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婚約破棄されて目が覚めました

作者:管原叶乃
「シーリス。君との婚約を破棄させてもらう」

目の前にいるのは私の婚約者様。
このアスファリア王国の第一王子にして第一王位継承者、クリスチャンセン・ヴァル・フェイ・アスファリア様だ。
輝く金髪に緑色の瞳。10人の女子がいたら10人がそろって頬をそめて見惚れるほどの美貌。
その上国中の学者たちに褒められる才気、将軍たちに褒められる武勇。
あふれる気品に持って生まれた権力と、まさにザ・白馬の王子様を体現していらっしゃる奇跡のようなお方なのだ。

「私は他に心から愛する人を見つけてしまった。
………悪いが君と結婚することはできない……」

クリスチャンセン王子の隣にはふわふわの金髪をしたザ・美少女がいる。
胸の前で手を組み、儚げな風情で彼に寄り添うように立っている。

「お許しください、シーリス様。
あなたという婚約者様がおられると知っていて、それでも私はクリス様への想いを抑えることができませんでした。私はクリス様を心から愛しているのです」

「アンナ」

「クリス様……」

そう、クリスチャンセン王子は私の婚約者様。
今の今まで確かにそうだったのだ。
私は瞳を潤ませ、頬を染めて見つめあう二人の姿をかつてない衝撃を受けながら見ていた。

(なんてことなの)

衝撃の次には別の感情が湧き出た。
怒り。悲しみ。憤り。――――そして絶望。
私はこみ上げてくる感情の波に耐えながら、目をかたく閉じ、胸元をにぎりしめた。
そして次に目を見開いたとき、私の表情は外から見ただけでは完全に平静に戻っていた。

「分かりました、殿下。
婚約破棄の件、確かに了承致しました」
「………シーリス?」
「お二人の幸福を心から祈っております」
「……な、なぜだ?シーリス?」

なぜか王子は戸惑ったような、呆然としたような表情で私を見ている。
なぜそんな表情をするのだろう?
簡単に婚約破棄が成立すれば、王子にとっても願ってもない話だろう。
本当に愛する人と結婚できるのだから。

「もうお会いすることはないと思います。
ではさようなら」
「シーリス!」

私は一度も振り返らずその場を後にした。
そんなことを気にかけている場合ではなかったからだ。

私は全てを思い出していた。
ここはいわゆる乙女ゲームの世界。その世界に私は転生していたのだ。
テンプレである。

王子と彼女が寄り添う姿、あれは確かにゲームの一場面、イベントで流れるシーンの一つである。
転生する前の私は戦略シュミレーションや箱庭ゲームが特に好きではあったが、他のジャンルのゲームも好きだった。
このゲームは乙女ゲームの中でも特に話題作だったので、どんなものだろうとやってみたことがあったのだ。

結論からいうとこの乙女ゲームは大変よくできていた。特に妙にリアルな世界観とシナリオがよくできていた。
悪事を働く人物にもしっかりとした人生、もっともな動機が用意されているのだ。

私ことシーリス・フィン・ローデバイトはゲームの中ではいわゆる敵役、悪女、悪役令嬢というものに当たるのだろう。
攻略対象であるクリスチャンセン王子の婚約者。
しかしヒロインの登場で王子の心はシーリスから去り、婚約は解消される。
テンプレである。

ゲームの中では確か泣いてすがって別れを拒否したはずである。
そしてヒロインを人を使って誘拐、監禁しているところを王子率いる騎士団に捕らえられてしまう。過程のごたごたで人死にまで出てしまい、私の実家の格式の高い家柄でもどうにもならず、投獄されて獄死する。心労で父もほどなくして病没。
やはりテンプレ。

だが泣いてすがることさえしなかった私には、もはやそんなシナリオは全く関係ない。
足早に屋敷に戻り、中に入ってすぐに信頼する老執事に告げる。

「私とクリスチャンセン王子との婚約は破棄されました。
殿下は別の方と婚約なさいます。
急ぎ王宮に仔細と婚約破棄了承の正式な署名をしたためた手紙を」
「なんと!お嬢様!」
「近日中に実家に帰ります」
「お嬢様!」

執事をはじめ、使用人たちがおいたわしい、許せない!と口々に言って泣き崩れる。

「お嬢様、王宮に正式な抗議を!」
「そんなことはしなくていいわ」
「ですがお嬢様……」
「私が王都から出るとなればその準備も大変だろうし……あなたたちには本当に悪いのだけれど」
「そのような情けのないことをおっしゃいますな。
お嬢様のお役に立てることでしたら、喜んで勤めさせていただきます」

嬉しい。
が、この使用人たちの強い忠誠心がゲームでの私の暴走っぷりを加速させたのだろうなと思うと少々複雑である。
だがもう関係ない。
私は目が覚めたのだから。





街道を馬車に揺られながら、私は故郷への道をたどっていた。
王都を去るもろもろの手続きと婚約破棄了承の書面はなんとか受理され、逆に謝罪の正式な書面と使者、莫大な謝罪金までもらってしまった。

