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異世界×サバイバー 作者:佐藤清十郎

第3章 氷壁の封印と生贄の姫巫女

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第182話 深海の悪魔

 隠密と隠蔽を付与し脱衣所の入口から外の様子を伺う。

 周囲に人の気配はない。しかし違和感はある。

 バキバキと激しく何かが砕ける破砕音。それに合わせたように船体が軋む様な音を立てて大きく揺れた。

「……何だ?」

 音の発生源、解体室のほうから濃度の高い黒煙が勢いよく流れてくる。

 遠くで人の叫び声がする。火事か何かか?

 煙はまるで瘴気のように探知スキルを拒んでくる。煙の先が上手く探れないのだ。であれば、これはただの煙ではないということだ。

 再び破砕音が聞こえ、廊下に振動が伝わった。何かが起こっていることは明白だった。

 黒煙のなかに人影が見えた。誰かいる。

 静かに様子を伺っていると、何かから逃げるように体を引きずって進む女が姿を現した。

 足を引きずる様にして行くその女は、俺の目の前で前のめりに倒れた。

 少しの間、様子を伺う。再び動き出すような気配はない。手を触れ揺すってみる。反応はない。

「……おいっ、大丈夫か」

 倒れた女の耳元で声を掛ける。何度か体を揺すり反応を待った。隠密状態にあっても人と接触すれば、その効果は解除される。すでに効力は解除されているはずだ。

「……誰?」

「あー、誰でもいい。それより何があった?」

 思わず声を掛けてしまったのだが、その後のことは深く考えていなかった。

 そうだな、どうせなら、鞄があれば魔法薬もあったのだが。

 虚ろな表情で声を上げる女に、俺は強めの声を被せて状況を確認する。

 すでに俺が牢を脱出したことは伝わっているかもしれないが、勢いでこの場を凌ごうという判断だった。むしろそれしかなかった。

「魔物だよ。解体室で、まだ息のあったクラーケンが目を覚ました……部屋に残ってた餌を食らって、力を取り戻しつつある……ここも危ない――」

 女は深く息を吐いて意識を失った。体を強く打ちつけたのか大きな痣がある。魔眼で確認したところ瀕死ではないようなので、とりあえずは大丈夫だろう。後で治療すれば死ぬことは無いはずだ。

 廊下に置いておくのもどうかと思ったので、脱衣所に連れて行きブラックの隣に寝かせておこう。

「クラーケンかぁ、たぶん処置が甘かったのねぇ」

 女を寝かせると気絶していた筈のブラックが目を覚ました。

「驚いたな。もう回復したのか」

 魔眼で状態を確認したので間違いなく気絶と麻痺状態にはなっていたはずだが、それにしては回復が早すぎる。何かの装備品の効果だろうか。

 状態:麻痺 

 麻痺は回復しきってないようだな。喋れる程度に回復したってことか。それでも十分凄い効果だと思うけど。彼女は首だけをぐるりと捻じって、こちらへと視線を向けた。動きが怖い。

「アタシの背中にね、そーゆー刻印が施してあるのよ。魔術抵抗力を上昇させるのとぉ、自然治癒力を上昇させるのね」

 確認してみたところ背中に刺青のようなものがあった。記号や文字を組み合わせたもので、特殊な魔法陣のようにも見える。

「心配しなくても、もう君は襲わないよう。さっきのも手加減してくれてたんでしょ?」

「……あんたも殺すつもりは無かったんだろ」

「そりゃ、そうだよ。殺しちゃダメって言われてたもん。あと、アタシはあんたじゃなくてブラックだよ」

 ブラックは脱衣所で仰向けに寝そべったまま答えた。会話することはできるようだが、いまだ体は麻痺が続いているようだ。

「ところでクラーケンって何だ?」

「んー、クラーケンってのはねぇ――」

 妖魔というのは人間のように集団で生活し、ある程度の社会性と知性を持ち、種によっては文化のようなものまで持つ魔物の1種である。

 本能のままに行動する魔獣よりも、悪知恵が回るぶん厄介とされる場合が多い。

 そして海には数種類の妖魔の存在が確認されている。

 その中でも異質とされているのがクラーケンという妖魔だ。体長3mほどの異形の人型。鋭い牙が無数に生えた異形の頭部、肩口からは伸縮自在の触碗がそれぞれ4本づつ、胴体はカニの甲殻のような生来の鎧が備わり、巨木のような2本脚が地面を支える。

 異形と言うべきその姿で通常は深海に身を潜め、何か目的がある時にだけ水面まで浮上し、その目的を達成するべく活動を開始するのだ。

 妖魔でありながら群れを作らず、小型の魔物単体としての戦力では海の魔物の中でも最強クラスと称される。

「目的ってのは謎なんだよねぇ。餌を求めての行動とは思えない、破壊行動だけをして帰る場合も多くて、何を食べるかもよくわかってない……ほとんど情報不足で何もわかってないんだけどぉ、嵐と共に現れて港を襲ったり、船を沈めたりするんだって」

