29 相談しよう
新たにイツキという人手を雇い、うちに住み着いている幼女の問題も一応解決したっぽい今日この頃。
「――お金が足りません」
「……ほぇ?」
『……うみゅ?』
俺はおもむろに同居人の二人に切り出した。
カウンターに肘をつき口の前で手を組み合わせることで口元を隠し、意図的に声を低くして深刻っぽい雰囲気で。
箒で床掃除をしていたメイド服の従業員と、宙をふわふわと漂っていた幽霊が揃って首を傾げる。
うむ、見ている分には微笑ましい。しかしほっこりしている場合ではないのだ。
「いや、だからさ……金が足りないんだよ」
「ちょっと待ってほしい。私が知る限り最近は店に客も来ていたと思うのだが?」
『そうだよお兄ちゃん。ほとんど冷やかしで碌に商品は売れてなかったけど、一応お客さん来てたよね?』
メイドさん目当ての冷やかしは客とは言わん。
というかお前たちがそれを言うのか。
「まぁ、確かにそこそこ収入はあったんだけど……最近思っていたよりも食費がかさんでてな」
『かさんでって……どれくらい?』
「……」
この時点で俺の言いたいことを察したらしいイツキ。その頬をツツーと一筋の冷や汗が流れた。
食費とは無縁のアンナのほうは気楽なものである。
「具体的に言うと……一人暮らしだった頃の三倍くらいかな?」
「自重してる……これでも自重しているんだ……私はッ!」
しゃがみこんで耳を塞ぎ、嫌々と首を振る大飯ぐらい。
確かに自重しているのだろう……彼女にしてはだが。それで俺の倍近く食べて太る気配ゼロなのだから燃費が良いのか悪いのか。
『まったくもうっ、ダメダメな召使いね。アンナはご主人様として恥ずかしいよ!』
腕組みして仁王立ちするアンナだけど、君にも言いたいことはあるんだよ。
「偶にものに触れるようになった浮遊霊がはしゃぎすぎて、店の物を壊したりもしててな」
『だってだって嬉しかったんだもん……!』
イツキの隣で同じポーズで嫌々するアンナ。
ちなみに彼女がものに触れるのは、偶にイツキが『アンナの指輪』をはめてるからである。
最初はあんなにも嫌がっていたのに変われば変わるものだ。
同居人が仲睦まじいのは良いことだ……物を壊すのはいただけないけど。
「そ、それで具体的にはどれくらいお金が足りないんだ?」
「……このままだと数日中に食料が尽きるくらいかな?」
「なんとかしよう! 今すぐにでも!」
イツキは勢いよく立ち上がり、握りしめた拳を掲げた。
この食欲娘め、そんなにお腹が減るのは嫌か。
「そんなわけなんでお金が全く足りません。借金返済にも支障をきたしている次第です」
「む? 確かエルトの借金は無利子・無担保・無期限という話ではなかったのか?」
「そうなんだけど……裏を返せば債務者の機嫌次第って部分もあるんでな」
「いい加減に真面目に働かないと店ごと差し押さえるわよ?」とは債務者の弁である。
仏頂面の多い彼女にしては実に珍しい笑顔を拝めたのだが、あれは本気だった。
なので地味にピンチである。我がフォーン魔導具店を脅かす最大の窮地である。
……いつもこんな感じな気もするが断じて気のせいだ。
「まぁ、そういうわけだから何か良い案はないか? 正直今は相手がポンコツだろうが幼女だろうが頼らざるを得ない状況だからな」
「……とても人に頼る態度には見えないのだが」
「なにを言うんだイツキ? こうして人が頭を下げて頼んでいるというのに」
「どう見ても下げてないと思うのだがッ!?」
元凶の一人に頭を下げるのも何か違う気がするのだ。
『はいはーい! お兄ちゃんお兄ちゃん! アンナに良い考えがあるよ!』
「はい、アンナ君。どんな考えかな?」
元気良く片手を挙げるアンナを指名。
さてどんな案を思い付いたのか?
『まずお金を持ってそうな人にアンナが憑りついてね』
「ほうほう」
『それで夢の中で毎日「お兄ちゃんの魔導具を買え~」って祟るの! そうすれば商売繁盛間違いな――あいタッ!?』
スパーンッ!
