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猫=宇宙人

作者:栖坂月
コメディ系SFですが、タナカさんと違ってこちらは『ニヤリ系』です。
ハンッとかフッとかヘッとか、そんな感じですね。
大笑いを期待していたならごめんなさい。
まぁ、一応『空想科学祭』ですから!
芝原しばはらくん」
 声が響く。
 透き通る、濁りのない声だ。部長という肩書きと、気の強さの滲み出る態度と、加えて可愛げの欠片もない鋭い眼差しをもってしても、高三にして150センチしかない彼女に威厳はない。ショートボブというよりは『おかっぱ』という言葉の方がしっくりくる。
「ねぇ、芝原くんってば」
 芝原という生徒は、この教室に僕しかいない。というか、彼女以外の人間は、この教室に僕しかいない。二人きり、と言えば聞こえは良いが、それはいつものこと過ぎて新鮮な高揚感などとは無縁だった。
「何ですか? 部長」
 文芸部から資料と称して借りているSF作家の短編集を閉じ、僕は返事をする。こうなった以上、読み続けることは不可能だ。
「私、凄いことを発見しちゃった」
「凄いこと?」
 この部屋が新聞部の部室だと言うことに、ようやく気付いたのだろうか。それとも、実質的に活動しているのが二人しかいないことに、申し訳程度の危機感を募らせたのだろうか。いずれにしても、大した発見ではあるまい。この新聞部は、今年に入ってからずっとこんな感じだ。新入部員も入っていないから、厳密には去年から大きく変わっていない。もっとも、写真が必要な時は写真部に、コラムや連載小説の執筆は文芸部に外注している校内新聞なんて、さほど人手が必要なものでもない。掛け持ちや人数合わせの幽霊部員を含めれば片手以上のメンバーが並ぶものの、少数精鋭が新聞部の伝統だ。かく言う僕だって、この部長と出会っていなければ、気ままな帰宅部ライフを満喫していたことだろう。
「猫は、宇宙人だったの」
 僕は『またか』と思わずにはいられない。
「はいはい、宇宙人宇宙人」
「ちょっ……ちゃんと聞いてよ!」
 立ち上がってむくれる。
「お茶、飲みますか?」
「……紅茶、砂糖二つ」
「はいはい」
 いつも通りの注文に安堵しながら、早速準備を始める。
 校内新聞が上がった直後の部長は、大抵がこんな感じだ。おそらく暇すぎて、余計なことを次から次へと妄想してしまうのだろう。それなら部活などに顔を出さず帰れば良いとも思うのだが、持ち前の生真面目さがそれを許さないらしい。かといって取材ともなれば、授業など抜け出して直帰するのが当たり前だったりするのだから、真面目が聞いて呆れるというものだが。
 いずれにしても、今の部長は落ち着く必要がある。それは間違いなかった。
「で……」
 長机にコーヒーと紅茶を並べて、僕は元の席へと戻る。
「何が宇宙人ですって?」
「猫よ猫、猫が宇宙人なの!」
「うん、立派に意味がわかりません」
 一言でバッサリ切り捨ててコーヒーを啜る。今日も変わらず苦い。だがいつもなら苦味の奥に感じる筈の旨味が、その日はほとんど感じられなかった。おかしな話を聞かされて、味覚が異常をきたしているのかもしれない。
「しょーがないなー、芝原くんは。よし、お姉さんが説明してあげよう」
「じゃあ僕は帰りますんで」
「お願い待って説明させてくださいお願いしますっ」
 冗談で腰を上げたら本当に泣きそうだったので、仕方なく座り直す。もちろん帰る気なんてない。せっかく淹れたコーヒーだ。最低でも飲み終わるまでは居るつもりだった。
 もっとも、真面目に話を聞くつもりもなかったけど。
 大体、猫が宇宙人だなんて荒唐無稽にも程があろうというものだ。
「それで、どんな与太話を聞かせていただけるんですか?」
「与太話とは失礼ね。私の話はいつだって高度な考察と推論の塊でしょうに」
「帰りますよ?」
「すいません与太話です絶対に面白いんで聞いてくださいっ」
「まぁ、そこまで言うなら聞くだけ聞いてみます」
