ここが夜だと貴女は謡う(13/14)PDFで表示縦書き表示RDF


結末、結論、大円団?
ここが夜だと貴女は謡う
作:バイレン



13.ここが夜だと君に伝える





 帰るなり雄平はすぐに寝具に倒れ込んだ。
 身体がむさぼるように睡眠を欲していた。目をつむるとすぐに眠気が押し寄せる。
 いつものように『夜』に立つ。
 風はいつものように厳しく、そして強かった。
 すぐにそれは見えた。足がある、手がある、体がある、頭がある。顔には目と鼻と口の位置に、空洞があいている。
 それは人型をしていた。
 粉々に飛び散る破片は黒い。何度も何度も砕け、それはその都度よみがえってきた。
 それはある少年の心。それはある少年の想い。
 その足下には右手に手甲をした少女が倒れていた。
 その少女が戦闘に巻き込まれないようにじりじりと後退する。
 人型は、それに応じた。もうこちらにしか眼中にないようだった。
 その目に宿るのは、誰よりも強く――まっすぐな嫉妬。それは何よりも正しい感情で、だからこそその正しさを許せない。
 激情が、双剣の重みに代わり、身体にともる。雄平は笑いながら言葉を発した。

「よぉ、金城。久しぶり」

 その声に人型は劇的な反応を見せた。その身体に、黒い球体から生まれたときのような幾つもの亀裂が走っていく。
 あ、ぁあああああああああああああああああああああああああああ――!
 絶叫とおぼしき声がついて出る。
 そして、人型はこちらに向かってはじけ飛ぶように襲いかかってきた。
 降雪は豪雪となって、たたきつけるようにこちらに吹き付けてくる。それを雄平は冷静にそのまま身体で受けた。
 身体に幾多の裂傷が産まれる。
 ――そして、目の前には見慣れた人影ができあがった。

「先輩……」

「よぅ。さっぱりしたな」

 見慣れた金城洋平の姿がそこにあった。
 その優しげな印象を与える童顔は、いつもと違い厳しさに満ちていて、とても怖い。

「意識まで入れたのか……そりゃあ僥倖」

 軽くちゃかすように話を続けようとして、そして遮られた。

「なんで、ですか……先輩!」

 情動を押し殺したような声。その言葉の奥に潜む意味――なぜ、芳乃の笑顔をみれたのだろうか、なぜ邪魔をするのだろうか――そんな疑問がごちゃ混ぜになっている。

「そうだなあ……実は俺にもよくわからない」

 その言葉を欺瞞で迎えることだけはしたくなかった。

「ただ、芳乃がいやがっている姿を見たくなかった。それだけだ。すまない」

 真っ向から謝罪する。頭を深々と下げた。

「っ!?」

 焦燥が金城の顔に浮かぶ。

「誰も傷つけたくはないというのはもっとも非現実的で恥ずかしいから言えない。
俺は正しいことをしたなんて間違っても言えない。
ただ、言えるのは、俺はお前に悪いことをした。悪いのは俺だけで、傷ついたのはお前だ」

「なんで……」

「本人同士が一度は同意した関係だ。俺が文句言える筋はないとわかってる。だから俺が悪い」

「なんでなんですか!」

「ただお前に言う。俺はこの行動に後悔も言い訳の余地も、そういうものを一片も挟みたくない。
俺は芳乃が傷つくのを見過ごせなかった。芳乃を守る。これが俺の言えるあの行動のすべてで――そしてこれからとり続ける行動だ!」

「なんで、そんなに正しくて、優しいんですか貴方は! これから戦うっていうのに!」

 言葉がぶつかり合う。目尻が少し熱さにゆらいだ。涙腺が刺激される。

「戦うからこそ、禍根を残したくない。俺がしたのはストーキング宣言だ。止めて見せろよ『狗愛』」

 だからこそ偽悪的に。

「僕がしたのは婦女暴行ですよ――貴方は紳士な一般市民だ。そんな人を今から、ボコボコにします」

 それに応じるように答える。

「――最後に、貴方の『夜』に入っていって、ごめんなさい」

「お前の、感情を無視してすまなかった」

 契約は終わった。

『さあ戦おうか!』

 声が重なる。






 なんのけらいもなく金城少年は踏み込んできた。地面を蹴りえぐるように強く前へ。
 その速度は人型の時とは比べものにならない。
 それにふれるようにして、受け流そうと双剣を構えた。

