「お帰りなさいませ、お嬢様!」
良く通る章太郎の声が、玄関ホールに響き渡った。
それと同時に鳴り響いたのは、とても沢山の拍手だ。
いつもの出迎えよりもはるかに多い人数の使用人達が、玄関ホールを埋め尽くしていた。
お付きやメイド達はもちろん、シェフや警備員まで。そして最前列には総司と椿まで居るのだ。
それら全てが一斉に拍手をしたのだから、さながらその場はコンサートホールかのよう。
紗月姫はその様子を見て、クスッと笑う。
「大騒ぎね」
「本当ですね。どうしたのでしょうか」
彼女に同調したのは、車から紗月姫の手を取りここまでエスコートをしてきた神藤だ。
二人は今、病院から戻ってきたところ。
そう、今日は神藤の退院日だったのだ。
と、なれば、自ずといつもより盛大なこの出迎えの理由も見当が付きそうなものだが、当の神藤はまったく気付く気配がない。
紗月姫はちょっと意地悪な顔をして、神藤に取られていた手を外し、彼の掌をポンッと叩いた。
「あなたの出迎えに決まっているでしょうっ」
「私の……?」
神藤は耳を疑い片眉を寄せるが、次の瞬間、それを実感せずにはいられなくなった。
「お帰り! 神藤!!」
章太郎の声が出迎えの列の中に響けば、
「お帰りなさい! 神藤さん!!」
メイド達の中で、いち早く萌が叫ぶ。
そしてあちこちから、彼の帰りを喜ぶ声が飛び始めたのだ。皆が口々に「お帰り!」 と。
「お帰りなさい。神藤」
前に出ていた椿が神藤に声をかける。椿が何か話しかけているのを見て取ったギャラリーは、うるさくしてはいけないと、歓迎の声をひそめた。
「無事に戻って安心したぞ」
続いて総司が声をかけると、神藤は二人の前へ進み出て頭を下げた。
「ただ今戻りました。入院中は、旦那様や奥様に多大なご好意を頂き……」
「ああっ、もういいわっ。やめて頂戴っ」
まだ挨拶の途中だというのに、椿は笑いながら神藤の言葉を止める。
「せっかく退院して、また以前通りに幸せそうな娘を見られるというのに。それにっ、〝息子〟にそんな堅苦しい挨拶はされたくは無いわ。……ねぇ? あなた」
椿が総司に振ると、総司も苦笑する。
「会社の仕事が溜まっているぞ。しばらくは紗月姫と一緒に居る時間を削って業務に励んでもらうからな。そのつもりでいろ」
しばらく神藤は仕事で忙しいのだぞ、と言わんばかりに、少々意地の悪い視線を紗月姫へ送るが、本人は余裕で微笑んだ。
「大丈夫ですわ。私が手伝いますもの。せっかく戻ってきたのに、時間を取られて堪るものですか」
実に素直な意見だ。
妙に楽しげな顔でお手伝い宣言をされては、総司も逆に照れ臭い。
神藤はお付きの列で手前に立つ章太郎へと近付いた。
「水野。留守中の私の代行、ご苦労だった。事故の時も手間をかけさせたな。有難う」
「いいえ。神藤さんの仕事を真似ただけです。あなたの仕事を覚えていなければ、私には出来ませんでした」
みんなの手前、上司と部下の口調ではあったが、章太郎は突然ニヤッと表情を変えた。
「未来の〝旦那様〟だからな~。恩を売っておいて損は無いって」
神藤は思わず笑い声を立てて章太郎の胸を叩く。聞いていた他のお付き達も笑いたかったが、笑って良いものか迷ってしまい、半笑いでそれを耐えていた。
「ほら。早くお部屋へ行きなさい二人とも。これ以上居ても冷やかされるだけよ。神藤も、今日は〝お世話役〟の仕事はここでお終いにして、ゆっくりなさいな」
椿が気を使って声をかけるが、紗月姫と神藤は顔を見合わせ、申し訳なさそうにその案を却下した。
「神藤を気遣って頂いて、有難う御座います、お母様。でも、部屋へ行く前に行きたいところがあるの」
「え? お出かけ? 明日にしたら?」
「いいえ。お出かけ、というほどのものでは……」
紗月姫はもう一度神藤と顔を見合わせ、そして、はにかんだ笑顔を見せた。
「温室へ……。藤を見に……」
屋敷へ戻ったら、最初に藤を見に行こう。
病院に居る時から、二人はそう決めていた。
紗月姫も毎日、朝から晩まで病院に居て、屋敷へは寝る為に帰っているような生活だったので、ずっと温室を訪れては居なかったのだ。
目を覚ましてからは、医師達も驚くほどの驚異的な回復力を見せた神藤。
外見的には少々弾痕などが残っているものの、それも次第に気にならないくらいまで消えるとの事。
内面的にも異常は見られず、記憶力や認識力など、何一つ今回の事故による後遺症は無かった。
ほぼ脳死状態と言われた人間とは思えないその回復振りは、更に医師達を驚愕させたのだ。
意識を取り戻して二週間。
彼が完全に元に戻るまで要したのは、それだけの期間だった。
そして今日。戻ってきたのだ。
紗月姫と共に。
二人が十八年間を共にし、これからも共にし続ける場所へ。
新しい始まりの為に。
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