「恐らく、あそこだろう・・・」
神藤は呟き、足を進めながら左右に広がる木々を見上げ、立ち止まった。
サワッ・・・。
風がそよぐ。
木々が騒ぐ。
・ ・・囁くように。
彼に、何かを教えるように。
神藤は目を細め、風の声を聞く。
これは、彼にだけ与えられた「特権」。
紗月姫に許された彼を、風や木々が認めているからこそ、なんの能力もない彼にも感じられる「想い」。
「解かった。有難う」
神藤は満足げに笑って「礼」を言うと、そのままある場所へ急いだ。
「神藤・・・?」
花びらを受け止めていた手が、かすかにピクリと揺れる。
ペタンと座り込んだまま紗月姫は顔を上げ、通路の向こう側にある植え込みに目を移した。
紗月姫の頭上からは、薄紫の雨。
花びらの雨。
それは、藤の花。
大きく優雅な、藤棚の藤。
絡み付き、巻きつきながら、優美な姿をその場に据える。
見事なほどに咲き誇り、見る者の目を引き付けずにはいられない。
神秘性さえ感じさせる。芸術品。
辻川邸の裏庭には大きな温室がある。
どこまで続くのかと思わせるほど、大きなガラス張りの外壁。
一歩踏み込むと、さまざまな木々が立ち並び、植物や花が生い茂る。まるで小さな自然公園。
そのほぼ中央に、その藤棚はあった。
藤は四月から五月の花。
今は四月。ちょうど藤棚の花は満開だ。
しかし、正規の花の頃を過ぎても、辻川家の藤は咲き続ける。
少々花の量は減るが、一年中咲いていると言っても過言ではないのだ。
この見事な美しさを見た者は、それに魅了されずにいられない。
辻川の藤棚を見た者は、皆、口をそろえてこう言う。
「神様が咲かせる藤」と。
幼い頃から、紗月姫はこの場所が大好きだ。
花びらと遊び、藤と話をして、幾度となくここで楽しい時を過ごした。
「彼」と共に。
セキュリティの為に温室の各所にモニターカメラが仕掛けてあるが、大切な場所を覗かれたくはない。そんな気持ちで、この藤棚だけはモニターの死角にするように、紗月姫から指示が出されているくらいだ。
紗月姫の体が、風に乗った「彼」の気配を感じ取る。
両手を胸の前に広げると、彼女の周りに降り積もっていた花びらが、ザワッと音を立てて舞い上がり、彼女の両手の平の中へ積み上がる。
紗月姫は、その花びらの山の表面に、ふぅっと息を吹きかけた。
サアアアアアアアア・・・・・・。
まるで強風に押されるように、花びら達が、目の前に広がる植え込みの向こうへと吹き飛ぶ。
紗月姫の手を全て離れた花びら達は、植え込みの向こうで一気に舞い散った!
「お嬢様・・・」
植え込みの向こうから、声が聞こえた。
今花びらを飛ばした両手を膝に置いて、紗月姫は期待を込めた目で正面を見据える。
「悪戯が過ぎますよ」
優しい声で茂みを掻き分けて姿を現したのは、紗月姫が待っていた人。
神藤は体や髪に付いた花びらを掃う事もしないまま、ゆっくりと紗月姫に近付いてくる。
紗月姫にしか見せない、優しい笑顔で。
「神藤・・・」
彼にしか聞かせない、嬉しそうな声。
彼にしか見せない、子供のような笑顔。
紗月姫は本当の自分を、彼にしか見せない。
こんにちは。玉紀 直です。
温室。そして、この藤の花は、二人の約束であり思い出であり、全ての始まりの場所なのです。
次回は、そんな場所で過ごす、ちょっと甘めの二人を・・・。
この温室から、ご覧頂きます。
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