「甘い!」

 だがそれは破られる。拳が伸びる。そう錯覚するほどに早さがローからトップへと切り替わる。ぐん、と迫ってくる拳の大きさが変わるほどの急激な変化。

「う、ぁっ!?」

 なんとか刃を盾にしてかわす。その際に刃の部分で受け止めた。食い込む感触が手を突き抜ける。
 だが――それでダメージを受けることは百も承知だった。
 外見は金城でもこれはあの人型だ。案の定、金城の身体の切り裂いた部分がが黒化し、修復された。ビデオの巻き戻しを見ているかのような見事な再生だった。
 そして、そのまま拳を突き出してくる。刃で二枚に下ろされた拳がなんとさらに前へ突き進んでくる。
 倒れ込むようにしてそれをかわした。

「おいおい……人間で居ろよ!」

 足払いを仕掛ける。その攻撃は見事に足を捕らえ、金城の身体を揺らがす。その隙に剣を抜き去り、間合いをとった。
 ――まずい、と直感的に感じた。
 このままではやつに勝てない。目の前でゆっくりと、じらすようなモーションで起き上がる金城を見据える。その様子はまったくダメージを感じさせない。
 前の戦闘でも痛感した。こいつは普通では勝てないと。だからこそ力が必要だ。強力な力がいる。

「――こうなったら!」

 ――一か八かだ!
 地面に双剣をたたきつける。火花が散る。その火花を、着込んだジャンパーにふれさせた。じゅぼっという音と共に、一瞬にして火が付く。
 金城が怪訝そうな顔をする。その通り今のやつは毛玉を灼きとばす雷撃を受けてもぴんぴんしている化け物だ、あれは今更、炎どころでどうにかで居る相手ではない。
 だから、ねらいは別にあった。
 『夜』をその炎が照らしていく。文字が見える。ほとんどかすれて消えかかっている文字。
 そう、俺が書いた文字だ。だが懐かしさどころか、実感さえも、もう薄れている。
 ――だが、人の記憶とは、消え失せる物でなくただそれを認識できなくなることだと聞いたことがある。
 ならば、と思う。その思い出は消えたわけでなく、ただ単純に見えないところに移動させられただけなのだ、と。
 不意に、脳内にビジョンが浮かんだ。それを認識でない。ノイズだ。脳内に走るノイズ。それをなんとか形にしようとする。
 どくん、と右手の双剣が震えた。


 フラッシュバック。
 『夜』に入って10日くらいたったころ
 目の前には水たまりがあって、芳乃と●●●と一緒にいった。『夜』は記憶と感情の世界だ。だからなんでも作れる。願えばそれが出てくる。子供の想像力は純粋で限りがないから、すぐに僕たちは魔法使いになった。
 水が産まれる。けどあまりに産まれすぎておぼれてしまった。それから水が嫌いになった。芳乃と●●●は笑っていた。正気じゃない。

 次の記憶だ。
 『夜』に入る最初の夜に。
 父と母は家を空けていて、一人で寝ていた。天井を見ると木の板がいつも顔に見えてしまって、なかなか眠れなかった。その頃からだったと思う。『夜』が人恋しくて、『夜』を誰かと共有したくて。


「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 過去の情景と記憶が重なる。いつも遊んでいた懐かしい声。いつも隣にいた綺麗な眼。視界の縁に倒れ伏す手甲を持った少女と、記憶の中の映像が一致した。
 心に産まれる凄まじい親近感。それをつかむようにして、外にぶちまけた。
 金城の顔が驚愕に染まる。その力を込めて右の双剣を振るった。
 そこからは水が飛び出す。たたきつけるような一撃。それと同時に水が金城の顔にまとわりついた。
 それは粘度の高い水だ。初めておぼれたときは水がそういう風に感じられたから。
 それをふりほどこうと金城は手を顔に持って行こうとする。
 ――させるか! そう想い、力を放った瞬間。
 金城は何もいない空間に思いっきり拳を振り回した。
 金城の目線の先にはこちらがが立って、双剣を凄まじい勢いで振りかぶっているように見えただろう。その顔は疑念に驚きが混合された表情となる。
 壁に描かれた人の顔は、いつも目をつぶるとその顔が近づいてくるような気がした。それはもちろん幻だ。
 あいつはそんな、怖い幻を見たのだ。
 だが、その拳の風圧でこちらの身体も吹き飛ばされた。凄まじい威力だった。
 吹き飛んだこちらの身体を見て、金城は左の拳で、なんと自分の頭を叩いた。スイカのようにその顔がはじける。血はでないかわりに黒い雪のような破片が舞う。
 そしてまた再生。
 水を操り追い打ちをしようとする。だがその攻撃は今度はあっさりかわされ、足で踏みにじられた。
 ――足りない!
 もうおそらく同じ攻撃は通用しないだろう。幻は意識の虚を突く技。相手がこの技を警戒している今はもう使えないだろう。
 もっと、もっと!
 少女を見据える。強引に記憶の奥をノックする。子供の頃の純粋な思い。それを携えた記憶。それを仮想キーにして現象を引き超す。

