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ロストストーリー ~この物語の無い世界で~ 作者:猫村銀杏
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4.写真

4.写真

 外に出る前にノアには、この格好では目立つからと当代風の服に着替えさせられる。
 寝ている時に着ていた寝間着替わりのジャージは元々身軽ではあったのだけど、ノアに渡された服はそれ以上の身軽さがあった。
 重さという概念が無いような軽い素材。
 まるで羽が生えたような身軽さすら覚える。
 デザインもノアが着ているそれとデザインのベースは同一みたいだが、男物なのでジャケットとズボンになっている。一応、この世界でもそういう常識は変わっていないようでほっとする。でも、白一色というのは落ち着かない。どこかの過激的な思想を持つ集団に属したような気分になる。
「うん、よく似合っている」
「そうかな?」
「それなら、誰に見られても違和感はないわ」
「僕はこんな服を着ていると落ち着かないけどなあ」
「これが、ここの世界では普通の服装だから慣れないとね」
「確かにこれを着ただけで未来の世界に来たっていう気になるよ。とてもこの世の服とは思えないもの」
「ソウタのこの服こそ面白いですね。こんなに重くて動きづらくてこんなの着る意味あるんですかね?」
 そういう違和感はお互い様らしい。服装の流行というのは年ごと、下手したら季節ごとに変わるものだ。これが何世紀もの時を跨いだとなったらそこから感じるギャップもすごいものになるのは当然のことだ。
「見栄えをよくしたり、体感温度を調節したり、体を保護したりいろいろあるんだよ」
「不思議ですねえ。こんなのを着ているくらいなら、裸のほうがまだマシって気がしますよ」
「まあ、裸のほうが好きだからって家の中では服を着ない人もいないことはないよ」
「なるほど、そういう人達は時代の先取りをしていたのですね。こんなもん着るくらいなら裸で外に出ちゃいますよ」
「そんなことしたら逮捕されちゃうけどね」
 来ている心地すら希薄なこの服と、現代の服を比べればそんな気になるのも納得はするが、もし実行してしまったら社会的にはアウトである。
「逮捕ってなんですか?」
「え?」
「聞いたこともない言葉なんですが」
 ノアは本当に何も知らないようで、その表情には?という符号が浮かんでいるようだ。
「マジ?」
「マジです」
「じゃあ悪いことを犯した人はどう処罰されるわけ?」
「悪いことって……?」
 逮捕という言葉について聞き返される。まさか、それすらも知らないわけじゃないと思うが……。
「そりゃあ物を盗んだりとか、人を殺したりとか……」
「そんなことが起こるのですか? ソウタの時代はずいぶんと物騒なのですね」
「そんなことも起こらないの……。 逮捕っていうのはそういう悪いことをした人達を社会から隔離して閉じ込めることだね」
「なるほど、過去の世界はずいぶんと大変なんですね」
「そうだね。そういうニュースがいつも世界を賑わせているよ」
 この世界が物語が起こらないという話は今一ピンと来ない話だったがどうもマジらしい。物語っていうのは大物であれ、小物であれ悪役というものがいるもので、それとの確執を解消するという流れをしているものが多い。その発端が起こらないとすれば、物語も起こらないわけだ。
 でも、それは果たして悪いことなのだろうか? 
 悪いことを無理矢理に起こさない世界ならともかく、誰もが自発的にそれを起こさないというのなら、それは一つの世界の理想形ともいえる。物語の必要性すらないわけだ。
 もっとも、そういう事態に陥らないというのは、僕の想像の限りでは不自然だとも思う。普通、人というのはなにかしら衝突が起こってしまうものだ。
「それでは外に出てみましょうか」
 ノアが僕の手を引っ張って、なんでそうなるのか分からない消えるトビラを抜ける。幻想的な少女の引っ張っていく世界には何が待っているのだろうか。
 非の打ち所の無いこの服と、犯罪すら起こらない完成された世界。いよいよ、その世界に足を踏み入れる。

