ふと あの音楽祭の打ち上げは何曜日だったかなと思った。
それを口実に 中学校〜高校の思い出ガラクタ箱を引きずり出してきた。それは天袋にしまいこんだダンボール箱で、ほぼ中身は満杯、しかも98%は紙であるからものすごく重く、半分くらい中身を出してから箱ごと天袋から出した。「毎日の記録」(なつかしい〜)をめくると、マメにコメントをくれる先生につられてマメに書いていた。わたしは、太赤字でちゃんとそのことを記していたが、そのコトはかいてなかった。幸いそれは月曜だったことがわかった。音楽祭前一週間は忙殺されていたらしく、そこらへんだけが白く抜けていた。しかし音楽祭当日にはくっきりと「大成功?」と書かれていて「銅は金に同じ」と当時担任だった先生の口グセがそのまんま書いてあった。思わず苦笑がこぼれる。
そういえば当日の記憶がない。リハーサルはくっきり憶えているのだが、肝心の県立劇場のステージでどうだったか覚えていない。それどころか、練習のときうたった記憶もないのだ。指揮者がどんな顔してたのかも覚えていない。ん? 私は指揮者が指揮しているのを後ろから見ている。いつも背中しか見ていない・・・あ! 中学のときも文化祭実行委員だったんだ? なんたるこったい、私は中学ん時から文実だったんか! 大変ショック。中一のときは学級長として、中二・中三の時は生徒会執行部として(執行部と学級長は兼任禁止)自動的に文化祭実行委員として繰り込まれていたのだ。あ〜なんかここまでくるとあれは私の宿命だったのかなぁとゾッとする。今までの人生の三分の一弱は文化祭に注いでいたことになる。我ながら、スゲェ。
その年は新旧執行部交代(私はメンバーの名を暗唱せねばならんのだ。しかも新旧両方の)に加えて、英語の暗唱大会ご披露もあって、アンショーもの一杯だったから頭から抜けちゃったのかな、あのときの記憶。あんまり大切なもんだから、あの頃の自分がひとりじめしちゃっているんだろう。そう考えると何だかおかしくなってきた。
書いているうちに思い出してきたのが本番前のこと。
ぶ厚い防音扉の前で一生懸命振りを確認していた指揮者を見て、かわいいなぁとクスリと笑ってしまった。「がんばって」と声をかけるのはしゃくかな、と思って、黙ったまま本番を迎えた。
重々しく開いた扉の向こう側、3階席までいっぱいの観客が見つめる中、ステージへ上る。誰かが考えてくれたクラスのコメントが会場いっぱいに響く。落ち着いていた。
皆が並ぶのを見て、指揮者がくるりと観客の方を向く。スクッと伸びた背がゆっくり折れて、ゆっくり起き上がる。そして指揮者が台へ上っていくのに合わせて、私はいすに座る・・・?(なぜみんなと一緒に並ばないの?)
遠く、いつも教室で練習するときよりはるか遠くで指揮者がこちらを見る。
(なぜ私を見るの?)
だけど、いつものようにすっと手が差し出される。その手に合わせて、私は自分の手をライトでてかった鍵盤の上で動かし始めた。
(鍵盤、、ピアノ!)
―――そう、私は伴奏者だったのだ。
ずっとずっと忘れていた。私がソロ・ピアニストでなかったときがあったことを。
「毎日の記録」に書いてなかった そのコト。
年季の入った木造の理科室いっぱいに並んでいる十二個の机を、それぞれのクラスのメンバーがとり囲む。それらの真っ白な化粧版の上には、お菓子の袋やジュースのペットボトルが山々どっさりと積んである。生け捕りにしたねずみの山を目の前にした猫のような目つきで、今にも手を出そうとする私を、隣の橋本さんがぴしゃりとはたく。私はお菓子の山から一番遠いはずの机の隅にいるので、佐野さんが呆れている。
今日は合唱コンクールが終わっておつかれでした、という会合である。ここに呼び集められたのは、各縦割りグループ(一年二年三年の同じ数字の組が一グループ)の中の功労者とされる数人、つまり、指揮者、伴奏者、実行委員たちである。合唱はグループ全体で成すものだから、その中の一握りだけがこんないい思いをしてよいのだろうかと思ったりしたが、ふり返ると、それ相当の仕事をしてきたなぁ、としみじみ実感してしまう。夏休み教室に集まったり、プラカード作ったり、朝練の準備をしたり放課後遅くまで残ったり・・・けっこうなつかしい。
とくとくと、コップにジュースが注がれる。早くも口をつけようとする私を「乾杯があるでしょ?」とななめ前の渕上さんがたしなめる。そんなやりとりを見て、山野さんが笑う。そんなやまちょを見て、野元君がうっとりしている。
「それじゃあ カンパイ?」
カチーンッという澄んだガラスの音は紙コップであるためしないが、机を囲んだ六・七人はそれぞれコップを当てあった。私はんんっと手を伸ばしたが、対角にいる人が差し出すコップまでには届かなかった。けど、互いに精一杯やった後だから、まぁ いいか、と思った。けどけど、本当はちゃんと合わせたかったんだけどね。
さて、あれから幾年の月日が経ちました。
あれ以来、互いのコップはそれぞれが握ったままです。
乾杯、するのしないの? もどかしく思った時もありました。
いいの? もう飲んじゃうよ! やけくそになった時もありました。
でも、未だにその人が後生大事にそのコップを持っているのを見ていると、自分のコップを粗末に扱う気がおこらないのです。かといって、いつまでもコップを握り締め続けることは現実的ではありません。その中のジュースには消費期限があるのだし、そもそも乾杯するために私たちはコップを持っているのですから。
これが最後になる。私から貴方へ、貴方から私へ、
乾杯。
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