 またフラッシュバック。
『夜』に入って初めての日、僕は●●みと出会った。顔は見たことがある。近所に住んでいるとてもお金持ちの家の子供だ。教育のレベルが違うとか言う理由で遊ばせてもらえなかった。
 おそるおそる話しかけた。びくり、と少女の身体が震える。そんな様子に頭を掻きながらどうしようか悩んだ末、釘を出して、地面をひっかいた。
 少女がおびえたようにぶくりと震える。そんな少女を、釘を消し、手招きした。そして釘で書いた文字を見せる。
 『ともだちになろう』。



 どすどすどす、と四方八方から、子供一人はあろうかというサイズの釘が金城の身体に突き刺さる。突き刺さった部分からガラスが割れるように黒い欠片が飛び散った。
 だがその釘を金城は平然と抜き取った。
 もっと強く!



 強く、願う。
 フラッシュバックが連続する。
 『夜』に入って幾日が過ぎて芳乃ちゃんが入ってきた。事故で家族を亡くして、夜が怖くなったそうだ。夜は怖くないって、そういって――でもうつむいたままで、だから本を出して、●●みと一緒に読んであげた。
 それは勇気の出る冒険譚。一人のまっすぐな少年が、信じて信じてだまされ続けて、最後には幸せをつかみ取るという話だった。
 それを聞いて芳乃ちゃんは笑ってくれた。凄く綺麗だった。


 意識が現実に戻る。
 金城の攻撃が跳んでくる。唸る音が聞こえてきそうなほどの一撃。
 その前に大量の白い紙が立ちふさがった。紙は金城の拳にまとわりつき、圧迫していく。めきめきめきという音と共にその腕が砕け散った。
 やったか、と期待する。だが壊れた腕は破片となり、紙片を突き破った。

「まだ、か!」




『夜』に入ってすぐの頃、●ぞみは凄く怖がって、僕から離れようとしなかった。
 だから毛玉を生み出して端っこと端っこを持ってあるくことにした。何度もおびえるように毛玉を引っ張ってきた●ぞみに苦笑していた。


 金城の再生しようとする身体を毛玉が絡め取った。初めて化け物の顔に苦悶の表情が浮かぶ。


 『夜』に入って幾日も過ぎた。そのころ、何かおかしい空気だった。芳乃ちゃんと●ぞみがなんとなくぎすぎすしていて、疑問に思っていた覚えがある。
 だから花火をしようと打ち明けた。みんなで一緒に見れば、きっと暗い気持ちなんて跳んでいくと思った。
 そう、のぞみも、芳乃も――

 金城の身体に大輪の華が咲いた。どどん、という火の花だ。金城の身体が揺らぐ。

「終わりだぁあああああああっ!」

 水がその顔にまとまりつき、釘が何本も何本も降り注ぐ。紙片が金城の身体に包帯のように巻き付いていく。
 その封じられた身体に思いっきり双剣を叩き込んだ。

 ――最後の記憶。

「じゃ〜んけん、ぽい!」

 笑顔の思い出。
 何かあったときに全てをこれで決めていた。これが僕達にとっては運命そのものだった。


 貫いた場所から、双剣チョキが凄まじい光を放った。それは運命をつかさどる一撃。いかな化け物とはいえど運命に否定されては存在は不可能だった。

「あ――――」

 がらがらと金城の身体が崩れていった。金城の表情は驚きに彩られ――そして、優しげな苦笑に変わった。

「ああ、負けちゃいました」

 本当に、心底残念そうな声で、それでいてどこか晴れ晴れとした声。金城の身体を覆っていた拘束が音も無く消え去った。

「あの、故烏先輩。僕ね、多分――芳乃さんのこと本当に好きでした」

 どさり、と金城は地面に倒れる。そんな姿でありながら眼はしっかりとこちらを見つめ続けていた。

「この気持ちはもう変わらないと思うし、ずっと残り続けると思います。けど……違う形に慣れたと思うんです」

「ああ……」

「本当に彼女を幸せにしてくれる人を見る。それもまた、一つの形だと思うんです。
自分のために何かをしてほしい――これは、僕が何かを与えて、初めてそういうことを言う権利が出来るんですよね」

