「お嬢様?」
〝その気配〟を神藤は確かに感じ取った。
重苦しい空気が圧し掛かってくるような感触。
それは紗月姫が〝負〟の波動を放った時に感じるものだ。
神藤は静かな空間で耳を澄まし、ゆっくりと辺りを見回す。
図書館から出て、メイン校舎へと続く渡り廊下の途中でそれを感じた。
医務室にも図書館にも紗月姫は居なかった。あと思い付くのは生徒会室しかない。
しかしあの場所は、先日思い出したくは無いであろう事故を起こした場所。一人で行く事は無いだろうと思い、順番を後回しにしたのだ。
お嬢様が能力を使った?
こんな時に、何故?
答えを考えている余裕などないのだ。
神藤は周囲に誰も居ないのをいい事に、生徒会室へ向かって走り出した!
圧し掛かる空間。
その圧迫感に耐え切れず、ありすが床に倒れる!
そしてそのありすに向かって、紗月姫が破壊し凶器に変わったホワイトボードの残骸が飛び掛ったのだ!
彼女を切り刻む為に。
神藤の事を思う心を、二度と見せられない様にする為に。
神藤の名を呼ぶ口を、二度と開けなくする為に。
・ ・・「好き」 という言葉を、二度とその口から出させない為に。
瞬間的に襲った悲しみ、自分への哀れみ、そして強力な嫉妬の心。
それらに負けた紗月姫の心は、ありすを〝破壊〟しようと能力の暴走を起こした!
しかし、彼女はすぐにハッと気付いたのだ。
ありすに能力を使う事は間違っていると!
だが、もう遅い。
紗月姫が能力を制止させようと意識し出した時、すでにありすは能力の暴走の餌食となる手前だったのだから!
「紗月姫ぃっ!!」
その怒鳴り声は、紗月姫の意識をいつもの「辻川紗月姫」 に戻した!
窓が大きな音を立てて開き、尊実が飛び込んで来たかと思うと、彼は暴走した能力の餌食になりかかっているありすに目を向けたのだ!
「ぁ・・・っ!」
紗月姫も思わず身を竦めるような、鋭い空気が走る!
そして・・・。
パァ・・ン・・・!!!
空気が弾け、渦を巻くように波動が消える!
ありすを襲う一歩手前だった残骸の凶器達は、一瞬にして砂のように粉砕された!!
サアアアアアアアア・・・・・。
砂が流れるような音と共に、重苦しかった空間が元の姿に戻ってゆく。
開け放たれた窓から入ってきた風が、この空間を浄化しようとするかのように、部屋の中で渦を巻いた。
部屋の中に、何も無かったような静かな空間が戻った・・・。
床に倒れたありす。
青ざめる紗月姫。
紗月姫を睨みつける尊実。
その三人を除けば、何の異常も無い普通の光景。
「子供みたいな事してんじゃねぇよ! テメェの感情の制御も出来ないのか、お前は! 良くも今まで死ななかったもんだ!」
尊実は怒鳴りながら、乱暴に紗月姫の腕を掴んだ!
「俺が居なかったらどうなってたと思ってんだ! お前、確実にありすをぶっ殺してたぞ! またこの部屋で人を殺すのか?!」
青ざめていた紗月姫が、びくっと震える。〝人を殺す〟という言葉に、激しく反応したのだ。
そんな青ざめる紗月姫を見て、尊実は舌を鳴らす。
「・・・甘やかされすぎだ・・・お前」
今の紗月姫の暴走を止めたのは、間違いなく尊実だ。
彼が居なければ、先日の二の舞とも思える光景がこの部屋に広がっただろう。
「私・・・」
紗月姫は泣きそうな目をして尊実から視線を逸らし、倒れたありすを見る。
高等部に上がった時から、試験入学のありすとは一緒だった。
生徒会の役員でもある事から、特に親しい、と言っても良い。
柔らかく人懐こい雰囲気で、気遣いが出来る、とても優しいありす。
身分的な物や雰囲気的に、あまり親しくして来る者が居ない紗月姫にも、何の気兼ねも無く普通に接してくる。「紗月姫様」 と明るい笑顔で。
そんな彼女を、自分は今殺そうとしたのだ。
自分の〝嫉妬〟の感情を使って。
素直なありす。
正直に神藤を「好き」 と言える。
けれど自分にその言葉は許されていない・・・。
紗月姫はそれが辛かった。
苦しくて。悲しくて。哀れで・・・。
「ごめん・・・なさ、い・・」
尊実に腕を掴まれたまま、紗月姫はありすに詫びた。頬を伝い流れた涙は、恐らく自分が起こしてしまった愚かな行いに対して流した涙なのだろう。
そんな中、生徒会室のドアがいきなり大きく開いた!
開いた原因を確認するより早く、紗月姫は尊実の手から引き離され、違う腕の中へ入れられたのだ!
「お嬢様に、気安く触らないで頂きましょうか」
紗月姫を片方の腕で抱き、負けないくらいの鋭い瞳で尊実を睨み付けたのは、神藤だった。
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