 船を沈めるのか。それはマズイな。

 今も遠く離れた所から人の声と何かが壊れるような音が聞こえてくる。

「クラーケンは2つの心臓を持っていて固い甲殻で守ってるんだけど、再生力が強くて同時に心臓を潰さないとすぐに再生しちゃうんだよねぇ。触手も切り落としたとしても一瞬で再生しちゃうから厄介なんだよ」

「弱点はないのか?」

「んー、弱点ねぇ――」



 なるほどな。それなら俺でも何とかなりそうだ。

「それじゃ俺の荷物の場所を教えて貰おうかな」

「取り上げた装備の場所?ふふふ、それをアタシが素直に教えると思うのん?」

 そういって彼女はにへらと笑った。まだ満足に体も動かせないくせに随分と余裕がある。俺が手心を加えているのを計算に入れているのか。

 あまり時間もないことだし、いまさら面倒な問答をするつもりはない。

「……そうだな。別に教えて貰う必要はないか」

 ブラックの腹部に手を触れて、同調スキルを発動させる。

「うぁ!?」

 ブラックがその感触に小さく呻き声を上げた。

「このスキルは相手の内部に侵入する能力がある。これは相手の記憶から感情あらゆるものを覗き込み、洗いざらい白日の下に暴き出すというものだ。どこまで耐えられるか試してみるか?」

 俺はブラックの耳元で悪意を込めて囁いた。

「え?」

 同調スキルを乱暴に操り彼女の感覚を逆なでした。もちろん同調スキルに記憶を探る能力はないので全てはハッタリである。

 とはいえシアンの話では、このスキルには感覚として体を弄られるような感触を覚えるというので、相手にしてみれば真実味のある話に聞こえるだろう。

「なに、これ……この感覚は……?うそっ……ふあああぁぁぁぁぁ――」

 全力でスキルを行使すると、ブラックが白目を剥き股を擦り合わせて悶絶し始めた。

「あああああああぁぁぁっぁあああ」

 いろんな体液をまき散らし、身を捩ってもがく彼女に焦ってスキルを中断させた。

「今のうちに大人しく言うことを聞いた方が身のためだぞ?」

 俺は可能な限りの低音でブラックに囁いた。

「あ、はいぃぃ」

 少々やり過ぎたかと反省するところではあったが、同調スキルの効果なのかハッタリが効いたのか、彼女も素直に装備のありかを教えてくれたので良しとしておこう。


 
 精神を集中させ広範囲探知で魔物の動くを捕捉する。靄が掛かったように探知で探り切れない場所、ここが黒煙が発生している場所だろう。その中心にクラーケンがいるはずだ。隠密、隠蔽を付与して廊下を移動する。その場所に近づくと黒煙がより深く濃密になり視界を遮った。

「被害状況を報告しろッ」

「クラーケンが下の階層へ移動中、扉を突き破って食糧貯蔵庫を襲っています」

「7名の軽傷者、1名の重傷者を確認」

「第一戦闘艦隊に応援を要請しろ。クラーケンが完全に力を取り戻しては我々では手に負えないぞ」

 何人かの女兵士らしき獣人たちが慌ただしく動いている。

 廊下は深い黒煙で包まれているので彼女たちの視界もままならない様子だ。

 俺は魔眼のお陰なのか、行動に支障がない程度の視界は確保されていた。解体室の扉は大きく破壊され近くには無残に破壊された扉の残骸が残されている。周囲には血や肉片が飛び散るような凄惨な状況が確認できた。更に黒煙の中を進むと廊下に突如として大きな穴が開いているのを発見した。

 下の方から大きな魔力の動きを感じる。

 装備を回収する前に船を沈められては困るので、クラーケンの処理を行うことにした。

 それに強力な魔物であれば魔石に込められたスキルにも期待が持てる。いや、強い魔物に強いスキルが宿っているというものでもないのだが、クラーケンはそう数の多くはない魔物のようなので希少なスキルを保有している可能性もあるということだ。


