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第11章
第11章≪惨劇の天使≫・8


「高校を卒業したら……? 本当ですか?」
 疑ったのではなく、確認の為に美春は問い返す。
 とても嬉しい事を聞いてしまったのだ。是非ともシッカリと確認しなければならないではないか。彼女としては、そんな浮かれ上がってしまいそうな気分なのだ。
 そして美春の確認に、椿は喜ばしい思いで応える。
「ええ。昨夜決めましたの。紗月姫と神藤は、紗月姫が高校を卒業したら結婚させましょう、って」
 椿の確定する言葉を聞いて、美春は嬉しさに言葉も出ない。ソファに座りながら身体を小さく揺らし、隣に居る学の腕を両手で掴んで、心の興奮そのままにブンブンと強く振り笑顔を見せた。
 そんな美春に苦笑しつつ、学も笑顔で祝福を口にする。
「それはおめでとう御座います。……いや、この言葉は二人が帰って来てから言った方が良いかな」
 学は美春に掴まれていない手で携帯電話を取り出し、電話を持った手の親指でボタンを押しながら、目の前に座る総司と椿に笑いかける。
「お祝いの花束を用意させましょう。大至急で。神藤さんも抱えるのが大変なくらい大きな薔薇の花束を。そうだな、真っ赤な薔薇がいい」
 するとその提案に美春が口を挟む。
「淡いピンクとか、アイボリーのほうが紗月姫ちゃんらしいわ」
「馬鹿だな。〝永遠の愛〟とか言ったら、赤い薔薇が定番だろ」
 美春の苦情を軽く返し、携帯電話を耳に当てる。
 それは正論だが、美春は首を傾げてしまった。そのわりには、私、真っ赤な薔薇って貰った事ないわ、と。

 すでに紗月姫は帰って来ているだろう、という想定の元、仕事の予定が空いた夕刻に辻川邸を訪れた学と美春。
 先日は二人が会社に顔を出してくれたから、という事で、今日は学達が様子を見に来たのだ。
 幸せな婚約者同士が迎えてくれるかと思ったが、リビングに通された二人を迎えたのは、総司と椿の二人。
 椿はともかく平日のこの時間に総司が居るのは珍しい。
 どうやら彼は、昨日紗月姫の結婚時期を決めた事で自分なりに色々と考えてしまい、どうしても仕事の気分にはなれなかったようだ。
 時期を決めただけでまだ婚約披露もしてはいないのだが、〝父親〟としては、少々それ特有の複雑な思いがあるのだろう。

「そうだ。真っ赤な薔薇だ。近隣の生花店に有る物も全部集めてくれ。但し、最高の大輪の物で、花が開いている事が条件だ」
 楽しげに発注をする学の様子に、誰もが数時間後に訪れる幸せな光景を予想した。




 放課後の校舎内は人も少なく、すれ違う人間もめったに居ない。
 これが一階エントランス辺りなら、まだ生徒や迎えの者達で賑わっていたのかもしれない。
 しかし残念ながらその少女が向かっていたのは階下ではなく上の階。一歩一歩ゆっくりと踏みしめるように、階段を上ってゆく。

 やがて少女は、四階へと上がった。顔を廊下の向こうへ向け、その先にある生徒会室を思う。
 今日が役員会議のある曜日である事を、少女は〝知っている〟
 厚いビニール素材がシワになってしまいそうなほどの強い力でスポーツバッグを胸に抱き、少女は生徒会室の方向へ足を踏み出した。
 しかし数歩足を進め立ち止まる。何かを考え、首を傾げて階段へと戻ると、階段を見上げて、またゆっくりと上り始めた。

 五階は、各種特別室。保護者控え室。そして……。
 プライベートルームがある。




 ノックの音がした。
 静かなプライベートルームの中にその音は控えめに、しかしハッキリと響く。
 窓から外を見ていた神藤はドアを振り返り、誰だろうかと思考を巡らす。
 プライベートルームのドアはオートロックだが、紗月姫なら鍵を持っているのでノックの必要はない。もっとも、鍵が無くても彼女はドアを開けられるのだが。
 すると、彼の疑問を解決する声が、次のノックの音と共に聞こえた。
「神藤さん。いらっしゃいますか?」
 声を聞いて訪問者がありすだと悟った神藤は、ドアを開ける為に足を踏み出した。
「はい。今、お開けします」
 声がして間もなく、プライベートルームのドアが開く。ドアの前には、ありすが恥ずかしそうに立っていた。

「岬守様。どうされました?」
 神藤が微笑むと、ありすは彼を喰い入る様に見詰め頬を染める。
「あ、あの、紗月姫様からのご伝言を……」
「お嬢様の?」
「はい、あの、あと三十分くらいで終わるから、と」
「そうですか。有難う御座います。電話で知らせてくれても良かったのに、わざわざ岬守様にご足労頂いてしまい申し訳ありません」
 神藤に言われ、ありすはふと気付く。
 もう少し掛かると紗月姫が伝えたいのなら、携帯電話を使って知らせても良かったのだ。そんな事に紗月姫が気付かないはずもない。
 しかし紗月姫は、伝言をありすに頼んだ。

「岬守様は、もうお帰りに?」
「ええ。もうそろそろ運転手が車を用意する時間です」
「では、ご足労頂いたお礼にお茶でもお淹れします。ご帰宅前に喉を潤して行って下さい」
「えっ、あの、いいのですか……?」
 突然の申し出に、ありすの頬は更に染まった。

 紗月姫は、ありすを神藤に会わせる為に伝言を頼んだのだ。
 それは、切ない胸のうちを抑えて祝福をくれるありすに対する、紗月姫のせめてもの気持ちだったのかもしれない。

「どうぞお入りになって下さい。私もそのほうが嬉しいです」
「有難う御座います」
 ずっと憧れ続けていた人が差し出してくれた手に、恐る恐る自分の手を伸ばしながら、ありすはプライベートルームの中へ足を進めた。




 少女にとって、それは予想外に訪れたチャンスだった。
 五階へ上がり、プライベートルームがある通りへ目を向ける。
 覚えのある部屋のドアが開いていた。

 そこは、少女が目指していた場所。

 開かれたドアの陰に、人が立っているのが分かる。
 その人物は制服を着ていた。制服を着た横からの姿が、後ろ半分ではあるがうかがい見る事が出来る。スカートが小さな波を作り、部屋へ入ってゆく様子が分かった。

 特別な生徒に与えられるプライベートルーム。
 その部屋へ入ってゆく、制服を着た人物。
 それだけで、少女はその人物が、今自分が目指している人間であると確定付けた!

 壊れんばかりの勢いで、スポーツバッグのファスナーが開かれる。
 中にたった一つ入っていた物を掴むと、少女はバッグを放り投げ足をもつれさせながら走り出した!

「ツジカワァァ!!」

 甲高い声が、まるで機械音のように無感情に響く。
 その声にあるものは、たった一つ。
 〝怨念〟

 その手には、テロリストが持つような小型の短機関銃が、恨みの念で鈍い光を放っていた。




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