 正直このまま帰ったところで暇を持て余すだけだ。
「そもそも、何だってそんな奇想天外な発想が生まれたんですか?」
「んー、好きだから、かな?」
「僕も猫好きを自認してますが、そんな発想には至ったことありませんよ」
「それは多分、気付いていないだけだと思う」
「気付いていない? 部長は、何から気付いたんですか?」
「ズバリ、集会ね」
「集会ってあの、夜中に公園とかで集まっているっていう、猫の集会ですか?」
「そう、その集会」
 したり顔で、部長は大きく頷いた。
 もっとも、僕にはどうしてそんなに得意げなのか、未だに全くわからない。いや、正直言うとあまりわかりたくなかった。
「そもそもおかしいと思わない? 猫ってのは単独行動が基本でしょ。ちゃんとした縄張りも持ってるし、そこに部外者が入ってきたら攻撃する。餌場と身の安全を守る本能からすれば、それは当然のことじゃないの。それなのに、集会場にはたくさんの猫が集まって、ただ何もせずにくつろいでいたりするのよ。イジメどころか喧嘩の一つも起こらないなんて、不自然極まりないと思わない?」
「思いませんね」
 僕はサラリと受け流す。
「猫の集会が何故開かれるのかという疑問には幾つかの説がありますが、基本的には顔見せと情報交換、つまり社会生活を営むための工夫であろうと考えられています。元々は単独の生活をして縄張りを有していた生き物ですから、その習慣がすぐに抜ける筈もありません。だからこそ、一見不自然な形に納まっているように見えるだけだと思いますね。それに、家猫は二種類の縄張りを持っていることが知られています。明確で強固なプライベート空間である一つ目と、狩り場となる緩い公共スペースである二つ目、集会場はこの二つ目が重なった場所に作られた、いわば公共の溜まり場のような場所ではないかと言われているんです。餌に不足しているのならともかく、そうでないなら争う理由もないでしょう」
 部長は口を尖らせたまま黙っている。面白くはないが間違ってもいない、そんなところだろう。
「それに、社会的な生活を維持するために情報は不可欠です。自分がこっちの縄張りにいると主張するだけで無用な争いが避けられるのなら、その方が猫にとっても楽でしょうからね。快を求めるのは生物の基本、そうじゃありませんか?」
「そうね。でも――」
 ニヤリと、文字通り小悪魔のように彼女は笑う。
「芝原くんは知ってる? 猫の表情筋」
「えぇ、人間はもちろん、犬と比べても少ないので、表情が乏しいとよく言われますね。まぁ、飼っていると何となくわかるようにはなりますが」
「そう、そこよ!」
「どこですか?」
 話の意図が見えず、彼女の思惑に乗せられていると感じつつも聞いてしまう。いつ間にやらペースを握られているようだ。
「猫は表情が乏しい、これは事実よ。でも一方で、実際に飼っていると色々な表情があるように感じられるようになる。そこに、社会性を得ながら表情が乏しいままにコミュニケーションを続けているという不自然な状況を重ね合わせてみると、行き着く答えはただ一つ!」
「それはすなわち?」
「テレパシーよっ!」
 外宇宙からの知的生命体では飽き足らず、超能力まで引っ張り出してきたか。
「あの子達は、毎夜毎夜集まって星空に向けてベントラー的な思念を送り続けているのよ。きっとその頭上には母船が待機していて、こっそり地球の情報を収集しているに違いないんだから」
「ありません」
「芝原くんも考えごらんなさいよ。進化っていうのは、必要があったればこそ発達していくものでしょ。人間の脳然り、イルカのヒレ然り、象の鼻然り、でも猫の表情筋は発達しなかった。それは何故か!」
むれを作る動物ではなかったからです。人間や犬がそれを発達させたのは、群を作り社会を作り、他者とのコミュニケーションを必要としたからです。猫はそれを必要としなかった。だから、表情筋も発達しなかっただけの話です」
「つまんない理屈ね」
「現実とは、えてしてつまらないものです」
「テレパシーの方が断然面白いのに」
