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プロローグ
プロローグ・5「お世話役」


「遅かったのね。神藤」
 ついさっき嬉しそうな顔を見せていたというのに、すぐに紗月姫の表情は拗ねたような物に変わった。
 可愛らしい唇をちょっとつぼめて小首を傾げながら、神藤を見る。
「申し訳ございません」
 神藤はクスッと笑って、藤棚の下に座る紗月姫の前へ歩み寄り、片膝をついて身を屈めた。

「お前が私に『帰ってくる』と言っていた時間より、一分二十秒、門を入るのが遅かったわ。これは、約束違反よ」
「はい。承知しております」
 門を入った時間まで、しっかりと「見られて」いる。隠し事を持てない我が身を、何故か神藤は嬉しく思えてしまうのだ。
 責める紗月姫の右手を静かに取り、壊れ物でも扱うように優しく口元に運ぶと、神藤は紗月姫の手の甲に唇を付けた。
「どんな責めでも、お受けいたします・・・」

 ゾクッとした物が、紗月姫の体を走る。
 手の甲から伝わる、彼の唇の感触。
 囁く声と吐息が、手から空気の波動となって紗月姫の体を駆け巡る。
 痺れにも似た波動は体中を包み、彼女の体の奥を熱くした。
 自然に体温が上がり、頬が染まる。自分の体におかしな現象が起こりそうになるのを、彼女は必死で抑えた。

 いつからだろう・・・。
 神藤に触れられると、体の奥が熱くなる感覚を覚えるようになったのは。


 神藤は紗月姫のお世話役。
 紗月姫が産まれた生後一ヶ月目から、彼女のお世話役として傍に付いている。その時、彼はまだ十二歳だった。
 片時も離れず彼女の傍にいた彼は、忙しい両親より彼女の傍にいる事が多く、「紗月姫を育てた」と言っても過言ではない。
 赤ん坊の頃はオムツの世話もしたし、幼児期は着替えから入浴まで世話をした。おかしな話、初潮の時の世話をしたのも彼だ。
 その胸に抱いて眠る事もあれば、「疲れた」と言われ、お姫様抱っこで歩く事もある。
 これ以上はないほど、昔から紗月姫は彼に自分の生活のほとんどを許しているのだ。


 手の甲のキスもそのひとつ・・・。
 何気なく受け続けていた敬愛の表現が、最近、時々苦痛に感じる事がある。

「責めないわ。馬鹿ね」
 紗月姫は、おかしな感覚を覚える自分の体から逃げるように神藤から手を外すと、その手を彼の髪の毛の横で小さく振った。
 神藤の髪や体に絡み付いていた花びら達が、その手に引き寄せられるように一度浮遊し、ハラハラと地面に落ち始める。
「私の居場所を、誰に聞いたの?」
 その手はそのまま、神藤の柔らかいクセ毛に触れる。

 紗月姫の指先が、髪の毛を通して神藤を刺激する。
 彼女に触れられ高まりそうになる気持ちを抑えて、彼は平静を装い、にこりと笑った。
「風が、教えてくれました」
「風が?」
「はい。お嬢様は、温室にいらっしゃると」
「そう・・・」
 紗月姫はニコッと微笑むと、両手を軽く宙にかざす。

 サワッ・・・。

 温室の中に風は吹かない。
 時々、送風システムによって人工的な風が送られてくるくらいだ。

 しかし今、紗月姫が伸ばした手の先に、「風」が絡みついた。
 紗月姫はその風を胸へ引き寄せ、抱きしめて愛しむ。

「有難う・・・。神藤を連れてきてくれて・・・」

 「礼」を言い、風を離して、紗月姫は天使のように微笑んだ・・・。


 こんにちは。玉紀 直です。
 甘くしようとしたら、ちょっと精神的にエッチっぽくなってしまったような気が・・・。
 いえいえ、明日は甘いです。・・・の、はず。

 もちろんこのまま、温室で。

*連載開始当日、12月25日に拍手と一緒に頂いたコメントのお返事を、
 簡単ではありますが「活動報告」のほうでさせて頂いています。
 その間にコメントをくれた方々、覗いてみて下さいね。

 沢山の拍手をいつも有難うございます。
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