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第1章
第1章≪学園の天使≫・8


「大丈夫ですか?」
 足元がおぼつかない咲月の片手を取り、崩れてしまわないよう強めに肩を抱きながら、神藤はプライベートルームの中央に置かれたソファまで咲月を促した。
 ソファの端に座らせ、クッションを片側の肘掛に固め、静かに体を横にさせる。
「冷たいタオルでも、お持ちしますか?」
 立ったまま身を屈め、自分を覗き込む神藤の手を、咲月はすくうように取り両手できゅっと握った。

「神藤さんの手でいいわ・・・冷たくて、気持ちがいい・・・」
 その手を自分の頬に持って行き、頬擦りをしながら目を閉じる。
「ちょっと冷たそうな外見と同じね・・・。冷たい手・・・。でも、いやな冷たさじゃないわ。凄く気持ちの良い冷たさ・・・」
 そのまま手の平に口付ける。舌をちょっと出して、手の平から中指を舌でなぞった。
「男らしい手なのに・・・、綺麗な長い指ね・・・」
 神藤の中指の先に到達した舌は、指を軽く咥え、指先から刺激する。
 なんとも言えず官能的な動きを見せる仕草ではあるが、もちろん咲月はワザとやっているのだ。

 以前から咲月は神藤を気に入っていた。
 少々栗原に飽きが来ている彼女は、栗原が紗月姫に興味を持っているなら自分も、と、このチャンスを利用して神藤を誘惑しようと行動に出たのだ。

「・・・この指で、愛されてみたいわ・・・」

 普通の男ならすぐに〝その気〟になってしまいそうな艶のある声で、咲月は神藤を見上げる。
 薄付きのルージュのせいで色よく艶めく唇が、神藤の指先を透明な液で濡らし糸を引きながら離れた。
 実際、栗原辺りにこんな仕草を見せれば、有無を言わせず彼は欲情する。だから咲月は自信が有った。
 この男も、自分のものになる、と。



「・・・やめっ! ・・・はな、してっ・・」
 まだ頭がハッキリとしない。
 それでも自分に圧し掛かる栗原のスーツを引っ張り、彼の体を離そうとする行動に出られるようになっただけ良いだろうか。
「嬉しいな。紗月姫様が脱がせてくれるの?」
 体を引き離そうとしてスーツを引っ張っているのを良い事に、栗原はそのままスーツから腕を抜き、紗月姫の上に圧し掛かったまま、両手で彼女の脇から腰の辺りをまさぐり出した。

「これも邪魔だなぁ。身だしなみ良すぎだよ紗月姫様っ」
 紗月姫が制服の下に着ていたオフホワイトのキャミソールを捲り上げ、破いてしまいそうな勢いで白い肌から引き剥がす!
「や・・ぁっ・・・」
「咲月様はこんなの着ないな。シルクの手触りは気持ち良いけど、どうせなら裸に一枚着ているほうが色っぽいと思いますよ。ブラと同デザインで可愛らしいけれど、これじゃぁそそらない」
 嬉しそうに笑いながら、今脱がせたキャミソールと同じデザイン刺繍が施されたブラジャーの肩紐を、両方一気に下げた!
 腕を上げ気味にしてストラップを下げさせないようにするが、あまり意味はない。ストラップに拘らなくとも、ブラジャーのカップを下げてしまえば、意とも簡単に細い体の割には大きさがある紗月姫の白い膨らみは露になってしまうだろうから。

 あまりにも可愛らしい抵抗を見せる紗月姫に、栗原は嬉しくなった。
「可愛いなぁ・・・紗月姫様は。・・・神藤君にも、そうやって嫌がる振りして楽しませてあげるの?」
 ───≪うまい事、やりやがって。嫌がる振り、なんて〝レイプごっこ〟じゃねーか。咲月とはそんな事出来ないからな・・・。楽しくなりそうだ≫


「・・・ちが・・う・・・」
 紗月姫は懸命に、「心の扉」を閉じようとした。

 もう、聞きたくない・・・。
 もう、見たくない。
 もう、感じたくない!

 人間の、本音!
 妄想!
 邪な波動!

 心の波・・・。


 ───心の扉を、閉めなさい・・・。
 紗月姫が辛そうな時、必ず神藤はそう言う。
 人の心で紗月姫が傷付いてしまいそうになった時、神藤はいつもそう教えてきた。
 胸の前で親指を横に引いて。
 「心の扉を、閉めなさい」と。

 ───≪どうせ今頃、あいつだって咲月と楽しんでいるさ。だったらこっちだって、楽しませてもらわなきゃな≫

「・・・しんど・・う・・?」

 不意に紗月姫の口から神藤の名前が出たのを聞いて、神藤に助けを求めようとしているのかと思った栗原は、ネクタイとシャツの首元を緩めながら笑う。
「神藤君は来ませんよ。来られないでしょうねぇ」
 ───≪咲月に咥え込まれたら、離れられねーって≫

 吐き気をもよおす様な想像と、その想像で興奮した精神の高揚が、波動となって紗月姫の体に染み込んでくる。
 あまりの生々しさに、紗月姫は本当に吐き気がして、少し戻りかけた意識も再び遠のくような気がした。

「しん・・・ど・・・ぅ・・」
 どこ・・・?
 何処にいるの・・・?

