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アーランディアの魔導付与師  作者: 鋼矢
魔導付与師と全身甲冑の話
1/68

1 仕事を貰おう

※作中にて英語や四字熟語・諺や慣用句など出てきますが、意訳のようなものだと思ってください。

 アーランディアには『魔導付与師(マギス)』という職業がある。

 簡単に説明すれば、特別な素材から内包される力を引き出し、それを使って特殊効果を付与した『魔導具』を創り出す仕事だ。

 様々な効力を持つ魔導具は魔術師でなくとも使用可能で、その利便性から多種多様な現場で重宝される。

 ――しかしその有用性に反して、魔導付与師(マギス)の成り手は極めて少ない。

 

 魔導付与師(マギス)の基本技術である素材から力を引き出す作業が難しいこともあるが、ベースとなる道具に関しての知識や技術も身に付けなければならないからだ。

 具体的に言うと鍛冶に錬金、調合に魔術。

 それら幅広い分野を網羅して初めて魔導付与師(マギス)への門は開かれる。

 その狭き門を潜りぬけた彼らは、言うなれば成功を約束されたエリートだ。


 そんな希少な魔導付与師(マギス)の資格を最年少で得たこの俺、エルト・フォーンは正にエリート・オブ・エリートと言えるだろう!

 そんな栄光に満ちたエリートである俺は現在――


「……腹減った。やばい……このままだとマジで死ぬ……ッ!」


 空腹で死にかけていた。

 空きっ腹がググ~と音を鳴らして抗議してくる。

 最後にものを口にしたのは……三日前に飲んだ水だっただろうか?

 

 ――水は食料ではない? 

 うっせーっ! たらふく飲めば水でも腹は膨れるんだよ!


「くうっ……! ようやく魔導付与師(マギス)に成れたってのに……なんて様だ……!」


 まあ、こうなってしまった理由は分かっている。

 ぶっちゃけ魔導付与師(マギス)を目指したことこそが原因そのものだ。

 いくらエリートと言っても実際に資格が取れるまでは無職同然。

 しかも必要な知識や技術を得るためには、あちこちの専門家に弟子入りしなければならない。

 その間はほぼ無収入。

 はっきり言って、ある程度懐に余裕のある人間でなければ、そもそも志すこと自体が無謀な職なのだ。


 たいして裕福でもない俺がそんな分不相応の職に就けたのは、知人に無利子・無担保で多少金を融通してくれる親切な人間がいたこと――正直足を向けて寝られない。

 そして今はもういない親父が残してくれた少しばかり財産があったからだ。


 ……一人息子より年下の嫁さん貰った挙句に雲隠れした糞親父だけどな!


「とにかくまだ体が動くうちに、一刻も早くあの場所へ……!」


 そんな状況下で色々と切りつめ、どうにか魔導付与師(マギス)の資格を得た俺だったが、世間の風は冷たかった。

 せっかく店を開いたというのに仕事が一件もないのだ。

 そりゃあ仕事を依頼するなら、全く実績のない若造の店よりも実績を伴い設備も整った(たくみ)に依頼するのが普通だ。

 誰だってそーする、俺だってそーする。

 だから仕事がないのは仕方がない……って納得できるか!

 せめて店まで来てから判断しろと言いたい。

 しかし現実は非情なもの。このままでは飢え死ぬこと確定だ。




「――というわけで仕事をください」


「なにが『というわけで』なのよ? いきなり来といてその台詞……馬鹿じゃないの?」


 空きっ腹を抱えつつ、どうにか探索者ギルドに辿り着いた俺に冷たい眼差しが突き刺さる。

 視線の持ち主はミリアリア・フィン・リュート。何を隠そう俺の幼馴染の少女だ。

 

 彼女――ミリアリアは一言で言うと小さい。背丈とか顔とか掌とか胸とかその他諸々含めて全般的に小さい。

 一応俺と同い年のはずなのだが、見た目は四歳くらい違うのではないだろうか。

 実は隠れて若返りの秘薬とか飲んでいても全く不思議ではない。

 本人も容姿の幼さは気にしているらしく、少しでも大人っぽく見せるためにフワっとした茜色の髪を後ろで束ねてポニーテールにしたり、口調を乱暴なものにしたりと健気な努力を重ねてはいる。

 しかし彼女の子供っぽい愛らしさはまるで消えていない。


 そんないじましい努力を続ける小さな娘さんに、氷のように冷たい視線を向けられる俺。

 一部の特殊性癖持ちにはご褒美なシチュエーションなのかもしれないが、もちろん俺にそんな趣味はなく――


「バキューン」


「ぐはあっ!?」


 ミリアリアの気の抜けた声と共に突如凄まじい衝撃が襲い掛かってきた。

 ぐ、ぐぬぅ……い、いったいなにが起こった……?