「シーリス様!」
「シーリス様!おかえりなさい!」

領地の門までくれば領民、衛兵に至るまで歓迎してくれた。
なつかしくて嬉しくて、私は淑女らしくなく急いで馬車から降り、騎士団長の手を取った。

「お嬢様………よくお帰りになられました」
「今帰りました」
「お嬢様……」

騎士団長の目尻に涙が浮かぶ。
私が婚約破棄された事実は先に手紙で知らせてある。
彼もそれを知っているのだろう。

「馬車から見た限り、領地は以前よりもずっと豊かになっているようね。
ぜひこの目で見て回りたいわ。
明日にでも案内してくれるかしら」
「それなら俺が案内してやるよ」

人垣の向こうからあらわれた彼の姿に、私は息を止めた。
―――――時間までとまった気がした。

「ダリウス」
「よう、シーリス」

昔と変わらない笑顔。
私は懸命にあふれそうになる涙をこらえ、胸元をにぎりしめた。







ダリウス。
私の幼なじみ。
侯爵である私の父には古い盟友がある。
隣接する領地を治めるクラウヴェルグ辺境伯。そしてその息子がダリウスだ。
父である侯爵の領地は狭く、豊穣といえないまでも国境沿いに位置している。
隣接する辺境伯の領地と合わせて国防の最重要地だ。
軍を合同で動かし指揮することがあるので軍の上層部、父と辺境伯はお互いの領地と城を頻繁に行き来する。
父と辺境伯は家族ぐるみで仲がよく、自然、年の近い私とダリウスはいつも一緒に行動するようになった。

「ダリウス!
ちゃんとお勉強しなくちゃだめなのよ!」
「もうあきたよ~遠乗りいこうぜ、シーリス~」
「すごく素敵なご本なのに!
もう!ちゃんといっしょに読まなくちゃだめよ!」
「字ばっかでうぜえ」
「じゃ、ここだけ!この一章だけちゃんとお勉強したらいっしょに馬に乗ってあげる!」
「え~なげえよ」

「ダリウスのばかああああああ」
「はあ!?ばかって言うほうがばかなんだぞ!
ばーかばーか」
「ちゃんと教えたのに間違えたダリウスがばかよ!
私が一番好きなお花、教えたのに!これちがう!」
「だ、だって分かんねえよ。
昼と夜とで違う花なんて紛らわしいだろ」
「一番好きな宝石も教えたのに!これちがう!」
「宝石なんか俺が買えるわけねえだろうが!ばか!」
「誕生日にくれるって言ったのにちがうの持ってきたダリウスがばかよおおおお!!」
「うわあああ泣くな!!うるせえええええ!!」

「ダリウス、とても強くなったわ。
あなた、本当に剣の才能があるのね」
「はっ、それほどでもねえがな」
「私はだめね。
もうこれ以上はのびない。残念だけど……」
「お前はがんばってるだろ。薬学?医術か?
この間は驚いたぜ、いつの間に覚えた」
「え?見てたの?あれは夢中で……王宮からの先生に教えて頂いたのよ」
「へえ、ならこれからは怪我しても治療費はタダってわけか。もうけたぜ」
「いやだ!ただじゃないわよ、ずうずうしい!何かもってきなさいよ!」
「っち、けちが」

いつも一緒にいたダリウス。
大事な兄弟。大事な親友。大事な―――――

「元気そうじゃねえの」

手を差し出し、私を先導してくれるダリウス。
変わらない笑顔で微笑む。

「王国一の才女だなんだ言われるようになって、メガネとかひっつめ髪になってるんじゃねえかと思ってたぜ」
「あら、メガネとひっつめ髪の似合う美女も王宮にはちゃんといるのよ」

いいえ、うそ。変わった。
ずっと背が高くなった。肩幅が広くなった。
日に焼けた浅黒い肌、節くれだった大きな手。黒いマントに銀色の甲冑。
そのどれにも細かい無数の傷がある。それは彼が鍛錬をかかさずにきた証。
黒い髪に青い瞳の精悍な横顔は、以前よりもずっと………

「へえ、見てみてえな、メガネにひっつめ髪の美女」
「相変わらず美女好きなのね」
「分かってねえな、お前」

ダリウスは快活な笑い声を上げた。
ああ、こんな快活な声を聞いたのはいつ以来だろう。
ずっとおいたわしい、お気の毒に、……そんな声しか聞いていなかった。

「男はみんな美女好きに決まってるだろうが。
ま、もちろん美には個人差があるがな」
「ダリウスの美の基準ってどこにあるの」
「ただじゃ教えられねえな」
「まだ治療費にお菓子を強奪したことを根にもってるの?」

あの治療費の話から後の、時々出る、ダリウスの口癖。
私が思わずぷっと噴きだすと、ダリウスの片手がやわらかく、ふれるかふれないかの強さで私の肩にふれた。

「そのままの顔で入れ」

扉が開くと薬草の匂いが立ちのぼった。

「シーリス」
「―――――――お父様」

私の背をダリウスがそっと押し出す。
寝台の上に身を起こしている父のそばに、わたしは駆け寄った。

「お父様――――――」
「シーリス、よく帰った。門まで迎えにいってやれなくてすまなかったな」
「いいえ、お父様。
起きていらして大丈夫なのですか?その後、お加減は」
「お前の送ってくれる薬で大分よくなった」