 紗月姫は、意識を飛ばして神藤の気配を探ろうとした。
 しかし、動揺し混濁を始めた彼女の精神状態では、いつもは平気で出来るその作業がまったく出来ないのだ。

「し・・んど・・・ぅ・・? どこ・・・」
 神藤が探せない・・・。
 彼の波動を感じる事が出来ない。
 こんな事は初めてだ。
「い・・や・・・ぁ・・」
 私が、神藤を探せないなんて・・・。

「たまにお相手を変えるのも良い物ですよ紗月姫様。いつも神藤君ばかりじゃ飽きるでしょう?」
 涙が滲んで瞳に一杯溜まっているせいか、目の前で下品な笑いを見せる栗原の顔がすでに見えない。
 高い天井からの照明が、圧し掛かる栗原の金髪に当たり、よけいに視界を不鮮明にした。
 醜悪な妄想と思考に嫌悪感を覚えた体中が痙攣を起こし、紗月姫はブラジャーとショーツも剥ぎ取られてしまった事にも気付かなかった。


 嫌・・・。
 どうして?
 どうして神藤が探せないの?
 どうして私が、神藤の気配を感じ取ることができないの?
 神藤・・・。
 何処にいるの・・・?
 どこに・・・いるの・・・?

「い、や、ぁ・・・」

 どうしてこの人が私に触れているの?
 どうして私の肌に触れているの?
 どうして、私を抱きしめているの・・・?
 私は神藤にしか触れられたくはないし・・・。
 彼にしか抱きしめられたくはない・・・。

 お世話役として、いつも紗月姫の傍にいる神藤。
 当然紗月姫の手や髪、体にも触れる。抱き上げる事もあれば、抱き締める事もある。
 たとえそれが、お世話役としての彼の仕草でも、紗月姫にとってはこれ以上にないくらい嬉しい行為なのだ。
 神藤に触れてもらえる、という事は、〝女性〟としての彼女がとても嬉しく感じてしまう行為なのだ。

 例えそう感じてしまう事が、許される事ではなくても・・・。


 ───≪綺麗な肌だな・・・堪んないな・・・≫
 どんどんと醜態をさらす、男の思考。
 紗月姫の腰から脚の線を手で撫で回しながら、栗原はそれだけで自分を暴走させてしまいそうな興奮に捉われる。

「さわ・・・ら、ない、で・・・」
 悲鳴を上げそうな細い声が、紗月姫の喉から絞り出された。
 しかし暴走する自分の欲望に囚われた男に、その声は最早聞こえてはいなかっただろう。
 栗原は夢中になって紗月姫の首筋に吸い付き体をまさぐりながら、最高の幸福感に見舞われる瞬間を想像して腰を擦り付ける。

 神藤じゃない。
 「この人」は・・・。
 神藤じゃない。

 なのにどうして・・・。
 私に触れているの?!!


「さわらないでぇっ!!!」

 喉を反り上げ、ただ感情のままに紗月姫が叫んだ瞬間!!


 バァーーーーーーンッッ!!!

 室内の空気が大きく揺れ、天井の照明が、そして室内の備品やデスクまでも、まるで雷の直撃に遭ったかのように粉砕した!!

「うあああぁっっ!!!」
 そして栗原の体も紗月姫から弾き飛ばされ、遥か離れた壁へと叩きつけられた!!



「・・・!」
 神藤の体がピクッと震え、彼は反射的に顔を上げた。
 間違いなく、紗月姫の気配を感じたのだ。
・ ・・お嬢様に・・・何か・・・。
「神藤さん? どうなさったの?」
 咲月が体を伸び上がらせて、神藤の首に両腕を回してきた。
 彼の胸に頭を付けて、下から彼を見上げる。
「申し訳ありませんが・・・」
 神藤はその腕を掴み、静かに離させながら冷静な態度で咲月に頭を下げた。

「それは私の役目では有りません。ご辞退をさせて頂きます」
 咲月は少々ムッとする。自分の色仕掛けでなびかないのが不満なのだ。
「固いわねぇ・・・。まぁ、それも素敵だけど。でも、あなただって男だもの。たまには欲望のままに走ったっていいんじゃない?」

 神藤は自分の気持ちを思い出してフッと笑う。
 神藤が自分の欲望のままに走ってしまったら、確実に紗月姫の傍にはいられなくなるだろう。
 彼が欲望のままに走りたい相手など、この世に一人しか居ない。
 だが、そんなことは許される事ではないのだから。


「私はお好みに合わない? 少なくとも辻川様よりは満足させて上げられる自信があるわよ」
 咲月が口に出した、最近神藤も感じている〝あらぬ誤解〟。年頃の令嬢と若いお世話役の男がいつも一緒に居れば仕方の無い事なのかも知れないが、その誤解が正直なところ胸に痛い。
 それを口に出す咲月に苦笑いを見せながら、神藤は立ち上がった。
「私の主人が『成澤様のお相手をしなさい』と言ったのなら、私は喜んで貴女の服を脱がせましょう。しかし、その命令を私は主人から貰ってはいない」
「そんな忠誠心立てなくたって大丈夫よ。辻川様だって今頃、栗原がお相手しているわ」
「?!」
 咲月が何気なく漏らした言葉に、神藤は体中が凍りついた。



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