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ロストストーリー ~この物語の無い世界で~ 作者:猫村銀杏
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2.ノアの方舟

2.ノアの方舟

「あの時はさ……。ただ願望的に物語が作りたいなんて答えたけど、僕は実際に物語なんて作ったことなんてないよ」
 あの声に答えたせいでこんなことに巻き込まれるとは予想もしていなかった。いきなり物語を作れと言われても何が何やらわからない。
「大丈夫です。あなたがこの世界に来てくれたおかげで既に物語は動き始めています」
「確かに状況的には物語っぽいけどね……」
 未だに信じがたい話であるが、未来にタイムトラベルなんて物語でしかない話だ。
「そうですよ。何もかも完成されたこの世界では波乱というものが起きなかったんです。全ての物事は決まったように動き、語り回されるのはほとんど定型句。それが駄作であれ、傑作であれ、人間は誰しもそれぞれの物語を歩むものだったのでしょう」
「つまり、この世界での生き方そのものが物語になるってこと?」
「理解が早くて助かります。大体そういうことです。しかもあなたの場合、それを自分が作りたい物語にできるんですよ。すごいでしょう? あなたが来てくれたおかげで、この世界での物語は動き始めたんです」
「そりゃあすごいね……」
 そんなことができたら夢のような話だと思う。
「でもさ、君もそんなに型にハマった人間には見えないよ。まるで、物語のナビゲーターみたいな語り口するじゃない」
「ナビゲーターみたいに見えるのも、あなたの物語を作る能力のせいだよ。物語に出てくる二番目の登場人物は大体、重要人物でしょう?」
 確かに物語に二番目に出てくるキャラクターがそこらのモブキャラであることなんて滅多にない。
「そういうのも僕が知っている物語が反映されてしまうんだね」
「どうも、そうみたいですね。私もあまり詳しくは分からないのですけど、いきなり全容が分からないのも物語の内なのでしょうね」
 なるほど、確かにそれも物語の内なのだろうけど、数多の主人公達がこんな理不尽な世界に囚われていたのかと思うと同情もする。傍観者でいれたらどれだけ楽だったかなあ。
「ところで君……、君の名前はなんていうの?」
 未だに名前を知らないことに気づいて今更ながらに尋ねる。
「名前?」
名前を聞いてその質問の意味を聞き返されるのは人生で初めてだ。
「名前だよ。人から呼ばれる呼び名があるでしょう」
「あー、コードネームのことですか?」
「名前ってものがないの?」
「あまり聞かない言葉だから、聞かれてもぱっと思いつかなかったんですよ」
「とんでもない世界だね。それじゃあ人を区別することもできないんじゃないの?」
 名前の無い世界。物語の無い世界。共通するものがあるように思う。
「私達には一人一つ固有の番号が割り振られていますから、それで個々の区別がつけられますよ。そのID一つでその人の情報の全てが一元的に管理されていますからそれで十分なんです」
「なるほどね」
 人を番号で割り振ろうとする試みは現代でも行われていることだが、この世界ではそれもずいぶんと進歩しているらしい。
「でも、過去からの習わしとして一応コードネームという別称も各人に与えられています」
「たぶん、それだよ。そのコードネームを教えてよ」
「ノアといいます。これを使うのは随分と久しぶりですね」
 名前を聞いてこれは随分と厄介な物語に巻き込まれるのではないかという不安が僕の脳裏によぎる。

