聖夜の王子様
エンジェル・イリュージョン。
それは、あたしの住んでる町で、年に一日だけ行われる大々的なイルミネーションのこと。
クリスマスイブの、たった一日一時間だけ、それは輝く。
その名に相応しく、神秘的で美しいイルミネーションだ。
残念ながら彼氏のいないあたしは、隣の家に住んでる幼馴染、もとい腐れ縁、もとい一応好きな人。
である大地と毎年見に行ってる。
去年は、大地のクラスメイトの女の子に会った。
皆、ピンクに黄色にオレンジに。
愛らしいパーティードレスをこれ見よがしに着ていて、惨めな気分になったっけ?
「へぇ。馬子にも衣装だな」
そんな大地の軽口も、彼女達の黄色い、笑い混じりの怒り方のせいで、三割増くらい甘く聞こえてくる。
「だって、こんな服今日着なきゃいつ着るって言うの?」
ぼんやりしていたせいで、会話が飛んでいた。
きゃぴきゃぴと、悪気無く言ったその子の言葉で、一瞬だけ全ての音がフェードアウトする。
「・・・あ、でも寒いし動きにくいし、普通の服でも良かったかなー・・・なんて」
一番端っこにいた、ボヴヘアの優しそうな女の子がそう言った。
曇りのない笑顔と、黒い髪によく映えるリボンが、すごく眩しかった。
あたし、そんな悲壮な顔してた?
三つも年下の子にフォローされるなんて馬鹿みたい。
やだ。
笑っちゃう。
「えへへ。そんなことないよー」
伏せた目で、そう言うのが精一杯だったなんて。
輝くその子の笑顔に消されないようにするのが、精一杯だったなんて。
今日も、寒い。
冷たい風が吹くたびに、制服越しに冷気が伝わってくるみたい。
手袋の間からも寒さが入り込んでくるし・・・。
「そろそろ、イルミネーションあるよねー」
他意無く呟いたあたしに、横を歩く幼馴染はにやりとした。
「どーせ、暇なんだろ?付き合ってあげてもいいぜ」
「な・・・!失礼ね!何で決め付けるのよ!」
「涼子にそんな艶っぽい相手がいるわけねーもn」
自信たっぷりに言って、彼はあたしを見上げた。
まあ、見上げたって言ってもほんの2,3センチの差だけどね。
成長期真っ盛りの大地は、ぐんぐん背を伸ばしてきてる。
追い抜かれるのも、こりゃ時間の問題だわ。
「ったく」
「本当のことじゃん。好きなやつすらいないだろ」
「いるわよ、それくらい」
つんっと、口を尖らせると大地はひょいと肩をすくめた。
真っ黒い髪が、肩の上で揺れている。
「あー、はいはい」
あからさまに信じていない態度を見せ、大地は馬鹿にしたように鼻で笑った。
な、生意気・・・!
「本当だって!」
怒鳴りながらいーっと、歯茎を突き出すと、同情的な目で見られた。
「人間、図星を指されるとムキになるって、言うよな・・・」
はあ、っと大地は腹が立つくらい盛大にため息をつく。
「あ、あんたってやつは・・・」
「大丈夫、恋だけが人生じゃないさ。な?」
うぐぐぐぐ。
むかつく~っ!!!
な?
じゃないわよ!
「まあ、その・・・」
大地が、うってかわってしおらしく呟いた。
ん?
「べ、別にお前のためとかじゃなくてな。その、相手は誰でもいいって言うか・・・」
ちょっとそっぽを向きながら、なにやら大地がいいわけじみたことをぼそぼそ言い出した。
「なによ?言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ。らしくない」
ほら、と促すように言ってやると、大地は上目遣いにこっちを見て。
可愛いなー、なんて思っていると、半ばヤケクソ気味に言った。
「今年も、一緒に行ってやってもいいぞ・・・」
「・・・」
「おい、涼子?」
「・・・っ」
何こいつ。
何こいつっ!
「り、涼子?」
・・・・・・可愛すぎるっっっ!!!
いや、もう、何あれ。
反則でしょ!
上目遣いに、顔真っ赤とか!
