちが入っていた。
 そこで棒をとって打ち合う青年が二人。板壁によりかかって、けだるげな視線を向けている青年が一人。
 白い衣と赤い衣があざやかに舞う。一方が踏み込むと他方が飛びすさってかわす。
 白衣が赤衣を巻き込むようにはしる。
 赤はこの横撃を受け流すとその流れのまま下から突き上げた。
 白は横へ流れてかわし、大上段に打ちかかった。
 赤もこれに応えて真っ向から突きかかる。
 かっ、と乾いた音が響きわたる。絡み合った棒はぴたりと動かなくなった。
 と、見えた次の瞬間、白衣がはためいて飛び退いた。その右手から伸びた棒が足下を鋭く払う。
 重心をくずされて前のめりになった身体はこれを受けきれず、どう、と音をたてて横転した。
 「勝負あり」
 見ていた青年が声をあげた。その響きにはかなり疲労の色が混じっている。
 「もうそろそろいいでしょう、郭方さん、呂盛さん」
 郭方は今しがた勝ちをえた白衣の青年である。もとは行商だったというが、あるとき嵐にあって乗っていた船が転覆、商売道具を失って破産してしまったという。それ以来、カルマの世話になっている。
 一方負けた呂盛は天を仰いでいる。赤を好んで身につける彼は由緒正しい薬師の生まれだが、いにしえの英雄にあこがれて武術を学び、武名をあげることを夢見ている。
 最初に風彪とレルガに気づいたのは林昭だった。
 「あっ、師匠」
 助かったといわんばかりに駆けよってきた。まだ足の怪我は治りきっていないようで、左足の運びがぎこちない。もとのとおり動けるようになるまでにはまだ一週間ほどかかりそうだ。
 「林昭、もしやお前、起きてからずっとここにいたのか」
 なんとなくそんな気がした。
 「あの、実は――」
 林昭は朝起きてからいままでのことを話してくれた。
 








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