「面白いからという理由で事実を捏造しないでください。仮にも新聞部の部長がそれでは、校内新聞の威信にも関わってきます」
「目指せ東スポ!」
「目指すなっ!」
 僕と部長は睨み合う。
 いつもなら双方譲らず再試合ということも珍しくはないが、今日は珍しく部長が折れる。
「やっぱ無理か、猫=宇宙人説」
「当たり前です」
「猫の飼い主なんて、みんな猫に洗脳されてるんにゃー、とか」
「あり得ません」
「可愛いのに、猫」
「知ってます。飼ってますから」
「なら、どうしてネコネコクラブに入ってくれないの!?」
 やはりという言葉を眉間に乗せ、拳で机を叩く部長を冷たく見やる。想像していた通りの展開だ。
 彼女は二人きりになって暇になると、決まって『ネコネコクラブ』への勧誘をしてくる。まさか宇宙人と絡めてくるとは予想外だったけど、その目的がハッキリしている分だけわかりやすい。もしこれが、何の脈絡もないところから発生した話であったなら、あるいはもう少し真剣に考察していたかもしれない。
 いや、やっぱりあり得ないか。
「猫のことなんて、深く考えることじゃありませんから」
 ネコネコクラブの目的は、猫を愛好する者達を集って猫を愛でるのはもちろんだが、猫に対する研究や考察も行っているらしい。彼女が色々と知っているのは、単なる猫好きだからでは決してなかった。
「その割には、芝原くんって猫のこと詳しいよね?」
「僕は自然科学が好きなだけです。猫のこと『だけ』特別に詳しい訳じゃありません」
「ふーん……ま、いっか」
 勧誘に失敗したにしては明るい素振りで、部長は鞄を手に立ち上がる。その際、ネコネコクラブの会員証でもある黒猫のキーホルダーが大きく跳ね、小さな鈴が驚いたように悲鳴を上げた。
「帰るんですか?」
「勧誘に失敗したからね。泣きながら帰る」
「そうですか。お疲れ様でした」
「放置かっ!」
「もし一緒に帰ったりしたら、ネコネコクラブの会場に連れて行かれるでしょうからね」
「鋭いな、おぬし」
「何度同じやり取りを繰り返したと思ってるんですか」
「三回くらい?」
「その五倍はやってます。そんなことより、そろそろ出ないと遅刻するんじゃないですか?」
「おっと、そうね」
 椅子を蹴り飛ばし、慌てた素振りで戸を開く。しかし、そのまま出て行くかと思いきや、こちらを振り返って不敵な笑みを浮かべた。
「芝原くん、私はまだ諦めてないからね」
「諦めてください」
 キッパリ断って、僕達は別れる。
 静寂が、夕陽と共に部室を満たしつつあった。これから体育祭や文化祭と、イベントが目白押しだ。大して注目されていない校内新聞ではあるが、それでも盛り上がるイベント絡みの記事は、書く方にも力が入る。だからこそ今くらいは、のんびりと時を過ごすことに執着したくもなるのだろう。
 それにしても突飛な発想だ。いや、ある意味において説得力があったようにも感じられ……。
 ないな。あり得ない。
 そもそも、何でも猫に結び付けようだなんて、猫に洗脳でもされているんじゃないのか?
 いや、待てよ。むしろ洗脳されていたら、そんなことは考えないように思う。むしろ不自然にそういう考えを避けて、常識論にしがみ付くような気が……。
 おかしい。あり得ない。
 そうだ、僕もそろそろ帰らないと。ミケが集会に行く時間じゃないか。戸を開けて送り出してやらないと、機嫌を損ねるからな、アイツは。戸を開けるのは僕の役目だ。ずっと前からそう決まっている。

 そういえばミケ、最近よく笑うようになったなぁ。
私の実家でも猫を飼ってました。
たまに遊んでやってた記憶があります。
でも猫の『遊んでー』というサインは、遊んでやるから付き合え的な雰囲気がありました。
いや、遊ぶのお前だからね。俺が遊ぶんじゃないんだからね。仕方なく付き合ってるだけなんだからね。
今思えば、あれはツンデレでした。
空想科学祭2009
空想科学祭2009参加作品

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