何時ものように対霊指導用具の一撃をアンナの脳天に炸裂させた。
ろくでもない……というか捕まるわ。いくらなんでも牢屋送りは御免である。
『お、お兄ちゃん? いきなり対霊指導用具は酷いと思うの……』
「わかった。次回からは叩くと宣言してから叩くからな」
『そうじゃないよ!?』
そもそもアンナは家から離れられない引き籠りだろうに。
「――ここは《迷宮》に行くのはどうだろうか? そうすれば私もメイド服など着ずにすむしな。やはり私に似合うのは全身甲冑だと思うのだ」
「いや全身甲冑は誰が来ても一緒だと思うぞ」
うんうんと頷きながらそんな事を口にするイツキ。
そんなにお前はメイド服が嫌か。
『あれ? イツキってば自分の部屋の中でクルクル楽しそうに回ってたよね?』
「わーっ!? わーっ!? わーっ!? い、いいいきなり何を言い出すんだ、アンナ!?」
そうか……実は気に入っていたのか。
うーん、必死に隠そうとしているようだけど、実は可愛いもの好きだったりするんだろうか。
まぁ、それはそれとして仕方がない。ここは彼女に相談するとしよう。
◇ ◇ ◇
「――で、あたしのところにやってきたと」
「うん、是非とも楽して稼げる仕事を教えてくれ」
「なんか前にも似たような台詞を聞いた覚えがあるわね」
サラサラと書類にペンを走らせながら呆れた眼差しを向けられる。
言うまでもないことだが視線の持ち主は茜髪の幼馴染だ。
「しかもアンナまで連れてくるなんて……なに考えてんのよ?」
「俺もどうかと思ったんだけど……どうしても一緒に行きたいってきかなくてな」
おまけにイツキまでアンナの味方についてしまったからな。
数の暴力を前に敗北した俺である。
『やっほーミリィ。久しぶりー』
「はいはい、久しぶり久しぶり」
宙に漂いながら片手で挨拶するアンナにミリィも返事を返す。
会話からもわかるだろうが、この二人は顔見知りである。
最初に会った時は少しばかり衝突もしていたが、現在ではそれなりに気安い間柄だ。
「せっついたあたしが言うのもなんだけど、そんな良い仕事は中々ないわよ。やっぱり狩場を変えるしかないんじゃない?」
「うーん、やっぱりそうなるか……でもなあ」
「いいじゃない。この間の件で《森林迷宮》の紋章も出たんでしょう?」
「むむっ? ちょっと待ってくれ。紋章とは何の話だ?」
……そういえばイツキにはまだ話してなかったか。
「紋章ってのはまぁ……これのことだな」
そういって右手首の内側をイツキに見せる。
そこには木を模ったと思しきマークが一つ刻まれている。
以前イツキを回収しに《森林迷宮》に趣き〈白毛猿〉を仕留めた後。
店に戻って一晩眠ると自然に浮き上がってきたのだ。
「『紋章』っていうのは"扉"から行ける八つの《迷宮》で、それぞれ一定の活躍をした探索者の手首に刻まれる印のことよ。一つの《迷宮》で一つずつ刻まれるから全部で八つ。探索者の実力の簡単な指標にもなってるわ」
「――ということはエルトは探索者として活躍したということか?」
そこがわかんないんだよな。
「なぁ、やっぱり何かの間違いじゃないか? あの時〈特殊個体〉と戦ってたのはイツキだし、止めを刺したのはミリィだろ? 俺に紋章が刻まれるのはどう考えてもおかしいと思うんだけど……」
「んー、前例がないわけじゃないのよ。そもそも活躍云々っていうのはあくまで私たちの見解で確定情報じゃあないし。〈特殊個体〉を何匹倒しても出ない探索者もいるし、逆に特別なことはしていないのに突然『紋章』が刻まれる探索者もいるみたいよ」
俺の場合は後者というわけだろうか。
改めて考えると《迷宮》ってつくづく意味不明である。
「全部の紋章を集めると隠し迷宮に入れるだとか、なんでも願いが叶うとか言われてるけど……この辺は眉唾な話ね」
「むぅ、いったい何が起こるのだろうな? ……なぁ、エルト――」
「断っておくけど紋章集めとかする気は更々ないからな。――それよりもミリィ、お勧めの《迷宮》はあるかな?」
好奇心を隠せず期待するようなイツキの視線を一刀両断して話を戻す。
なにやら肩を落としているようだが知らん。
「そうね……最近は《熱砂迷宮》で採れる素材が少しだけ高騰気味だから行ってみたら? 奥まで行かなければ危険は少ないでしょうし」
「ああー、あそこかぁ。……まぁ、仕方ないか」
『やったぁ! アンナ《迷宮》に入るのは初めてだよ!』
「ふふっ、久しぶりの探索だ。腕が鳴るな」
……うちの女性陣はどうしてこんなにアグレッシブなんだろう?