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ロストストーリー ~この物語の無い世界で~ 作者:猫村銀杏
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3.未知の未来で

3.未知の未来で

 ヒロインで、パートナーであろうノアが、既に能力なしのポンコツであろうことを知って僕は頭を抱える。
 未知の世界でヒロインがこの様とは、この物語は冒頭から前途多難すぎやしませんかね?
 そもそも僕が元の世界に戻れるのかすら、ノアがこの様では分からない。もしかして、この世界のことを気に入って永住するというパターンもあるのか? そんな不安すら脳裏を過ぎる。
「私にも詳しくは分からないんですよね。自分でも、なんでこんなことをしたのか」
「いや、やった張本人がそれを知らないのはおかしいでしょう」
 自ら過去に飛んだのにその理由が分からないとは、ノアは僕と違って呑気なものだ……。
「確かにそれをやったのが私であることは明白なのですけど、タイムトラベルをする経緯であったり、その前の記憶だったりが曖昧なものになっています。時空の壁を越える能力はこの世界でも本当に特別な能力です。だから、その代わりに代償があります。過去の世界にタイムトラベルすると記憶のほとんどは失われてしまうんです」
「ずいぶん、不都合な能力もあったものですね……」
 過去に行けても記憶を失ってしまっては、一体それになんの意味があるのだろうか。一回しか時間を飛ぶことが出来ないうえに、それだけの仕打ちがあっては本末転倒である。
「ほら、タイムトラベルって真面目に考えると厄介なことが付き物じゃないですか。歴史の戦犯とされる人間達を殺して代役を経てればその世界は良い方向に回るのか? 時の一点を少し変えるだけで未来の事象は変わってしまいます。それらは良い方にも悪い方にも振れうるものですが、無暗やたらに歴史は変えてはいけないことになっているのです。ギャグ要素が大きいお話ではそんなことを掘り下げずに、不思議道具やらなにかで簡単に飛べることもあるでしょうけど」
 記憶を失うという甚大なリスクを背負ってまで行うタイムトラベルには、そのリスクに見合うだけの大義名分が必要だろう。しかし、それこそ歴史をむやみやたらに動かす原因となるわけで、その記憶は当然失われてしまうはずだ。
 だとすれば、なんのために過去に行く?
 まさか僕に、物語を作る能力にそれだけの価値があったと?
「でもさ、そういう設定に深く突っ込まないタイムトラベル物もあるんだよ?」
「でも、ソウタはそういう設定を疑問に感じてしまうし、そこらへんの矛盾もすっきりとさせたい」
「ああ、もうその通りですよ!」
 僕は半ばやけになって納得する。
 この世界はどこまでいっても、僕の知っている物語のようになってしまうらしい。この矛盾だらけの事実を僕はすでに受け入れ始めてしまっている。
「物語を読むときには嘘を嘘であると認めることが重要なのに、厄介な性格をしていますね」
「とても物語を知らない人間のセリフには聞こえないなあ」
 ノアに痛いところを突かれて、僕は遠回しに悪態をつく。
「ソウタのせいです」
 その言葉はそのまま僕に返ってきてしまう。ほんとに厄介な世界だ。
「それで、その記憶を失ってまでして物語を作る能力が欲しかったと」
「はい、そうだと思います」
 ノアは自信満々に言う。
「そうだと思いますって……」
「記憶を無くす前のことはほとんど忘れてしまいましたが、その意識だけははっきり残っていました。かつての私がなんでソウタを選んだのか実のところさっぱり分からないのですが、それでもソウタを選んだのは私であることは間違いないのですから、ソウタを信じられなくても私を信じることはできます」
「なるほどね。よくわかったよ」
 ノアは凛とした表情でハキハキと話すが、ノア自身もよく分からないということだけがはっきり分かった。聞いただけでは簡単に理解できる話ではないが、深く心情を読みこめば、そこまでの信心を持つことも不思議ではない。誰であれ一回しか使えない能力であればその使い道は相当慎重に重大な場面に使うはずだ。