数年前に国境をめぐる小競り合いで父は傷を負い、それからずっと体調を崩している。
先生がおっしゃるには心が弱っているそうだ――――母が病で亡くなってから、ずっと。

「シーリス、今回のことは………残念だったな」
「いいえ、お父様……
私が至らなかったのです。申し訳ありません。
あんなに喜んでくださったのに………王宮からの軍の援助も」
「シーリス、婚約のことはお前のために残念だったと思うが、援助のことは今後いっさい口にするのはやめなさい」
「お父様」
「お前が軍の援助を取り付けようと必死だったのは知っている。もちろんお前がお前の知識で得た金銭での援助も大いに我が領地を潤してくれたよ。
だが娘がそんな無理をしてまで得た援助なくしては、やっていけないような父と思われるのは心外だ。ダリウス殿をはじめとした頼もしいご子息たちをはじめ、辺境伯もいらっしゃる、大丈夫だ」
「……………」
「薬のことでも無理をしていることは知っている。
だがそんなに心配する必要はない。以前に比べてずっとよくなっているのだからな」
「お父様……」
「それよりもお前のことだ。
なに、お前のその容姿に才気、良い相手はいくらでもいる。
父上が今度こそお前にぴったりの相手を見つけてやるから、安心しなさい、大丈夫だよ」

王宮からの軍の援助も、薬を作るために必要なお金では手に入らない希少な材料も、私が血のにじむような努力を重ねて王宮から手配してもらったものだった。
だがその果ての婚約破棄、私がばかなまねをした果ての、父の死。そして――――――

(ちっとも大丈夫なんかじゃない)

泣いてしまいそうになりながら、私は必死に笑顔を作り、胸元を握りしめた。





「案内してやるよ」

翌日、ダリウスが私の所にまできて言った時、私は薬草とハーブに取り囲まれていた。

「あらダリウス」
「お前相変わらず薬草とハーブまみれなのな」
「悪かったわね」
「けなしてねえよ」
「あなたやっぱり変わってるわ。
薬草や薬用ハーブの匂いは大多数の人には決していい匂いじゃないのよ」
「まあ薬の匂いだからな」
「王都では苦情を言われたこともあったわ。
だから薬草やハーブは地下室だけにして、人前では他の香りを付けるようにしていたの」
「面倒くせえな」
「慣れてしまえばそんなに面倒なこともないわ。
ここは地元だからそんなことはしないけどね」

薬草とハーブ、道具を少しだけ片付けて前掛けをはずし、私はダリウスの横へ行った。

「さあ、おまたせ。行きましょう」
「作業着のままかよ、色気ねえな」
「あなた相手に着飾ってどうするのよ」

ダリウスは私の額にちっとも痛くないデコピンをした。

馬に乗って城下を出ると、私たちに気づいた領民たちが道をあけ、歓声をあげてくれる。

「ダリウス様!シーリス様!」
「シーリス様!」
「おいたわしい………」

歓声にまぎれて悲しげな声が聞こえる。

「あんなに素晴らしい方が、どうして……」
「あれほどの才気、こんな地方に埋もれさせてしまうとは」
「もし王妃になれれば王家の縁者として侯爵家を継ぐことができた。
そうすればこの侯爵地も磐石だったのに……」

「はらへった」

目を瞬かせながら振り返るとダリウスがぶつぶつと言っていた。

「お前のせいで朝めしがまだなんだよ」
「私のせいではないと思うわ。
来る前に食べておけばよかったのよ」
「鍛錬で暇がなかった。
おい、おばちゃん」

それくれ、と店先のパンを指してダリウスが言うとお店のおばさんがあわててパンを差し出す。

「私が払うわ」
「あ?」
「だって私のせいなんでしょう」
「ばーか、冗談だ」
「じゃあお礼よ」
「それこそいらねえよ」

ダリウスはコインをおばさんに渡すと私に振り返って言った。

「食うか?」
「食べるわ」

半分にちぎったパンを渡されて私は頬ばった。くるみ入りのパンはとてもおいしかった。

「おいしい」
「そりゃよかった」
「ありがとう」

ダリウスは女は黙っておごられときゃいいんだよ、と快活に笑って言った。



領地はやっぱり以前私がいた時よりも豊かになっていた。
町は大きくなり、商店の品数も多くなっている。
畑は長年の努力の成果が出て、開墾できる限りの土地に広く作物が実るまでに至っていた。

「よくここまで――――」
「親父さんがんばってたぜ。一人娘が慣れない土地で気張ってちゃ、親としては怠けてられねえってな」
「私、ばかだったの」

ふいにそんな言葉が私の口をついて出た。

「私は本当にばかだった。
全部無駄だったとは言わないけれど、本当に愚かだったのよ」

そうでなくなったと思いたい。
祈るように思いながら、胸元を握りしめる。

「ばーか。お前がばかなのは今に始まったことじゃねえだろ」
「ひどい言い草ね、頭がいいって褒めてくれたこともあったじゃない」
「あれはあれ、これはこれだ。
お前は頭がいいくせに、本当にばかだな、おい」
「なに、それ」

