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プロローグ
プロローグ・6「藤の花」


「皆、捜していた?」
 そう声を掛けられ、神藤はハッと我に返った。
 風に笑いかける紗月姫の表情を見て、正直少々見惚れていたのだ。
 儚げで優しい、天使のような微笑。
 魅了されない男など、きっとこの世にはいない。

 しかしそれを、神藤は決して顔には出さない。
 それどころか少々眉をしかめて、怒った表情を作った。
「『主人』の姿が見えなくなったのに、慌てないお付が居ると思いますか?」
 まるで子供を叱るように、紗月姫の前に片膝を付いたまま彼女の澄んだ目を見詰める。「めっ」とでも言いそうな神藤を目の前に、紗月姫は叱られた子供のようにキュッと肩を竦めた。

「本当に。私が居なくなるといつもこれだ。お尻のひとつも叩いて差し上げましょうか?」
「やっ・・・やぁよっ、やめてよ、もぅっ」

 いつもの紗月姫しか知らない者ならば、きっと彼女の変わりようには目を丸くするだろう。
 紗月姫は赤くなり慌てた様子で、座ったまま少々後ろへ引く。
「いくつになったと思っているの?もうすぐ十八歳になるのよ。二~三歳の子供じゃないのですからねっ」
「いつもお付を困らせて我侭ばかりしているのは、二~三歳の子供と同じです。・・・たまにお仕置きをしなければ分かりませんか?」
 神藤が紗月姫の両手首を掴むと、もしかして本気で叩く気?と疑った紗月姫は、明らかに慌てた。
「まっ、まってっっ。神藤っ」
 神藤とて、あまり紗月姫を慌てさせたい訳ではない。
 両手首を掴み、捕獲状態のまま、彼は紗月姫に言い訳の余地を与えた。
「この歳でお尻を叩かれるのは嫌よ・・・。別の意味で恥ずかしいでしょう?」
 確かに。お尻を叩く、というのは、言い方を変えれば、男性にお尻を触られる。という事だ。
 いくら自分を育てたと言っても過言ではない神藤でも、それは恥ずかしい・・・。
 いや、神藤だから恥ずかしい・・・と言ってもいいだろうか。
 
 ちょっと恥ずかしそうな紗月姫の様子に、神藤まで照れくさくなりそうになるが、やはり彼はそれを表には出さず、優しく笑って紗月姫から手を離した。
「ならば、あまりお付を困らせないで下さい。お嬢様も、今仰ったでしょう。・・・もう、十八歳になられるのですから」
「ええ・・・」
 紗月姫は、優しくなった神藤に嬉しそうな顔を向けると、自分の頭上にある藤に目を移した。

 藤を見詰めてクスッと笑った紗月姫を見て、神藤もその視線を追い藤を見上げる。
「藤は、何か言っていますか?」
 紗月姫はクスクス笑い、楽しそうに藤を見上げたまま、ゆっくりと目の前にいる神藤の胸の中へしな垂れかかった。
「・・・『あなたの藤は、厳しいですね』って・・・」
「人を困らせるからですよ」
 紗月姫は両手で神藤のブレザーを掴み、その胸に頬を擦り付ける。

「私の・・・藤・・・」
 幸せそうな声。この声もまた、紗月姫は神藤にしか聞かせない。

「お前は・・・私のもの・・・」
 神藤の両手が、紗月姫の絹糸のような髪を優しく撫でる。
 静かに。愛しさを込めて。

「何処へも行っては駄目よ・・・神藤。私の元から、離れては駄目・・・。他のお付を困らせるのは、私の傍からお前が離れるから悪いのよ。・・・解かった?」

「はい。お嬢様」
 辻川の当主、つまりは紗月姫の父親に言い渡された仕事の為に彼女の傍を離れたのだ。
 正当な理由だ。本来ならば、責めを受ける事ではない。
 しかし神藤は、そんな言い訳はしない。

「私は、あなたの傍にいます。この身も命も、あなたのものですから」


 藤の花が、二人を見詰める。
 花びらが、二人の上へ舞い落ちる。

 揺ぎ無い、主従関係で結ばれた二人。

 それ以上の気持ちが、二人の間にあろうとも。
 それを、現実の物にしてはいけない。


 ───それが、二人の運命。


 それを知るのは、藤の花のみ・・・・・。




こんにちは。玉紀 直です。
 惹かれ合っていても、決して心が結ばれてはいけない二人。
 主従関係でしか、二人はいることが出来ません。
 それ以上になるには、あまりにも「壁」が大きすぎるのです。

 次回はプロローグ・ラスト。
 そんな二人の出会いを、ごらん頂きます。

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