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ロストストーリー ~この物語の無い世界で~ 作者:猫村銀杏
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1.物語の無い世界

1.物語の無い世界

 目が覚めて、最初に思ったのはとにかく辺りが白いということだった。
 本当に文面そのままに、僕の周りは白一色だった。この文面が映る画面だか紙面だかのほうがまだ色がある。そこには有益であれ無益であれ黒いシンボルの羅列があるが、この部屋には汚れ一つない。
 僕が起きたのは白い部屋。ベッドも机も椅子も壁も天井も、全部白一色。
 ここまで白い空間というのを僕は経験したことがない。辺り一面真っ白な雪原に雲が広がっている状況でもここまで真っ白ということはないだろう。
 その様子から一瞬だけここは病室か何かとも思ったが、それにしても治療器具の一つもないし、病室でももうちょっとは色彩があるものだ。
 病室でないとするとここは物好きの悪趣味な人間の部屋なのかもしれない。白一色というセンスには驚かされるが、異常に一色だけを好む人間もいると聞く。家具の少なさにも驚かされるが、人によっては物の少ないシンプルな部屋を好む人もいるらしいから、ここの住人もその類の人間なのかもしれない。ざっくばらんに物があふれかえっている自分の部屋と比べると、その気楽さは若干うらやましい気もする。とはいえ、これほど質素だと三日と我慢できない気がする。辺り一面真っ白のとてつもなく広い部屋で修業したどこかの戦士達の気持ちがわかる気もした。