もうっ。
ツンデレ最っ高!
「おーい・・・」
いつのまにか着いていた我が家に早足であたしは近付いていく。
ドアを開けた瞬間、大地が
「行こうぜ」
と言った。
だから、あたしもドアを閉める前ににっこり笑ってやる。
「どーせ暇人なんで、行ってあげますよ~」
雪をイメージした、真っ白いニットのワンピースは、大好きなお店の一点もので、去年死ぬ思いでお金を貯めて買った服だ。
レース顔負けに繊細な造りをしていて、もう有り得ないくらい可愛いの!
頭は緩く巻いてワンピースとお揃いで買ったニット帽。
靴はお気に入りのブーツ。
少しヒールが高いのが難点で、気を抜くと足を挫くんだけどね。
「おおっ、なかなかいいんじゃないの?」
鏡の前で自画自賛。
モデルのことは置いておいて、服だけならばっちりだと思う。
コンセプトはずばり雪!
「涼子ーっ!そろそろ時間じゃないの?」
階下から聞こえてきたお母さんの声に時計を確認すると、待ち合わせの時間まであと少しだった。
あわわ。
やばい!
おしゃれしてても、遅刻したら台無しだよね!
それでは咲野涼子、いざ出陣!
「お待たせ~、待った?」
小さく声をかけて、時計台にもたれるようにして立っている大地に駆け寄った。
「かなり」
「嘘ばっかり。まだ五分前だから」
皮肉っぽく笑った大地に軽くパンチして、横に並ぶ。
「・・・・・・」
並ぶと、大地があたしをちらりと横目で見て、それから顔ごとこっちに向けた。
口をぱくぱくさせてあたしを見る。
お?
脈あり?
なんて思ったあたしが馬鹿だった。
数秒間あたしを上から下まで見た後、大地は顔をしかめて言ったのだ。
「雪だるま」
だるまは余計だっつーの。
「失礼ね!なによ、その感想!」
「見たまんまだろーが。だるまめ」
「はあぁっ!?」
え、ちょっと待ってよ。
なんで雪が抜けてんの。
ていうか、何でいきなり不機嫌なのよ!!!
「意味分かんない!少しは褒めるとかしたらどうなのよ!」
「ばーかばーか!年増め!」
と、年増って三つ違いでしょ!
大体あたしはまだ高校生よ!
「あー、もういい。ほら、さっさと行こうぜ」
「もういいって、あんたが始めたんじゃないの・・・」
なげやり口調な大地に呆れの視線を送り、あたし達は微妙なムードで歩き出した。
「ねー、なんで機嫌悪いのよー」
「別に?悪くねぇし」
そっぽ向いて言われても、説得力無いから。
さっきから、大地はずーっとあたしを見ようとせず、露骨に顔を背けたまんま。
全く、なにが気に入らないんだか知んないけど、こんなことになるなら普通の服着てくればよかったよ。
なんて、らしくないマイナス思考に頭を乗っ取られながら、あたしは大地に置いていかれない様に早足で歩く。
仕方ないので、道端に並んだクリスマスらしくは無い露店に目をやっていると『りんご飴』の五文字が目に入った。
「りんご飴じゃーん!ね、ね、大地ちょっと買ってきていい?」
「え?ああ、いいけど」
しゃあねぇなあ、みたいな顔であたしを見る。
ポケットから財布を引っ張り出したとこを見ると、奢ってくれるらしい。
機嫌、ちょっと良くなったみたい。
「おじさん、りんご飴二つちょうだい」
「二つも食うのかよ。太るぞ」
「違うわよ、大地の分。食べるでしょ?」
大地の言葉に猛然と抗議。
心遣いを勘違いされちゃあ困るわ。
「はいよ、二つだね」
気の良さそうなおじさんが、にこにこしながら箱に刺さった飴を手に取る。
うわ、美味しそ~。
てかてと輝く真っ赤なりんご飴に目を奪われていると、大地がくすくす笑った。
「なによ」
「いや、チビの時と全く変わんねぇのな、お前」
「いいじゃない。美味しそうなんだもん!」
そう怒りながらも、内心あたしも笑ってしまう。
良かった、いつもどおりだ。
そんなことを思っていると、おじさんもにっこりしながらりんご飴を渡してくれた。
「仲のいい姉弟さんだね。はい、三百円だよ」
ぴしり。
その一言に、大地もあたしも一瞬固まった。
・・・いや、分かってる。
分かってるの。
おじさんに悪気がないことなんて。
でも、でもさぁ。
「おじさん、あたし達姉弟じゃなくて・・・」
「お姉ちゃん、お金よろしく」
弁解を始めたあたしの横で、大地がすっごく冷えた声で言った。
いつのまにか財布はまたポケットにしまわれている。
「は?あたしが?」
驚いて大地を見れば、すっごくいい笑顔。
ていうか、まるで小学生みたいに歯を見せて笑っている。
・・・わざと?
