「おはようございます」
夢のようだ……。
またこうして、こんな朝が迎えられるなんて。
とても気持ちが良い気だるさに身体をまどろませて、紗月姫は目を覚ます。
寝室に射し込む朝の光。今彼女に声を掛けた主がカーテンを全て開く事によって、それは部屋中を満たしてゆく。
眩しく清清しい初夏の陽射しは、とても清涼感に満ちていて、昨夜この部屋の中で繰り広げられた情熱的な一夜を忘れさせるかのようだった。
こんな朝を迎えられるようになって、一週間になる。
紗月姫は首を傾け、壁の振り子時計に目を移す。
五時三十分という時刻を目に留め、彼女は苦笑いをした。
「……早すぎるわ。神藤……」
そう言って、窓辺でカーテンをまとめる神藤を見ると、彼はクスッと笑ってドレッサーの椅子の背もたれに無造作に掛けられていたバスローブを腕にかけ、紗月姫の傍らへ歩み寄った。
「朝のご用意をなさる前に、シャワーをお使いになりたいかと思いまして。早めにお声を掛けさせて頂きました」
「シャワー? どうして?」
その理由は解っているのにわざと訊きながら、紗月姫は両腕を神藤へと伸ばした。
肩から綺麗に伸びる二本の腕は素肌だ。隠す程度に胸元から掛けられた上掛けを捲ってしまえば、この腕の延長上にある彼女の身体が、何も衣服を身に着けていない事はすぐに気付かれてしまうだろう。
いや、そんな必要もない。
彼の前では……。
「昨夜、随分と汗をお書きになったご様子でしたので」
「……神藤が悪いのよ……」
伸ばされた二本の腕に中へ、神藤は折り曲げるように自分の身体を入れる。
「何故ですか?」
「……意地悪ばっかり、するから」
紗月姫の腕が神藤の首を抱く。そのまま引き寄せると、二人の唇が重なった。
「……神藤は、済ませたのね……」
いつも通り、ダークグレーのスーツにネクタイをきっちりと結んだ彼からは、清涼感ある香りと、指に触れる髪からシャンプーらしき香りが漂ってくる。
お世話役としての仕事に入る為に、彼女を起こす一時間前にベッドを出た彼は、全ての身支度を整えてここへ来た。
「一緒のほうが良かったですか?」
唇付が終わっても神藤の首に抱き付いて離れない紗月姫の耳に、彼の問いかけが聞こえる。しかしその問いかけを聞いた耳は、ポッとピンク色に染まった。
「いっ、いやよっ、何を言っているのっ……、もぅっ」
恋人同士が一緒にシャワーを浴びるという話を聞いた事はあるが、紗月姫は想像しただけでも恥ずかしくなってしまう。
興味が無い訳ではないが、しばらくは出来ないな、と考え、考えた事自体が恥ずかしくて耳は更に赤くなった。
しかし、春に生徒会室の事件があった時、彼とプライベートルームのシャワールームで重なり合った事があるのを思い出す。
神藤こそ服は着たままだったが、あの時彼は、裸でシャワーに濡れる自分を見て、どう思ったのだろう。
そんな考えは、また更に紗月姫の体温を上げてしまったのだが……。
「そんなに恥ずかしがらないで下さい」
神藤は紗月姫を抱き締めながら、乱れたままシーツに広がる彼女の髪を指で梳いた。
抱き締めた身体がどんどん熱くなっていくので、シャワーの話がそんなに恥ずかしかったのかと少々誤解をしたのだ。
「そのうち、それもお誘いしようと思っているのに、そんなに恥ずかしがられると私も悪い事をするようで気が引けます」
「しっ、神藤……」
紗月姫は思わず神藤の首に絡み付かせていた腕を解き、彼の肩を掴んでその顔を見る。
「そんなことばっかり言ってっ……、もぅっ」
顔が真っ赤になっているのが分かる。自分でもこんなに恥ずかしくて動揺してしまうのは有り得ないと思うが、実際、動揺しているのだ。
ただ、その恥ずかしさの陰に少し期待のような物もあり、それに気付くと更に恥ずかしい……。
真っ赤になる紗月姫をからかう事も無く、神藤は微笑む。
「駄目ですか?」
からかっているのではない。真面目に訊いているのだ。
紗月姫は神藤の目を見詰め、瞳の中で揺れるグレーの眼差しに酔う。それからこくりと小さく頷いた。
「……そのうち、ね……?」
「近日の『そのうち』 でも、許して頂けますか?」
遠回しに紗月姫を求める神藤の言葉に、紗月姫はどう答えたものかと迷いながら視線を横に逸らす。
これは本当に困ってしまっているようだ。それを察して、神藤は紗月姫の前髪を指で梳き、にこりと笑って彼女に唇付けた。
「そのうち、いい? 紗月姫……」
「『そのうち』 ね? 煌……」
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