私はくすくす笑ってしまった。


それ以降、ダリウスは毎日私の所へやってきた。
毎日、である。

「暇なの、あなた」
「暇じゃねえよ」
「だって毎日来てるわ」
「鍛錬場はそこだし、軍の本営は向こうじゃねえか。
めしくらい食いにきてもいいだろうが」
「辺境伯とおば様にはお会いしてるんでしょうね。セレオスには?」
「お前を帰国の挨拶に連れてった時に会っただろうが」
「あれ以来お会いしてないとか言うんじゃないでしょうね」
「…………………」
「ちょっと」
「ただじゃ教えられねえな」
「今すぐ帰りなさい!」

犬かよ俺は、などと言いつつダリウスが不意に扉の前で振り返った。

「なあシーリス」
「なによ」
「明日は夜、来る」
「なぜ」
「昼はお前、忙しいだろう」

どういう意味、と問う前にダリウスの姿は扉の向こうに消えた。

(???????
たまに意味の分からないことを言うわ。
まあ明日になれば分かるかしら)

私のその考えは正しかった。
次の日の朝、起きてすぐに侍女に着替えさせられた衣装を見て目を見張る。

「舞踏会用のドレスじゃないの?
どうしてこんな服を――――――」
「お嬢様、この薄紫の花飾りを今日はお召しになってくださいませ。
お嬢様のプラチナブロンドにそれはそれは良く映えることでしょう」
「どういうこと?
それよりも作業着を―――――」
「まああああ素敵っさすがはお嬢様です。絶世の美女ですっ」
「お化粧も致しましょうね。まったくもう、最近はお嬢様ったら紅すらささないんだから、もったいないったら」
「あのそれより作業着――――――」
「きゃああああ素敵っさすがお嬢様です。もう女神の化身ですっ」
「ではつぎに香水を!」
「あ、その香水はだめよ。薬草の匂いと混ざって悲惨なことになるわ。
少しラベンダーを足すくらいならいいわ。
っていうか、それよりも作業着を―――――」
「では次にこの宝石を!」
「あ、ダメよ、このペンダントはこのままにしてちょうだい。
上から別の宝石をつけるのはかまわないわ。
っていうか、とにかく作業着を―――――」
「きゃああああ素敵っさすがお嬢様ですっもうさすがすぎますっ」

普段心配をかけてしまっている自覚があるので、私はやむなく着せ替え人形に甘んじた。
居間へ続く扉を開いて私は驚いた。
そこには安楽椅子に腰掛けた父をはじめとして使用人たち全員がそろっていたのだ。

「シーリス、誕生日おめでとう」
「おめでとうございます、シーリス様」
「お誕生日おめでとうございます、シーリス様」

私はまた泣きそうになってしまって必死に胸元を握りしめて、耐えた。

「お父様………」
「その様子だと忘れていたんだな。
まあ、色々あったのだから、無理もない。
お前、ちょっと向こうから広間へ出てごらん」
「え?」
「さあお嬢様」

広間へ出るとそこには大勢の領民と衛兵がやってきていた。

「お誕生日おめでとうございます、お嬢様!」

そこにはいつものようにおいたわしい、気の毒だという調子はなかった。
私は嬉しくなって、久しぶりに心からの笑顔をみんなの前で見せることができた。




その日は一日中、宴会だった。
みんなが持ってきてくれた贈り物―――ささやかなお菓子だったり、花だったり、リボンだったりを受け取り、歌ったり踊ったり――――本当に楽しかった。
合間に、辺境伯とおば様もいらしてくれた。
贈り物とお祝いの言葉を頂いた後、おば様は嬉しそうに言った。

「よかったわ、シーリス。
帰ってきたばかりのあなたは何でもないようにふるまってとても気丈だったけど、それがかえって儚げでどこかに消えていなくなってしまいそうで……痛ましくて見ていられなかったのよ」

ああ、痛ましい、気の毒だという声はそのまま私が引き出したものだったのか。
私は関係ない、それどころではないと思っていながらやはり傷付いていたらしい。

「おば様、ご心配をおかけしました。もう大丈夫です」
「それにしてもうちのばか息子はどうしたの?
こっちに来ているものとばかり思っていたのだけれど」
「ダリウスは今日はまだ見ていません。
でもあの、セレオスの方は……」
「ああ、下の息子の方ではないのよ」

辺境伯には二人のご子息がいる。
セレオスというのはダリウスの弟だ。
年が離れているためか、ダリウスほどには一緒にはいられなかったのだが。

「セレオスは私の領地に駐屯している騎士団の強化合宿に強制参加中なのだよ」

辺境伯が遠い目をして言った。

(辺境伯とおば様に会いに帰ってないんだわ、あのばか)

やっぱりばかはあのばかの方だわ、と思いつつ、私は飲み物を飲み干した。








「よう、シーリス」

夜になってダリウスがやってきた。
珍しく甲冑を着ていない上に黒い服に黒いマントを羽織っているので、はじめ闇に溶けて見えなかった。
広間に面したバルコニーで贈り物のカードをより分けていた私は無言で眉をひそめた。

「バルコニーに来るなんていくらなんでも無礼なんじゃないかしら。
私が今とても不思議に思ってることは何なのか、あなたに分かる?」
「んだよ」
「あなたが今までよく貴族でいられたものだと、とても不思議に思っているわ」
「かわいくねえ」
「うそおっしゃい、こんなに着飾ってお化粧してきれいにしてる私がかわいくないわけないでしょう。
みんなだって今日はたくさん褒めてくださったわ」
「そりゃお前、世辞だ」
「あなたが今まで貴族でいられたのが本当に不思議だわ」
「俺のために着替えもせずに待ってたっつうんならかわいいぜ」
「そうよ。もちろん着替えもせずにあなたを待っていたわ。
かわいい?」
「あー、かわいい」