 ある万能の宝物を奪い合う戦争のお話では、三回しか使えない絶対命令権を大して意味も無いことに使っているのが何人かいた気もするが、あれこそ創作であるからこそだろう。僕がもしあの戦争に参加させられたら選ぶ命令は相当慎重になるはず。逆に慎重になりすぎて、永久に物語の重大な場面になっても使えないラストエリクサー病にかかる可能性もあるけど……。
「他になにか覚えていることはあるの?」
 記憶のほとんどは失ったようだが、覚えていることもあるようで逆にそっちの方も気になる。
「この世界で生きていくための一般常識と言語くらいですかね。実は自分のことすら何者なのかよくわからないくらいです」
「つまり、あんまり僕と変わらないってことね」
 ノアは、コーヒーカップが浮いているくらいで驚いたりはしないが、僕は自分のことくらいは分かっている。
「そうかもしれませんね」
「でも、ノアの喋る言語は僕にも理解できるよ。不思議だね」
「それは、あなたのせいでしょう。ここで話されている言語はあなたのいた時と場所のものとはまるっきり違うはずですけど、『@&%$#+*><?』とか、『くぁwせdrftgyふじこlp』とか、『タッカラプトポッポルンガプピリットパロ』なんてしゃべられたら誰も分からないじゃない?」
「なんか聞き覚えのあるやつも混じっていたけど」
「とにかく、翻訳版があったとしても、単一の言語で作られていない物語なんてほとんどありませんし、世界に存在しない言語で物語を作るわけにもいきませんから、ここでの言語もあなたの都合がいいようにできているのでしょう」
 確かに物語ってそういうものだけど、僕の都合でそんなところまで決まってしまっていいのだろうか。自分でも無意識のうちにそうなってしまうのだからどうしようもないのだけど。
「それは便利でよかった。スワヒリ語だか、アイスランド語だか、それよりも難しい言語を覚える必要がなくて助かるよ」
「そうそう、便利だからそれでいいんですよ。それにどちらにしてもこちらの世界では、世界共通の単一の言語しか使われていませんからね」
「それも物語の無くなった世界の特徴?」
「私からすれば世界にたくさんの言語があるほうが不思議ですけどね。不便じゃないですか」
「そうだね。どの世界でも成りあがろうと思ったら複数の言語を習得していないと不利だし、読める物語にも限りがあるし、不便だよ」
「世界で統一しようっていう流れはないの?」
「ある程度はあるよ。実際、世界の人口はどんどん増えていっているのに、言語の数は減っているみたいだからね」
「それじゃあこの世界は、やっぱりあなた達のいた世界の成れの果てということになるんですかね? 不思議なものですね」
 言語が世界から消えていくと同時に、物語が消えていく……。
 分からない話じゃない。
「コーヒー余っているから飲んだらどう?」
「ああ……、そうだね」
 こんな話に巻き込まれてコーヒーのことなんてすっかり頭から消え失せていた。
 ノアに勧められるままに、僕はふわふわと宙に浮かんでいるコーヒーカップをつかむ。この短時間の内にコーヒーカップが浮くという現実を受け入れているのは、この世界になじんできたことの証だろうか。
 長話をして、普通なら冷えているはずのコーヒーは温かいままだった。これまた、不思議なテクノロジーが使われているのだろうが、そこまで驚きは感じなかった。魔法瓶がちょっと進化したらこんなことになるのかもしれないと勝手に納得する。
「では、落ち着いたところで未来の世界を案内しましょうか」
「外に出るの?」
「外に出ない物語なんてあると思いますか? それとも電脳世界での物語にでもします?」
 ノアは、答えは分かっているという風に、僕の決意を促すような聞き方をする。
「いや、ないね」
 こう、決意を見せる主人公のような宣言をしたほうがこの場合はいいのだろう。
 電脳世界での冒険っていうのも興味はあるし、絶対にただ外に出るだけでは済まないのだろうけど……。
「では、準備して行きましょうか。空中都市へ」
 空中都市か……。悪くないねと僕は内心で微笑む。
 そこで何が起こるかは分からないが、少なくとも見てくれは悪くはなさそうだ。
 用が済んだコーヒーカップは、いつの間にか、僕が気づく間もなく、跡形もなく消え去っていた。
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