商品化
「……商売、ですか……」
セバスとセイは反対なのだろう。少し、表情が曇っているわね。
「慣れないことをして、家が傾いたという例は多くあります。それは止めておいた方が良いのかと思いますが」
商業ギルドにいたモネダも反対っぽい。でも、金を稼がなければ本当に私の構想は絵空ごとになってしまう。
館の維持やら私たちの無駄に豪華な服に、それから食事……この先予算をそれに割くのであれば、その分公道整備とかに使いたい訳ですよ。
けれどもだからと言って公爵家の体面を考えると、あまりウチに回す金も削れないというわけで…思い至ったのが、商売。ちょうど視察で面白いものを見つけたしね。
「まあ、モネダ。話を聞く前に、止めてしまうの?儲けることができるかもしれないのに」
私の言葉に、モネダは怪訝な表情を浮かべる。
「なんて、ね。私は所詮、貴族の令嬢。市場という商人達の戦場に立ったことのない私が、いきなり商売を始めるなんて言ったところで、その反応は正しいわ」
「……いえ、失礼しました」
「良いのよ。で、差し当たってなのだけれども。私、この商品を売りたいのよ。レーメ、あれを出してちょうだい」
「分かりましたー」
レーメが取り出した袋の中から出てきたのは、茶色の実。
「……これは……?」
それを見たことがなかったらしいセバスとセイは、得体の知れないそれを凝視していた。
「これは、カカオという実ですー。南部の熱帯地方で取れる実でしてー、地元の人は時折砕いて飲み物状にして飲むそうですよー」
そう、カカオ。我が領は南北に伸びていて、領都は常春の街なんだけれども、南部の一部は亜熱帯の気候なのよ。というわけで、カカオが成っている地区もあったの。
「……聞いたことがあります。でも確か、苦過ぎて飲めたものじゃないと……」
流石はモネダ。こういった産物に関しては、商業ギルドにいただけあって知っていたのね。……まあ、視察の時にレーメが知っていた事の方が驚いたけれども。この子、本当に何でも知っているのね…と。何せ、このカカオの原料から地元の人が作っている飲み物状にするところまでの工程まで知っていたのよ。驚きもするでしょう。
「やっぱり製品化はされていないのね。今のモネダの話を聞いて、安心しました」
「え、ええ……」
まさか、これを売るつもり?それもそんな自信満々な表情で言うつもりか?なーんて、思っているのだろう。
でも、私は結構自信あるのよね。何て言ったって、甘味って貴族の中じゃ重要なものだし。…ほら、お茶タイムとかあるから。
「……ターニャ。扉を開けて」
「畏まりました」
扉をターニャが開けると、そこには控えていた我が家の料理人の1人であるメリダが立っていた。因みに、メリダも私が子供の頃に拾ってきた1人。ターニャ・ライル・ディダ・モネダ・レーメ・セイそしてメリダ、この7人が私の拾ってきた子供たちの全て。
メリダは料理がしてみたい、ってことで我が家の料理人になった。私の料理は彼女が作ってくれていて、ダイエット中の私は色々注文をつけるのだけど、それに見事に応えてくれる素晴らしい料理人だ。
「これは、メリダにカカオから作って貰った甘味よ」
出てきたのは、もちろんチョコレート。私からしたら馴染みのあるものだけれども、皆不思議そうにそれを見ていた。
「食べてみて」
皆、未知の食べ物に恐る恐るといった程で口にする。
「………美味しい!」
けれども一口、口にしてみれば異口同音で好評価の言葉が出てきた。
「これは、カカオから作られているんですよね。確かにこれなら…因みに価格設定は?」
「砂糖を使っているから、少し高めに設定するつもりよ。ターゲット層は貴族だから、ふんだんに高級食材を使って売り出そうと思っているの。ゆくゆくは、より多くの人に買って貰えるように価格設定が低い商品も作っていこうとは思っているけれども。それから、メリダ。もう1つの方も出してみて」
「畏まりました」
さっき出したのは、何の変哲もない板状のミルクチョコレート。次に出したのは、ダークチョコレートの板状のものと、それから所謂生チョコとトリュフが出てくる。
「これは、さっきと同じくカカオ豆から作られているのだけれども、味は全く別のものよ。食べてみて」
今度は皆、先ほどよりも躊躇いがなさそうに食べた。
「うわー、美味しい!私はこの丸っこいのが好きですー」
「私めは、この少し苦めの方が食べ易くて好きです」
皆、好みによってそれぞれ好きなものは分かれた。けれども概ね全て好評価のようで安心する。
「このように、アレンジは様々。どう?モネダ。つい最近まで商業ギルドにいた貴方としては」
「今までにない商品……宣伝さえ上手くいけば、すぐにでも軌道に乗るでしょう。それだけの魅力があるかと思います。ターゲット層も明確なのが良いですね」
「ありがとう。と言うわけで、セイ。貴方には私の手となり足となり、この商品販売の販路を築き上げて貰います」
「……私、ですか?僭越ながら、モネダの方が宜しいかと……」
「モネダには、先ほど言ったように銀行の設立に携わって貰おうと思っているのよ。此方はいずれ商業ギルドと交渉する場が多々あるでしょうから、その方が良いかと。それに、貴族をターゲット層にするのであれば、この公爵家で私たち家族を相手にしている貴方ならばすぐに対応できるようになるはず」
「………畏まりました。ご期待に添えるよう、頑張ります」
「では、そういうことで。この商品を中心に商会を軌道に乗せるところからスタートさせます。まずは、セバス。カカオ豆を栽培している村との契約書を作成して。それから、ライルとディダは村と我が家の街道の治安維持の為に必要な人数を考え、報告して下さい。道の様子はこの間視察の時に通ったから覚えているでしょう?」
「畏まりました。すぐにでも取り掛かります」
セバス、ライル、ディダは席を立った。
「メリダはこの試作をもう少し数を揃えてちょうだい。後で、他にも考えたレシピを渡すわ。それからターニャはお母様に手紙を書くのでその準備を」
「……奥様に、ですか?」
「ええ。お母様ほど宣伝が上手い方はいらっしゃらないわ。商品を送れば、宣伝してくれる筈」
「畏まりました」
「モネダは商会設立の手続きを。その際は、セイを引き連れてね。できれは、この商品を作る場所の確保もしてきてちょうだい。……この3ヶ月間まずは、この商会の盛り上げからしたいから、申し訳ないのだけれども此方を手伝ってくださらないかしら?」
「勿論です。このような面白いこと、見逃す手はありません」
「ありがとう。レーメには、幾つか確認したいことがあるから残ってちょうだい。市場の主な産物の平均的な価格を、貴方ならば知っているわよね?」
「はいー。ここ15年のものなら、何でも聞いて下さい」
「では、各自仕事を宜しくお願いします。必ず、何かあったらすぐに私に報告と相談を」