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第2章
第2章≪忘却の天使≫・11


「しん・・・どう・・」
 何処かうっとりとした紗月姫の囁き声が、その場に漂った。
 神藤の唇は紗月姫の瞼に触れ、閉じ合わさった上まつ毛と下まつ毛を濡らす涙を吸い取る。
「泣かないで下さい・・・。お嬢様・・・」
 聞こえないのではないかと心配になるくらいの小さな声は、まるで囁き声のよう。
 しかしその声は、微かに動くベッドのスプリング音や、頭や身体を少し動かすたびにシーツが立てる布ずれの音に紛れて、一際大きく聞こえた。

「私・・・あなたの大切な人を・・・」
 幼い頃は解らなかった。
 ただ「神藤を盗られたくない」 それだけの気持ちで爆発した能力。
 自分だけの思いで暴走した心。
 でも、今なら解る。
 自分が手に掛けてしまったのは、少年の神藤が家族のように慕い、師匠として生きていく道を教わっていた人なのだと。

 自分は、神藤の〝家族〟を、殺したのだ、と。


「いいえ。貴女が謝られる必要など無いのです」
 神藤は両手で紗月姫の頭を押さえ、指先でその髪を撫でた。
「元々、いつ何処で命を亡くそうと気にする者など持たない人間達です。いきなり居なくなっても、誰も気になど留めないような・・・」
「でも、私が・・・」
 忘れさせられていた過去を思い出し、悲しみに捉われている紗月姫には、自分のこの能力が神藤の生い立ちに関係した人間を殺めてしまったという考え方しか出来ない。
 神藤が大切に思っていた人間を手に掛けてしまった。そんな罪悪感しか持てないのだ。
「私が・・・神藤の大切な人を・・・」
 涙を吸い取られた事で少しだけ開く瞳は、まだ潤みを持っている。
 しかし、次に発せられた神藤の言葉は、紗月姫の瞳を更に大きく開かせた。


「私の大切な人は、お嬢様だけです」


 紗月姫が神藤を見詰める。
 目を見開いて。

「・・・お嬢様、だけです・・・」

 紗月姫はその言葉に心が溶けそうになった。
 その言葉が、たとえ従者としての物でも、彼女には例えようもない位に甘く身体に響き、染み込んでくるのだ。

「私も・・・」
 紗月姫は指に絡めた神藤の髪をキュッと握る。
 柔らかな髪。触れるだけで指先から優しさが流れ込んでくるよう。

「一番大切なのは、神藤よ・・・」

 ―――――――。

 言葉は出なかった。

 紗月姫も。

 神藤も。

 紗月姫の澄んだ瞳が、神藤のグレーがかった瞳と絡み合ったまま、お互いの中に溶け込んでゆく。

 見つめ合う二人。

 この時、二人の中に〝同じ想い〟が飛来する。

 決して口に出してはいけない想い。
 心の中で想う事も許されず。
 心の奥底に閉じ込め続ける想い。
 しかし・・・。

 二人の中でその〝想い〟は、止める術を知らずに溢れ出す・・・。

 誰が責められるのだろう。
 自然のまま、当然の流れを引いて行われた、二人の行為を。
 流れのまま。
 何の躊躇いもなく。

 二人の唇が、重なった事実を・・・・・。


 例えそれが許される事ではなくても。

 今だけ。

 今、この瞬間だけ。


 このままで・・・・・。




こんにちは。玉紀 直です。
 2日続けての更新となりましたが、今日、5月2日は設定上紗月姫ちゃんのお誕生日になります。
 「誕生日更新」 という事で、幸せそうな部分を、短いですが更新させて頂きました。

 辛い展開が多い二人。
 少しだけ、二人と一緒に幸せになって頂けたら嬉しいです。

 ではまた、次の更新日にお会いいたしましょう。


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