ダリウスは私の額にまた少しも痛くないデコピンを放つとぞんざいに言った。

「来い」
「ねえ、ダリウス。
今のあなたちょっと挙動不審よ。自分で分かってる?」
「うるせえ」

再挑戦だ、とダリウスが言っている。
ますます挙動不審だ、と思いつつ私は後に続いた。

「………こんなに遠くに来るなんて思わなかったわ。
しかも馬」
「着いた」

説明もなく馬から下りるダリウス。
私も彼に続いて自分の馬から下りた。

ん、とだけ声に出してダリウスが私に手を出し、先導してくれる。

「…………………」

月明かりと星明りの中で、その平原だけがぼんやりと輝いている。
乳白色の光は平原に咲き乱れる白い花からあふれていた。
月光花。
または一夜花と呼ばれる花だ。
年に数回、月の明るい夜に花開き、燐光を放つ。
一夜だけ花開き、翌朝にはしぼんでしまう儚い花。
しぼんでしまうと淡い黄緑色の葉に包まれ、その葉がまた花のように見えるので、昼の花も広く愛されている。
群生するとそれは見事だという―――――

「再挑戦、成功だ」
「そうね」

胸元を握りしめながら私は言った。
ずっと昔、誕生日に私はこの一番好きな花と石がほしいとダリウスに駄々をこねたのだ。
ダリウスはちがう花と石を持ってきてしまったけれど。
でもその間違った花と石だって、とてもきれいなものだった。―――――

「群生を見られるとは思わなかったわ」

私が言うとダリウスはふ、と口の端にだけ笑みを浮かべた。
彼が浮かべるにしては珍しい種類の笑みだった。

「すげえだろ」
「ええ」
「ならもっと褒めろ」

くすり、と私の口から笑みがこぼれた。
ダリウスの手から手を離して、私は淡い光の中に足を踏み入れた。

「すごいわ。とてもきれい。
こんなにきれいだなんて思わなかった。
ありがとう――――ダリウス」

歩くたびにまるで地面から星明りが散るようだ。

「ずっとあこがれていたのよ。
ねえ、あなたは忘れてしまっているかもしれないけど、私たちが一番はじめに字を教えて頂いた本。
あの本に月光花のことが出ていたのよ。
とても素敵なご本だから一緒に読まなきゃだめって。
私はあなたと一緒に読みたかったのに、あなたは遠乗りにばかり行きたがって、結局最後まであの本を読まなかったわね」
「読んだ」

月光花の光を掬おうとしていた私は振り返ってダリウスを見た。

「いつ」
「王都へ行くと言ったお前と喧嘩した後」

王都へ行くと言った私。
なぜ行くのか分からない、と言ったダリウス。
大喧嘩をした。
いつもの他愛無い、じゃれあいのような、言った端から絆になって仲直りになるような喧嘩ではなく。

「―――――そう」
「お前の好きな石の話ものってた」
「月光石」

俗説で月光花の光の結晶が月光石であるという。
純粋な月光石には不思議な力があって、どんな願いも叶えてくれると言う。
もちろん俗説だ。
他愛のない御伽噺である。

「月光石は本当は唯のガラス石ですものね」
「だけどお前はそのガラス石が好きだった」
「絵で見る月光石はきらきらしていて、でも青く透き通っていて好きだったわ。
もし持っていたら本当に願いが叶うかもしれない。
そうしたらどんなに素敵だろう。そう思うだけでも素敵だった」
「それは癖か」
「え?」
「胸元を握りしめてる」

私は息を止め、体を硬くした。
私の手はいつの間にか胸元を握りしめていた。
私はゆるゆると手から力を抜いた。

「ええ」
「いつからだ。
ここにいる時にお前にそんな癖はなかった」
「王都に行ってからよ」
「俺は知らない」

私はダリウスの顔を見た。
いつも快活に、あるいはからかうように、あるいはほんの少し笑っている彼は、今は少しも笑っていなかった。

「お前のそんな癖も、王都に行ってからのお前も知らない。
シーリス――――――」

ダリウスは少し黙って、しばらくしてから静かに言った。

「あの時行くなと言えばお前はどうしてた」
「あなたはあの時、どうして私が王都へ行くのか分からないと言ったわね」
「そうだ。
だが本当は分かってた」
「私は王都でもっと勉強をして才能をのばしたいと言ったわ。
ここで出来る勉強はたかが知れている。本当に本気でやるなら王都へ行かなければだめだと」
「それも嘘じゃねえとは知っていたが、本当は何よりこの領地と俺たちと、侯爵のためだったんだろう」
「私そんなに善人じゃないわ」

ダリウスの目元に少しだけ笑みが浮かんだ。
それは苦笑だった。

「そういう奴だ、お前は。手助けをしたい、役に立ちたい、そう思うのは自分を認めさせたいと思う自己顕示欲であって自己満足だと、そう言うんだろ」
「ええ」
「でもそれはやっぱり俺たちのためなんだよ。お前が何と言おうがな。
だから俺はあの時に言えなかった。行くなとは」