「ザンネン。エルトノジンセイハ、ココデオワッテシマッタ」


「――って終わってたまるかあっ!?」


「ちっ、しぶといわね」


「舌打ち!? 今舌打ちしなかったかっ!?」


「気のせいでしょ」


 何故か片言で戯言を口にしたミリアリアに全力で突っ込む。

 いきなり何してくれてんだこの女は。


「何かあんたが不快なことを考えてるような気がしたのよね」


「……ソ、ソンナコトナイデスヨ? オレハイツデモマジメデスヨ?」


「なんで片言なのよ? というかあんた真面目に馬鹿なことしでかすじゃない」


「いやいやそんなことないし!」


 恐ろしい。幼馴染とはここまで心情が通じてしまうものなのか。


「あんたが顔に出過ぎなだけでしょ」


 そんな馬鹿なっ!? こう見えても幼女と睨めっこして全勝するくらいにはポーカーフェイスだというのに!

 どう考えても心を読まれているとしか思えない。


 ――ハッ! そうかそういうことか!

 その瞬間、俺の脳裏に天啓が舞い降りる。

 なるほど、これなら彼女が怒るのも無理はない。


「大丈夫だミー。心配する必要はない、安心してくれ」


「な、なによ……いきなり真面目な顔して? ……それとミー言うな。お互い、もう子供じゃないんだから」


 キリっと真剣な顔でミリアリアを見つめると、彼女は頬を赤くして戸惑ったように口籠った。

 ……昔はミーちゃんエッくんと呼ぶ仲だったんだけどなぁ。

 時の流れが速くて寂しいです。


「いいかいミリィ、確かに男は母性の象徴、すなわち胸に心惹かれるものだ。それは言わば母親への尊敬の念。決して抗うことは出来ない大いなる意思。大きく形が良ければそのぶん目を惹くのは確かな事実。しかし小さいのもそれはそれで素晴らしい。たとえミリィの胸が大草原のように平坦でも俺は――」


「死ね」


「ごはあっ!?」


 ――気にしない、と続けようとしたのだが、先を上回る衝撃が俺を襲ってきた。

 うぐぐっ……な、なにが悪かったというのだ?

 ギルドの建物の中でたむろしている探索者たちも「うんうん」と頷いて同意してくれたというのに。


「ミ、ミリィ……それ使うのマジで止めてくれ。下手したら死んじゃうぞ……?」


「死ねばよかったのに」


 幼馴染が辛らつ過ぎて生きるのが辛い。

 おかしいなー、真剣に褒めたつもりだったのに。女心は複雑だ。


「しかしミリィはよくそれを使いこなせるな。俺じゃあ絶対に無理だぞ」


「そう? 結構便利よこれ」


 そう言ったミリィが手元で『魔束放筒(カノン)』をクルクル回す。これは俺が昔創った魔導具だ。

 用途はシンプルで魔力を集束し弾にして撃ちだす、それだけである。

 ナンパ撃退モード・痴漢撲滅モード・暴徒鎮圧モード・魔獣殺害モード・修羅滅殺モードの五段階に威力調節できる優れもの。中々の自信作だ。

 ……ただし致命的な欠陥さえなければ、だが。


「いやいや無理だって。普通の人なら暴徒鎮圧モード一発で倒れるぞ?」


「いくらなんでも大袈裟でしょ。これくらいならいくら撃っても平気よ」


 ――それはお前くらいなものだ。


「特に馬鹿なことを言い出す幼馴染にお仕置きすると時とかに便利なのよね」


「勘弁してください、いやホント」


 今でこそミリィは探索者ギルドの受付などやっているが、こうみえて昔は魔術師志望だったのだ。

 しかも一般の魔術師の数十倍の魔力量を持って生まれながら、魔術の制御力に欠け爆発事故を起こしまくったという逸話の持ち主である。

 最終的に魔術師ギルドの爺さんたちが土下座で「もう来ないでください」とお願いしてきた光景は今でも忘れられない。


 ……あの時は泣きながらミリィが爺さんに跳び蹴りをかましたんだっけ。

 その時のことがあったから魔束放筒(カノン)を創ってプレゼントしてみたんだが……魔力消費が激しすぎるのが失敗だったよなー。


「まあ、いいや。とにかく仕事くれ仕事。出来れば楽して儲かるやつ」


「真面目に働いてる人たちに土下座しなさい、まったく。そんな仕事があったらあたしがやりたいわよ」


 と言いつつ手元の書類をまくって探してくれるのだから良いやつだ、さすがは頼れる幼馴染。


「商業ギルドから幾つか通常依頼(クエスト)がでてるわね……これはどうかしら? 『〈耳長熊(ラビットベア)〉の肉一頭分』」


「死ぬわッ!?」


 〈耳長熊(ラビットベア)〉とは熊の巨体と兎の耳の良さを併せ持った魔獣だ。普通に死ねる。


「冗談よ、本気にしないでいいわ」


「冗談でも性質(たち)悪すぎるだろ!? ……あのなミリィ、一応魔導具の素材集めのために探索者なんかもやってるけど、俺の本職はあくまで魔導付与師(マギス)創造的(クリエイティブ)かつ文化的なお仕事なの。殴ったり殴られたりの迷宮探索に、嬉々として赴くサドマゾ集団と一緒にしないでくれ」