 あれこれ、この部屋がなんの為の部屋なのか想像はしてみたが、実際のところは、ここはどこなのだろうという疑問が一番強い。それほどにここは現実離れした異質な空間に思えた。
 驚きはさらに重なる。
 部屋の唯一の出入口のトビラが突如消えた。自動ドアのように横にスライドしたわけでも、シャッターのように上にスライドしたわけでもなく、フェードアウトするように段々と薄くなり消えていった。まるでCGでも使ったかのような怪現象だった。
「あら起きたのね。予定通り八時間ぴったり。タイムトラベルって初めてやったからどうなるか心配だったけど普通に上手くいくのね」
 消えてなくなったトビラの向こうから現れた女の子を見て僕は言葉を失ってしまう。
 その奇怪な白い部屋の中でもその子は特別、不思議な存在感を持っていた。
 日本人のほとんどが持つ黒髪とは正反対の純白の長い髪は、現実感がないほどに美しく、透き通るような透明感を持っていた。白よりさらに儚い透明色といってもいいかもしれない。青い瞳は、世界のどんな海の色よりも澄み切っている。
 ビロードのような質感をしているドレスのような服装は、幾重にも重なって見えるのに、動きを邪魔しない、軽く薄い作りをしているようだ。女の子らしい引き締まった細い線と出ているところもはっきり見えて、少女の魅力をさらに引き立たせる。
 そして、その声はここで起きる前に聞こえた問いかけの声そのものだった。あの時は意識がぼんやりしていたが、改めて聞いてみるその声は凛々しくて、女の子特有の高い声には不思議と引き込まれる。
「なによ、きょとんとして? 寝覚めが悪い方なの?」
「いや、寝覚めはいいほうだと思うのだけど……。ただ、びっくりして」
「それもそうか……。時間酔いがあるかもしれないことは聞いていたし、強制的にタイムトラベルに付き合わせたのだから本調子じゃなくても仕方ないか」
「タイムトラベル?」
 聞きなれない言葉の数々に頭の中に?マークが次々と浮かぶ。少女は僕のことを寝ぼけていると思っているようだが、頭は普段とは考えられないほど目まぐるしく回っていた。自分の慣れ親しんだ環境であるほど危機感が薄れて、意識も混沌としたものになりがちだが、非日常的で非現実的な空間に突然放り込まれた僕は周囲への警戒感からか緊張しきっていた。
「詳しい話は後でしてあげるけど、とりあえず落ち着こうか。何か飲む? コーヒー、紅茶、ココアにミルク。オレンジジュースにアップルジュース。エナジードリンクにサプライザー。なんでもあるわよ」
「サプライザー?」
 耳にタコが出来るほど聞きなれたドリンクの名前に交じって、聞いたこともない飲み物の名前が並ぶ。エナジードリンクはなんとか想像がつくにしても、サプライザーとはなんのことだかさっぱり分からない。
「ああ、あなたの時代にはサプライザーはないんだっけ? どう、記念に飲んでみる?」
「いや、コーヒーでいいよ」
 聞きなれない飲み物に興味はあるが、今この場で見知らぬ飲み物に挑戦しようとは思えない。ここは無難なチョイスをしておこう
「そう、サプライザーもおいしいだけどなあ」
「それはまたの機会にしておくよ」
 その言葉を合図にしていたようにコーヒーカップが、さっき扉あった場所を貫通して僕の元まで飛んでくる。コーヒーカップは僕の目の前で止まると、ご主人様にエサを媚びる猫のようにその空間に留まっていた。回るコーヒーカップならそこらの遊園地で見たことがあるが、飛ぶコーヒーカップは映画か何か以外では初めて見た。
「何しているの? ご注文のコーヒーよ」
 少女は不思議そうに首を傾げる。
「ああ、うん。いただきます」
 呆気にとられて動けなかった体が動き、コーヒーを手に取る。出来立てのコーヒーらしく、暖かそうな湯気を立てているのに、持ち手をつかんでも熱さは全く感じなかった。
 見た目にも香りにも、紛うことなくコーヒーにしか見えないが、なんせ空飛ぶコーヒーである。中身がどんなものかわかった物じゃない。しかし、自分から注文したのに断ることもできない。僕は恐る恐るカップを口元に運ぶ。
 口に広がるのは全くいつも通り普通のコーヒーの味だった。程よい熱さに、程よい甘さ。なんの注文もしていないのに、このコーヒーは僕の好みの砂糖とミルクの分量を知っているかのようだった。
「どう、落ち着いた」
「まあ、少しは」
 相変わらず頭の中は?マークだらけだったが、やっと自分の知っているものに出会えて少しは気持ちも安らいだと思う。
「それなら、そのコーヒー置いたら?」
 そうしたいのは山々なのだがベッドの周りにはコーヒーを置ける台や机のようなものがなかった。
「手頃な置き場があれば、置いているんだけどね」
「何、言っているの?」
「え?」
「ああ、そう言えば昔は物が宙に浮く時代じゃなかったわね」
「ここはあなたのいた時代より何年か先の未来の世界」
「未来の世界……」
「そう。あなたの時代の科学ではタイムトラベルはできないけど、そういう話は聞いたことあるでしょう? 引き出しの中にある四次元空間を行き来したり、ジャンプして時渡りをしたり、未来に飛べる車に乗ったりする話とかその他諸々……。その類の力を利用して時空の壁を越えてきたの」
 確かに、その手の話は僕もいろいろと見たり読んだりしたことはあるが、そんなことが現実に起こるとは思えなかった。でも、今の状況を見ると、そんな話も本当かもしれないと思える。この部屋もこの少女もとても現代のものとは思えなかった。
「ここは、そんな想像しかしたことないようなことができるような世界だっていうの?」
 念の為にというかなんというか、それでも現実と想像が上手く合致してくれないので、そんな疑問を投げかけてしまう。
「そうだよ。試しにそのコーヒーカップの取っ手から空中で手を離してごらんなさいよ」
 僕は少女に言われるままにコーヒーカップから手を離す。
 コーヒーカップは来たときと同じように、その場でふわふわと浮いて、僕から一定の距離を保ってその場に留まる。
「すごい」
 目の前で起きる不思議な事象に思わず感嘆の声が漏れる。一体、このコーヒーカップにどんな仕掛けがしてあるのかは分からないけど、僕の知らない未来の科学技術が使われているということだろうか。
「でも、これを置くって表現するのはなんだかな」
 コトッと机とかと接触する音を聞かずに、置くという行為が成立してしまうのにはなんだか違和感がある。
「まあ、その内慣れるんじゃない。私達にとってはそれが普通だしね」
「それで、どうして僕はここにいるの?」
 でも、一体なにがどうして、どういう因果の巡り合わせで未来の世界に来てしまったのかは分からない。その原因の発端がこの目の前の少女にあるのは間違いないというのは、この未来に来て分かった数少ない事象の一つだ。
「あなたが、物語を作りたいか? という私の質問に即答してくれたから」
「それだけ?」
 あまりにあっさりとした答えに僕は拍子抜けする。
「そう。それだけ。でも、それが一番重要だったの」
「この世界ではいろんなことができる総合力よりも、一つのことに秀でていることが求められます。だから一人に一つ、何か特殊な力が付与されるのです。稀に二つ以上の特殊能力を有することもあるそうですが……。私もそういう人に出会ったことはないので本当かどうかは分かりません。あくまで噂の域ですね」
「特殊な力……」
「はい。あなたの特殊能力は物語を作る能力です。あなたにはこの物語の無い世界に物語を作ってほしいの」
 青い澄んだ真剣な眼差しが、僕を突き刺す。一体、この世界で何が待っているというのだろうか。
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