 ノアの方舟。

 誰もが知っているであろう神話に出てくる名前をこの子が持っているということが、この先に起きる話を暗喩的に意味しているというのならば、この世界での話が波乱に満ちたものになるのが僕には想像できてしまう。
「僕の名前は、ソウタって言うんだ。これからはノアもあなたじゃなくて、ソウタって呼んで」
「ソウタ……。なんだか、呼びにくいですね。でも、あなたがそうして欲しいって言うのならそう呼びましょう」
「あなたじゃなくて、ソ・ウ・タ」
「わかりました。ソウタ。それにしても過去の人間というのはめんどくさいことを押し付けますね」
「めんどくさいのも物語の内ってことじゃないかな」
「これから付き合っていくのも大変そうです」
 ノアは、そういってため息を一つつく。
「もう一つ聞いていいかな?」
「はい、なんでもどうぞ」
「なんでも!?」
「なにをそんなにテンションあげているんですか?」
「なんでもって言うならぜひスリーサイズを教えて頂きたいのですが……」
 なんでもという言葉に思わず心の欲求が漏れてしまう。他にも聞きたいことはいくらでもあるはずなのに、この魔法の言葉を聞いてしまい、目の前にこんなにかわいい女の子がいてはそれもしょうがない。
「それはダメ。なんでもっていうのは、(答えられる限りは)なんでもっていう意味が暗に含まれています。あなたの見てきた物語でも大体そうだったんじゃないんですか」
「いいや、なんでもっていうのは、文字通り全てのことを指すんだよ!」
 なにかにつけて、そういう要求を拒絶するのは物語の定番なのかもしれないが、男としてそうやすやすとは食い下がれない。
「そうだとするならおかしいですね。私も言葉がそのままの意味で使われないのには違和感がありますよ」
「そうでしょう? ならはっきり答えちゃおうよ」
「ううん、答えようにも答えられないんですよね。頭の中には情報はあるんですけどしゃべることができません。私にもそれが何故だかわからないんですけど、あなたの物語の考え方のせいなんじゃないですか?」
「マジかよ……」
「それに、それがはっきりと分かってしまったら楽しみも半減してしまうでしょう」
「なんで、そんな重要なところをきっちり物語しているんだよ!」
 確かになんでもって言って、本当になんでもだった話を見た試しはないが、だからといってここでそれが再現されなくてもいいだろうが、物語って救いがあるもじゃないの? ひどい、ひどすぎる。
「なんでなんでしょうね? でも、あなたの物語を作る能力は、あなたの知る物語や想像できる物語が作られるようですので、そういう範疇から外れすぎる事象は起きないみたいですね」
「ああ、もっとぶっとんだ設定の話をいっぱい読んでおけば、いきなりスリーサイズが分かったかもしれないのに」
 最初はすごく便利な力だと思ったのに、意外と融通が効かない能力らしく残念い思う。エロゲ―であったり、超グラマラスなヒロインのいるごく一部の物語だったりではスリーサイズが分かるキャラもいるが、ほとんどの物語ではそんなもの分かりはしない。
「そんなにスリーサイズは大事なのですか?」
 ノアは首を傾げる。
「そりゃあもう」
「それなのに秘密にされるとは不思議なものですね、それで最初に私に聞こうと思っていたのは何?」
「そういえば、そんな話をしていたね」
「それを忘れてしまうほど、スリーサイズが気になっていたんですね」
「そうだね。その内にはスリーサイズも暴いて見せるよ」
 確かに物語の軸よりも気になる話でもあるが、聞き出せないのならしょうがない。話を本筋に戻すしかないようだ。
「さっき、この世界の人間は誰でも能力を持っているって言っていたよね?」
「そうですね。言いました」
 ならば、確認しておかなければいけないことが一つある。
「ノアの持つ能力は何なの?」
「え? いきなりそんな重要なことを聞くんですか?」
「え? まさかそれも答えられないって言うんじゃないよね?」
「冗談ですよ。私の能力は時を越える能力です」
「時を越える……! やべえ、強そう」
 つまり、その能力を駆使して僕はこの世界に連れられてきたということか……。てっきり、この世界にはタイムマシン的なものがあるのかと思っていたが、ノアの能力だったとは予想外だ。
 でも、これは朗報でもある。
 どうも、ヒロインらしいノアがそんな強そうな能力を持っているのならば、この世界の世を渡っていくのも楽勝ではなかろうか。とりあえず生き残れそうだという安堵と凄い能力を聞いた興奮で自分でも表情が緩むのがわかる。
 さすが神話に登場する名前を冠するだけのことはある!
 ノア様と呼ばせてください。
「そうですか? そんなに魅力的なんですかね」
「時を越えるなんてロマンの塊だよ。それこそどれだけの物語がその設定や能力を軸にしていると思っているの? どんな話でも最強クラスだと思うよ」
「そうなんですか。確かに、私の能力は時空の壁を越えることができるという能力でした」
 その言葉に僕の中で時が止まる。
 今、不吉な言い回しが含まれていなかったか……?
「で、でした。……って、どういうこと?」
「時を越える能力は、この世界でも相当珍しい特別な力です。でも、その強すぎる能力のせいかその行使は一回限りという制限がつきます」
「あの……その一回限りってまさか……?」
 聞きたくないが聞かなければならない。
 おおよそ推測がついてしまう不規則な真実を。
「ソウタを連れてくるときに使っちゃいました。だから、私の時渡りの能力は既に過去の物です」
「なんてことしてくれたんだよ、バカやろう……」
 予想通りの真実に僕は頭を抱え込む。せっかくのチート能力がすでに亡きものと知って、この物語が前途多難なものになることはここではっきりわかってしまった。
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