あの日。
大喧嘩をしてから私とダリウスは仲直りできなかった。
王都へ向かう私の見送りに集まるみんなの中に、私を睨むダリウスの姿があった。
私は睨むことはしなかった。
ただダリウスを見つめて――――――ダリウスが俯くのを見た。
打ちひしがれたように肩を震わせている彼の姿が、彼の最後の記憶だった。

「お前を愛してる」

「…………………」

「あの時そう言ったらお前、どうした」
「………………」
「まあ、………お前は俺がそう言っても、行くのはやめなかっただろうな」
「………ええ」

そう、やめなかっただろう。

「私はあなたを大事な兄弟、親友だと思っていたわ。
あの時そう言われてもきっと何も答えられなかった」
「知ってる」
「でもやっぱりあなたは私の大切な人だった。
だから――――――それで逃げるように王都へ行ったの。
逃げるように勉強したわ。勉強して、勉強して、自分にできること以上のことをしようとした」

でなければ来た意味がない。
大切なものを振りきってまで来た意味がなくなってしまう。

「才女と言われるようになって、王妃にふさわしいと言われるようになって。
王子様にお会いしたとき、私は確かに恋をした。
美しい王子様の隣にいる自分、王妃になった自分、登りつめた自分の未来に恋したのよ」

そこにいけば大きな力が手に入る。
ほとんどのものは手に入る。あれほど必死になって取り付けた軍の援助、希少な薬の材料、もっと大きなものを故郷へ返せる。振りきってしまったもの以上を。

「でも恋は恋でしかないわ。
恋はほしがるもの。自分自身のためのもの。
自分のものにしたい、自分の好きなようにしたい、自分のことだけ考えてほしい。
自分が一番で、相手はその次だった」

それに気がついた時に、全ては変わってしまった。
恋でしかないと気がついたときに、気が付かずにはいられなかった。
本当に自分が愛しているものは他にあるのだ。

自分自身よりも大切なもの。
自分がどうなっても、それでも大切なもの。
何なのかはその時は明確には分からなかった。
故郷?家族?でも確かに自分が愛しているものは他にあったのだ。

だからこそゲームの中での私はすがりつき、何をしてでも王妃になろうとしてしまったのだろう。
もし失ったら愛しているものは?置いてきてしまったものは?
あの時あんな思いをしてまで振りきってきたのは、一体何のためなのかと。
そう思い込んで。

「それ以来の癖なの。
涙が出そうになる時、胸元のペンダントを握りしめてしまうのよ。
愛しているもののためだと思って置いてきてしまったものを思い起こすの。
何を今更。置いてきてしまったものだ、戻れない。
そうして自分を奮い立たせていたの、王都にいた間は……」
「今も握りしめてる」

はっと胸元から離した手に、ダリウスが静かに彼自身の手を重ねた。

「今もその癖が抜けねえのか。
それとも置いてきた、戻れないと思ってるのか」

私はゆるゆると首をふった。
分からない。

「お前は置いていった、戻れないと思ってるのかもしれねえが」
「ダリウス?」
「置いていかれた方はどうなる。戻ってこいと思っている方は?
追いかけたい、追いつきたいと思ってる方はどうなるんだよ」

目をいっぱいに見開く私をダリウスが覆いかぶさるように覗き込んでいた。

「あの時無理にでも引きとめていればと何度も思った。
だがお前の王都へ行きたいと思う気持ちもいやでも分かった。
お前が王子の婚約者になったと聞いてお前ほどの女なら当然だと思ったさ。
どんなに胸糞悪くても仕方がない、俺はやっぱりお前がばかみたいに笑ってる方が自分の思い通りになるより何倍もいいんだとそう自分に言い聞かせてな」

ダリウスの瞳が近い。
いつ以来だろう、こんなにも彼の目を近くで見たのは。

「お前を忘れようと思った」

青い瞳。
月光石を好きになったのはこの深い青の色にとても似ていたからだ。

「他の女との縁談を考えたこともある。
家柄のおかげでそういう話には不自由しないからな。
だがだめだった。…………どの女もやっぱりお前じゃない。
俺のそういう部分は根こそぎ全部お前に持っていかれちまったんだと思い知っただけだった」
「ダリウス」

このかすれた声は自分なのだろうか。
彼の名前を呼ばずにはいられなかった。
彼があまりにまっすぐ自分を見つめているから。

「シーリス、お前は戻ってきた。
置いてきた、戻れないと思っていたこの土地に。
戻ってきたお前にはどことなく見えない最後の一線があるような気がしてたが、もうそんな実態もない意味もない線引きなんか忘れちまえ。
――――どこへも行くんじゃねえ」
「行かないわ。
………ここにいる」