「……エルト、後ろ見なさい、後ろ」


 後ろがどーした……わーおっ。

 なにやら探索者の皆様方が殺気だった目で睨んでらっしゃるじゃありませんか。

 どう考えても先程の俺の発言が原因ですね。


「……危険な場所に自分から向かう探索者たちはとっても勇気あるよな。正に人々の役に立つ素晴らしい職業だ。俺も尊敬してるぞ、うん!」


 とりあえず全力で誤魔化してみるも――


「ふざけんな、コラァ!?」

「なめてんじゃねーぞ、オイッ!」

「この貧乏人が!」

「万年欠食児童のくせに!」

「ふっ、私はサドだから別に問題ないわね」

「ってか、可愛い幼馴染とか勝ち組の余裕か!?」

「立場変わりやがれ! 贅沢者め!」

「死んでしまえ!」

「ぼ、ぼくはイジメてほしいかな……?」

「彼女が欲しい!」

「酒が飲みてえ!」

「腹一杯食いたい!」

「ちょっと! 変なカミングアウトしないでよッ!?」


 駄目でした。罵詈雑言の嵐がギルド内に飛び交う。

 うっさいわ! 昼間から酒飲んでる駄目人間ズに貧乏人呼ばわりされる(いわ)れはねー!

 

 なんか一部に変な内容があった気もするが……うん、触れないでおこう。

 迂闊に突っ込んでもろくでもない結果にしかならないだろうしな。

 しかしこれって誰が収拾付けるんだ? などと思いつつギャーギャー騒ぐ探索者たちを眺めていると。


 ――ドゴンッ!


 すぐ横で凄まじい爆音があがった。見れば頑丈そうなテーブルが粉々に吹き飛んでいる。

 そして傍にて魔束放筒(カノン)を片手で構えるミリィの姿。

 ……目が完全に据わっている。


「うっさいのよ、あんたたち……叩きだされたいの?」


「「「ハイ、すみません!」」」


 打てば響くとはこのことか。あっという間に馬鹿どもを黙らせた頼りになりすぎる我が幼馴染。


「テーブルの修理代はあんたに付けとくからね」


「マジで!?」


「「「ザマァ(にやにや)」」」


 なんてこった。ただでさえ多い借金が更に増えてしまった。

 これはなんとしても稼がなくては数日中に干物になってしまう。


「ミリィ、仕事だ仕事! ギブ! ミー! ワーク!!」


「――ったく、もう。……これならどうかしら? 『〈突撃兎(ダッシュラビット)〉の肉10匹分』」


「よし! それでいこう!」


 この仕事なら大丈夫だ。

 連中は動きは素早いけれど戦闘力は高くない。

 俺一人でも十分対応できる……たぶんな。


「あっ、ちょっと待ちなさいよ」


 急いで《迷宮》に向かおうとしたらミリィに呼び止められてしまった。

 はて? まだ何か用件があったのだろうか?


「はい、これ……お弁当」


「……弁当? なんで、というかそれはミリィのだろう?」


 ちょっと可愛らしい小さめの容器は間違いあるまい。

 しかしミリィは呆れたように溜息をつき、視線を逸らしつつ言った。 


「そんなフラフラじゃあ仕事なんて出来ないでしょ。アタシの分だけど持っていきなさいよ」


「いやいや、ミリィの昼食はどうするんだよ?」


「あたしは今日は食堂で済ませるから大丈夫よ」


「……」


 なんと有り難い事か。確かにこのまま《迷宮》に行けば、まともに動けず逆に魔獣の餌になりかねなかった。


「サンキュー! ミリィ! すげえ助かるわ!!」


「みぎゃあっ! だい、いきなり抱き着いてんじゃないわよっ!!」


「ゴハっ!?」


 見事なアッパーで顎を打ち抜かれてしまった。

 しかし「みぎゃあ」か。ちょっと色気に欠ける悲鳴だと思うぞ。


「(くそっ、見せつけやがって!)」


「(爆発しやがれ!)」


「(初々しいわね~。若い頃を思い出すわ~)」


 なんか後ろの方でボソボソ聞こえたが、ミリィがキッと睨み付けると途端に静かになった。


「(……お腹減ってるならうちに来ればいいのに)」


「ん? 今なにか言ったか、ミリィ?」


「何も言ってないわよ! 早く仕事に行ってきなさい!」


「うおっ!? だから魔束放筒(カノン)をこっちに向けるな!」


 いきなり怒り出した幼馴染に追い立てられ、俺は《迷宮》へと足を踏み入れたのだった。

魔束放筒(カノン)

 魔術師になれなくて落ち込んでいたミリアリアのためにエルトが創った魔導具。

 魔力を収束して弾として打ち出すことが出来る。

 ただしコストパフォーマンスは最悪で、実質ミリィくらいにしか使えない。

 見た目は銃のような形。

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