「当たり前でしょ。弟に払わせるつもり?」
「弟ってあんた・・・」
あたしの言葉を無視して、大地はすたすた歩き出してしまう。
「あ、ちょっと待ちなさいよー」
慌てて三百円と引き換えにりんご飴を受け取った。
「?また来てね~」
ごめん、おじさん。
あなたの笑顔も今はちょっと憎いです。
「大地、待ってってば!もう、何そんなに怒ってんのよ。今日ほんと機嫌悪いね」
やっと追いついた大地に、肩で息をしながらもあたしは言う。
こんなに歩くの早かったっけ?
あたしの声に大地は振り返り、こっちをじっと見た。
「・・・」
「言ってくれなきゃ分かんないから。なにが気に入らないのよ。拗ねちゃって」
「・・・」
「だから、黙るの止めてよ!」
ちょっと大きい声に、周りの人があたし達を見た気がした。
でも、もうそんなの知らない。
大地が悪いんだもん!
「・・・って・・・が・・・く・・だろ」
あたしをじっと見たまま、大地がぼそぼそ呟いた。
小さすぎて、断片的にしか聞こえない。
「・・・もっと、おっきい声で言ってよ。聞こえないから」
なんとなく罰が悪くなってきて、あたしも声のトーンを下げた。
「だって、お前がそんな靴履くから悪いんだろ!」
「は?」
意味がイマイチ分からない。
ぽかんとするあたしを睨みつけながら、大地は続ける。
「なんだよ!急に色気づきやがって。去年まで普通のかっこだったくせに、いきなり・・・」
「だ、大地?」
「そんな靴履くなっつの!余計に身長差出来るだろ!どーせ俺はまだチビのガキだよ、弟だよ!」
「えと、あの・・・」
ちょっと待って。
え?
それじゃあ大地が機嫌悪かったのって・・・。
「・・・靴と服のせい?」
簡潔に話をまとめると、大地が我に返ったように真っ赤になった。
わめいたのが恥ずかしかったのか、もう本当に真っ赤になっちゃって。
かーわいいっ。
「あーもーっ!だから言いたくなかったんだよ。こんなこと・・・。俺ばっかみてぇ」
「まあまあ、そんな落ち込まないで。ほら」
はあーっと、大きくため息をつく大地にさっきのりんご飴を渡す。
「早く行かないと、いい場所取られちゃうよ?」
「誰のせいだと思って・・・」
諦めたように苦笑を浮かべて、あたしからりんご飴を取ろうとした大地がふと手を止めた。
そして、にやぁっといつもの生意気笑顔になる。
「そーだな。急がないとな」
「?なによ」
「お前歩くの遅いんだよ」
にまにまと笑いながら、そんなことを言ってきた。
「だから・・・」
「え、ええっ!?」
りんご飴の代わりに、大地はあたしの手を握った。
そのまま、早足でずんずん歩いていく。
もちろん振り払えるはずも無く、行き場の無くなったりんご飴がくてん、と力をなくした。
「全く、もう・・・」
「なにか言った?お姉さま」
「べつにぃ~」
イルミネーションは夜にあるもので良かった。
赤くなったこの顔、隠せるんだもん。
あーあ。
ったく、分かっててやってるんでしょうかね。
このツンデレ王子は。
~Happy Christmas~