ダリウスの瞳がゆれた。
彼の表情に苦しげな色が浮かぶ。
その苦しげな色を見ていると、私も苦しかった。

「本当か」
「ええ」
「……お前を愛してる」

ダリウスがかすれた声でささやいた。
私は背筋が震えた。

「シーリス――――――愛してる」

ダリウスが耐えかねたように私の肩に額を押し付けた。
彼の吐息が震えていることに気がついて、再び私の背筋が、全身が震える。

「惚れてるんだよ、お前に。
………自分でも………どうしようも、ねえ」
「ダリ、ウス」
「そこからでいい。
兄弟でも、親友でも――――――俺を、…………見てくれ」

切々と―――――懇願するように、ダリウスはささやいた。

「――――――――…………頼む」

私は耐え切れずきつく目を閉じた。
涙が私の頬をつたい、零れ落ちた。

私が泣いていることに気が付いたのだろう。
ダリウスは鋭く息を吸い込み、奥歯を硬くかみ締めた。
そして私からゆっくりと体を離した。

「ちがう!」
「………シーリス」
「ちがうのよ、言わせて」
「もう、いい。
悪かっ――――」
「愛してるのよ!」
「…………………」
「―――――あなたを愛してるの。
私が何より、誰より愛してるのはあなたなのよ、ダリウス。
そのことに気が付いた時、私はなんて愚かなんだろうと絶望したわ。
あなたをあんなに傷付けて振りきってしまったのに、私が誰よりも愛していたのは他の誰でもない、あなただったなんて」

ゲームの中の私がそのことにはっきり気が付いたのは獄中だった。
本当に何もかも手遅れになってからそのことに気が付いた。
そして私は生きる力を失い、獄死した。

転生した私がそれに気が付いたのは王子に婚約破棄されたあの瞬間。
あの時の怒り、悲しみ、憤りは全て自分に対してのものだった。
そして絶望はあまりにも今更すぎる事実に。獄中でなくてもあまりにも気が付くのが遅かった事実に対してだった。

きっと―――私は無意識に、自分自身で最愛の人がダリウスなのだと気が付くことを避けていたのだと思う。
今更だ、と。

「婚約破棄されてすぐに帰ってきたのは、もう王都にしがみついていても何にも意味がないと悟ったからよ。援助も薬の材料もそれはあればいいものだけど、医術と薬学で必死に得て送り続けた金銭だって満足できるものだと思ったわ。
お父様のお言葉じゃないけど私だけの力でこの地の治世が成り立っているわけじゃない。
それに王都で勉強した私なら少しは他にやりようがあると思ったの」

現に領地は以前よりも良い状態になっていた。
私にはこの土地でやりたいこともある。

「ただ本当は―――――そう本当は」

私は顔を上げていられなくて俯いた。
ぽたぽたと涙が月光花に落ちていく。

「あなたに会いたかったの――――――ダリウス。
あなたと同じ土地で生きていたいと思ったの――――――」

命があると思ったときにはじめに思ったのはそれだった。
……それしかなかった。

「あんな喧嘩をして今更戻ってきて、冷たくされるのは仕方がないと思っていたわ。
嫌われても仕方がない。当然あなたにも奥様やお子さんがいてもおかしくなかった。
でもあなたは笑ってくれたわね。――――――
昔と何も変わらない調子で、ようシーリスって。
あの時、私がどんなに嬉しかったか」

あの時は本当に泣いてしまいそうだった。
これでもういい、私は本当にもういい、とそう思った。

「みんなが私を痛ましそうに見ている時もあなただけは普通だったわね。
本当に普通だった。
まるで昔みたいで私はとても嬉しかったわ」

彼とのその会話が、彼のその態度が、私の心を癒してくれてのだ。
自分でも気付かず傷付いていた私の心を癒してくれた。

「でも嬉しくて幸せな間にも、やっぱり私は怖がっていたのね。
もう今更だ、あんなに傷付けてしまったのに望むなんてって。
だからきっと―――きっと私からは言えなかった。
涙を耐えるつもりで王都にいた頃の癖を続けて、自分の気持ちを押さえ込んで」

「もういい」

不意に顔を上に上げられた。
すぐそこに、まつげがつく位のすぐ近くにダリウスの顔があった。
彼はやっぱり苦しそうな表情をしていた。
苦しそうな――――切なそうな。
彼の唇が私の唇に重ねられた。
深く、深く。

強い力で抱きすくめられ、愛しげに、愛しげに首筋、腕、腰、背中をなでられる。
月光花の上に組み敷かれ、苦しそうな―――泣きそうな顔で見つめられれば、もう私になす術はなかった。