 軽業にポイントを振り分け大穴から下へと移動する。

 すると、まさに目の前で食事中のクラーケンを発見した。

 クラーケン 妖魔Lv42

 その両肩からは、それぞれ2本の触碗が伸び、空中でゆらゆらと蠢いている。

 体力を取り戻していないのだろう、聞いていたものより触碗が少ない。大きな体を震わせて一心不乱に何かに齧りついている。

 近づくと食事を中断し一瞬だけ、こちらの方へと向き直った。警戒しているようだ。ゆらゆらと動いていた触碗の動きが空中でピタリと止まる。

 だがすぐに意識を食事へと戻し、再び貪る様に肉塊へと食らいついた。あたりには黒煙と血の匂いが充満していた。

 S級の隠密と隠蔽は施してあるが、それでも何かを感じる所があったのだろうか。かなり感覚が鋭いのかもしれない。

 しばらく観察していると俺の存在を感じ取ったという訳ではなく、定期的に周囲を警戒している動きだということがわかった。単純に用心深い魔物なのだろう。

 黒煙は姿を隠し魔力探知の感覚を鈍らせる働きがあるようだ。

 それならばと隠密状態を維持しつつ、俺はスキルポイントを雷魔術に振りなおした。

 相手は心臓を潰しても再生するような生命力の強い魔物。遠慮をしていては倒しきれず反撃される可能性もある。そうなると俺1人では危険。ならば一撃必殺が絶対条件だろう。

 右手に魔力を集中させる。膨大な魔力が一ヶ所に集中するので、感覚の鋭い魔物なら間違いなく気付かれるレベル。だが隠密S級なら魔力の流出を抑えることができ、その存在を隠し通すことができるようだ。

 放たれる閃光。凄まじい轟音と巨大な光の帯がクラーケンを飲み込んだ。発射の瞬間、クラーケンはその魔力の存在に気が付いたようだが、高速で撃ち出される稲妻を気付いてから回避する術はクラーケンには無かったようだ。

 雷撃の余波が廊下の壁もろとも破壊の限りを尽くし、クラーケンを飲み込んだ更に背後の部屋をも壊滅させた。

「もう少し威力を抑えた方が良かったかもしれない……」

 クラーケンより俺の雷撃で船が沈むかもと少し心配になったが、魔物を止めるため仕方なかったのと思い直した。

 クラーケンの残骸は形容しがたい無残な状態に変貌していた。雷魔術が唯一の弱点あるそうなので、おそらく再び回復し蘇るということはもうないだろう。

 これで蘇ったら生命力が高いというより死霊アンデッドの領域である。まぁ、そうなったら次は火球で焼き尽くしてみるか。

 硬度が高く、魔力によって保護されている体内の魔石だけは無事のようだった。

 魔石 素材 B級

 回収した魔石から氷耐性を修得した。

 黒煙が手に入るかと思ったが……いや、耐性は強力だから、これはこれでいいんだけど。

 視線を動かすとクラーケンが食らいついていた肉塊が目に付いた。まだ僅かに原型を留めていたので、もしかしたら大切な食料を守ったのかもしれない。

 かなり損傷が激しいが、どうやらそれは人魚マーメイドのようだった。

 どことなく見覚えのある顔立ちだが、人魚に知り合いはいないので気のせいだろう。

 魔眼が人魚の胸のあたりから魔力を含んだオーラが立ち上がっているのを確認した。

 抉り取られた生々しい傷跡に手を入れ、残された魔石を回収した。

 魔石 素材 D級

 人魚の魔石からは水魔術 遊泳を修得した。

 立て続けにスキルを入手できるとは幸運だった。あとは装備を回収して脱出するだけだな。ブラックから装備を保管してある倉庫の場所は教えてもらったので問題はないな。

 隠密と隠蔽を付与しつつ倉庫を目指して移動する。

「なんだ今の爆発は!?」

「わかりません、クラーケンの死骸が廊下で発見されたのですが、周囲の被害が大きすぎて状況が確認できていないようです」

 この船ってこんなに人がいたのかって言うほど船員たちが慌ただしく動き回っている。

 隠密と隠蔽があるので見つかることはないが、誰かに接触すれば解除されてしまうので狭い廊下を船員たちと擦れ違うのはさすがに胆が冷える。

 船員たちはみな若い女性のようで、たいして俺は全裸のまま行動しているので今見つかるのは絶対に避けたい自体であった。

「先ほどの爆発で魔導炉の一部が破損したようです」

「これでは移動のための出力が……修理にどれくらいかかる?」

「物を取り寄せてからと考えると、一か月はかかるかと」

 混乱している様子の船員たちを掻い潜り倉庫へと辿り着いた。扉には鍵が掛かっているようだが、魔力は感じないので普通の南京錠のようなものだろう。

 周囲を見計らい雷撃で錠を破壊し倉庫内へと侵入した。

 倉庫内には価値があるのか無いのか不明な道具が所狭しと積まれていた。鎧や剣、槍などもあったがあまり質の良いものはなかった。

 その片隅に俺の荷物が無造作に積まれているのを発見した。

 魔眼で調べてみても間違いない。迷惑料に何か頂いていこうかとも思ったが、鞄は荷がいっぱい入っているし手荷物を増やすのも邪魔なので諦めた。

 そこまでする価値のある品はこの場にはなさそうだ。戦利品は俺の指に収まっている妨害の指輪だけでも十分だろう。

 この指輪には、それくらいの価値はありそうだ。

「クラーケンがまだ――」

「上の階層に――」

「第一戦闘――まだか――!?」

「避難を優先――」

 部屋の外から微かに船員の叫ぶ声が聞こえる。

 どうやらクラーケンは一匹では無かったようだ。

 
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