*  *  *

 空中都市といえば、現実でいえばマチュピチュとか、架空の世界でいえば都市ではないけどラピュタとかが代表例として想像できるだろうか……。他にもいろいろと思いつくが実際に見る景色というのは、想像の世界を越えるということがよくある。
 扉を抜けると辺り一面真っ白だった。
 でも、部屋の中とは違う。部屋の中では上下左右全てが白だったが、少なくとも空は現代と同じように青く、太陽が眩く輝いていた。しかし、下には慣れ親しんだ踏みしめるべき大地も、コンクリートも、あるいは木の床も無い。
 じゃあ、この体を支えている白いものはなんだろう?
 しっかりと踏みしめられるのに、ふかふかもする物体は今までに見たことがない。
 さらに空中には数々の球体が浮かぶ。あれが人の住むスペースなのだろうか? 僕とノアがいた家もその球体と同じものだった。
 さらに、ところどころに雲が点在する……。
 雲……、雲だ。
 その雲があまりに低い場所どころか、自分のいる高さと同じところにあることに気づいて、自分の下に広がるものが雲だということに気づく。
 いや、これが本当に雲なのだろうか……?
「なにこれ? どうなっているの? ここ雲の上なの?」
「そうですよ。なにかおかしいんですか?」
「なにかおかしいって……? 全部おかしいでしょう? 雲に人が立てるはずないでしょう?」
「え? ソウタの時代ではそうなんですか?」
「いや、時代なんか関係なく雲は気体でできているものだから立てるはずがないんだけど」
 むしろ雲だと認識した途端、これを突き抜けて落ちていかないという事実に脳がついてきてくれない。
「それは不思議ですね。でも、この世界では雲の上に人が立つのは普通ですよ? もちろん、地上にも立ちますけど」
 地上に立てなければそれは困るが、これもこれで気が動転する。
「なんで、人が雲に立てるんだよ」
 僕の知っている常識が根こそぎ覆されるような事実に呆れすら覚える。絶対この世界おかしいだろう。
「詳しい理屈はは私も知らないですけどね。もしかして、ソウタがそういう話を知っているからじゃない」
「また、その理屈ですか……。確かにそういう話はいくつか知っているけどさ」
「そこらの感覚が反映されてしまったのではないですかね? 気に入らなかったですか?」
 あまりの事実に驚かされはしたが、気にいったか気にいらなかったかでいえばすごく気にいりました。
 空の上の世界なんてロマンチックな場所に心を動かされないはずがない。
 僕は反射的にポケットの中にあったスマホを取り出して、あたりをパシャパシャと撮り出す。
 世界を飛ぶときに残っていたスマホは基本的な機能だけでも使えるようでよかった。
 下に広がる雲の大地は無限に広がるわけではなく、一定の広さをもってそこにいくつもの球体が並んでいた。
 そんな雲がいくつも浮かんでいる。
 雲なしで単独に浮かぶ大小様々な球体もある。これはたぶん浮くコーヒーカップの応用だろう。それぞれの球体には住宅だけじゃなくて他にも店や会社などの役割があるのだろうか……?
 目に見える全てが不思議で珍しくて写真を撮る手が止まらない。
「そうだ、ノア。記念に僕と写真を撮らない?」
「ソウタと写真……?」
「そう、人と珍しいものを見たら、それを共有した人と一緒に写真をとるものなんだよ」
「それも物語を作る一貫ですかね?」
「物語……。そうだね。そういう思い出を繋ぎとめるのに写真は重要な役割を果たすんだよ」
「変な習慣ですね。なんでそんなに写真というものをとりたがるのかはわからないですが、ソウタがとりたいというならとりましょうか」
「ありがとう」
 自撮り棒なんて洒落たものはさすがにないから、腕を目一杯伸ばして、狭いフレームに収めようと僕とノアは密着する。初めてやる不格好なピースと、レンズに合っていない目線。ぎこちなさはあったがいい写真がとれた。
 白装束に身を包んだ儚い神話的な少女ノアと、白装束を着こなせていない普通の少年、僕、ソウタ。
 この幻想的な風景以上に撮りたかったのはむしろこのツーショットだったのかもしれない。テンションが上がりすぎて、自然とノアと一緒に写真を撮ることが提案できて本当によかったと思う。
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