「お前ほどきれいな女は他にいない」

懇願するようにささやかれ、ゆっくり、ゆっくりと頬を、こめかみをなでられて、ただ見つめ返す。
私の腕も求めるように彼の体に回されていた。

「本当はずっと―――――そう思っていた―――――」





「なに、これ」
「再挑戦だ」

ダリウスが私の前に跪いている。
なんてことだろう、ダリウスが私の前で貴族らしい。

「本当はあの夜、花を見せてから、こうするはずだったんだよ」
「随分と順序がちぐはぐになったと思うわ」
「うるせえ」

ダリウスは笑みを消し、まっすぐに私を見つめた。
私は言葉を失い、彼をただ見つめ返した。

「シーリス・フィン・ローデバイト。私はあなたを心から愛しております。
どうかこの私、ダリウス・ヴァルト・フィン・クラウヴェルグと結婚して頂きたい」

私は一呼吸おいてから一言、言った。

「お受けします」

了承の証にダリウスの手に私の手をのせる。

「なんだか貴族の求婚の作法ってあまりときめかないわ」
「そうかよ」
「私、2度目だしね。
あなたの貴族らしくない物言いの方が面白かったわ。
幼年時から聞き続けてきたものだから、その口調に慣れてしまったのね」
「うるせえ」
「でもいいわ。もう破棄さえされなければ」
「んなもん、してたまるかよ。
うちの両親もお前の親父さんも、もう準備進めてるんだぜ。
今度は書面一通と謝罪金じゃすまねえからな」
「なんですって?」
「書面一通と謝罪金じゃすまねえからな」
「わざと言ってるわね?」
「お前が帰ってきてからすぐに両方に相談した。
もちろんちゃんとお前を口説き落とすって条件付だったんだぜ、怒るなよ」
「あなた、辺境伯やおば様に会いに帰ってないようなこと言ってたのは嘘だったのね。何がただじゃ教えられねえな、よ」
「式の準備は早いほうがいいじゃねえか。
先行してるのは準備金やら招待客の選抜やらばっかだから怒るなよ」
「お父様までグルだったなんて。お前にぴったりのお相手を見つける、なんて言っておいて」
「愛だろ」
「セレオスが強化合宿に強制参加させられたのも何だか陰謀の匂いがするわ」
「ありゃあいつが俺より先にお前の所に行こうとしたからだ。
人の恋路を邪魔するやつはなんとやらだぜ」
「恋じゃないわ、愛よ」

ダリウスは無言で片方の眉を上げると私の左手を取った。
その薬指にするりと冷たいものがはめられる。

「真ん中の石が月光石、両脇の石が蒼玉だ」
「私の誕生日にあなたが間違えた石ね」
「俺にとっちゃ思い入れのある石だからな。あの当時の俺が、剣を売り払って有り金全部はたいて買った石だったんだぜ。今度は泣くなよ」
「泣かないわ」

月光石は唯のガラス石。でも蒼玉は正真正銘、宝石だ。
子供だった彼がどんな気持ちで用意してくれたか。それを思うと泣けてきてしまう。

「―――――おい。泣くなっつったろうが」
「泣いてないわよ」

私は手の甲で少し目頭を押さえると、彼の顔を見上げて言った。

「ねえ、貴族の作法なんてなしであなたの言葉でもう一度言って。
やっぱりさっきのじゃ面白くないわ」
「あ?再々挑戦しろってか」
「いいじゃない。再々挑戦。成功したら今度はただじゃないわよ」
「へえ、ただじゃねえのか。
ならまあ、やってやってもいいぜ」

ダリウスの瞳が熱を帯びる。その瞳で私を見つめ、彼は前かがみになって私の頬に、こめかみに口付けの雨を降らせた。
甘い彼の求婚の言葉に私は約束通り報酬の言葉を口にした。

求婚の返事を。
そして私が胸元で握りこんでいたペンダントの石は、彼が間違えて送ったあの誕生日の石―――――小さな蒼玉だという秘密を。


ああ、でもやはり私は悪女なのかもしれない。
ゲームでは私が獄死した後のバッドエンドが存在する。
そのバッドエンドでは辺境伯を継いだダリウスは挙兵し、この王国を滅ぼしてしまう。
クリスチャンセン王子とヒロインは四肢を切り落とされ、目玉をくり貫かれ、舌を抜かれ――――それでも死ぬことを許されず、牢の中で苦しみに苦しみ抜くのだ。
姉妹を、親友を殺された怒りだと思っていた。
そしてそれほどまで私の父を慕ってくれたのかと。
だがダリウスの想いはそんなものではなかったのだ。……

この話を知ったら、ダリウスはどんな顔をするだろう。
だが心の中で確信している私もいる。
どんなことがあっても彼は私を愛してくれるのではないか。
そして私はこの笑顔を守るためならどんなことでもするだろう。
―――――――――



アスファリア王国第7代国王クリスチャンセンは好色な王として知られ、実に32人もの側室がいたとされる。
王が真実愛していたのは最初の婚約者であったと言い伝えられている。後世王国随一の才女として知られるようになるローデバイト侯爵令嬢シーリスは、王が彼女の心を試した結果、王に失望し王都を去ったと言われる。
次いで妃候補となった女性は身分が低く、正妃となるには及ばなかった。
アンナとだけ名前の伝わるこの女性は王の最初の側室となったが子が生まれず、次々に増える王の側室たちの中で急速に王宮内での地位を落とし、晩年は最下位の側室となっていたとされている。
王は生涯を通じて実子に恵まれずフェイ王朝はここで潰えた。

ローデバイト侯爵領に戻った令嬢シーリスは辺境伯長男ダリウス・ヴァルト・フィン・クラウヴェルグを婿とした。
クラウヴェルグ辺境伯領は次男セレオスが継いだ。
ローデバイト女婿ダリウスは後世でも名将として名の上がる3将軍の中に必ず入る勇名を轟かせる。
また侯爵夫人シーリスは当地にアルファリア初の薬学、医術学園を興し、広く女性にも門戸を開いた。
この学園は後に学部を増やし、今に残る世界でも随一の大学園となる。
辺境伯領、ローデバイト侯爵領の今日の隆盛はここに起源をもつと言われる。

将軍ダリウスと侯爵夫人シーリスは大変夫婦仲がよく、後世おしどり夫婦の代名詞となった。
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