「……」

「僕は白眉さんに与えることはできませんでした。それはきっとしょうがないことで……」

 くしゃり、と金城の顔が歪んだ。

「でも、悔しくて、悔しくて、悔しくて……」

 ぽたり、と涙の雫が一滴流れた。
 それを雄平は見守ることしか出来なかった。

「けど……理解できました。納得できました。
 感謝してます。思いは後を引いて、僕の人生にずっと影を残すはずだった。それを断ち切ってくれたのは故烏先輩です」

 涙を流しながら金城はまっすぐにこちらを見据えてきた。

「あの、故烏先輩……」

「何?」

「僕と、これからも友達で居てください。お願いします」

「そんなこと、当たり前だ。こっちからもお願いする」

 応えるように手を、伸ばした。その手に、透明になった金城の手が重ねられた。
 そのぬくもりは一瞬で、まるで雪のように消えてしまった。まるでそこには誰も居なかったかのように、金城洋平の姿は消え去っていた。
 静寂が満ちる。
 不意に鼻先に何か落ちてきた。それにふと眼をひそめる。それを確かめようと天井を、見上げる。
 そこには黒い雪が降っていた。
 雄平は手を広げた。その雪を全身で感じられるよう。

「あ…………」

 不意に、小さなうめき声が聞こえた。

「起きたか。ねぼすけ」

 目の前に、不思議そうな顔をした少女が。仰向けのまま少し身体を起こした状態で硬直していた。
 その顔が無性に、いつもの間抜け面と重なる。そういえば自分はいつも、希のふざけた顔しか見ていなかったな、と苦笑する。
 わからないはずだ。

「なんで……」

「女言葉はにあわねーぞ。っつても本当は女だから正しいのかな……髪伸ばせば意外と似合うじゃねえか」

 シニカルに笑ってやった。

「なあ、希」

「なんで!」

「んあ、あいつを滅ぼすにはな……ちょっと『チョキ』だけじゃ足りなくてな。記憶の奥にあるアイテム借りた」

「う、あ……」

 希の顔が恐怖に引きつる。

「心配すんな。俺はお前を嫌いになったりしねーよ」

「……っ!?」

「思い出したぞ。お前が恐れてた――消したがってた記憶ヤツ

「あ……」

「他のことも全部な」

「お前の中にある心が今の金城みたいな化け物になって俺達を殺した。そのおかげで昔のことがおぼろげになっちまったってわけだ」

「うん、その通りだよ雄平。全部、私が……」

「ここにいる俺達は『夜』の記憶の集合体だからな。セーブデータが消えたゲームは再開できねーってわけだ」

「『毛玉』『花火』『板』『水』『釘』『本』――それに『線香』か?」

「『ライト』もある。芳乃ちゃんのやつ」

「先に言っとくぞ希。こっぱずかしいけどな……」







「俺は、芳乃が好きだ」






「……………うん」




 昔昔の夜の話。
 三人の少年少女が『夜』を繋ぎあってしまった。本来『夜』とは個人の負の感情の溜まり場で、それがつながってしまうということは入り口が出来てしまうということだった。
 人の悪意や嫉妬とは特定の個人に向けて放たれることがある。
 それはその開いた入り口から入ってくるのだ。
 少年と少女達はそんな化け物たちと戦った。運命をつかさどる武器を手に。
 グーの手甲。
 チョキの双剣。
 パーの布。

「だからな、お前の気持ちは……」

「うん……わかってる」

 それは忘れられぬ昨日の話。
 芳乃はライトの光が怖かった。『夜』が差し掛かると、いつも自己の時に遭ったというライトが眼に浮かぶ。雷も同じだった。自己の時振っていた雨は雷交じりだった。
 線香のにおいのする中で芳乃は夜をすごしていた。それはお通やの日。怖くて眠れなくて、泣きじゃくっていた。
 誰かと話したくてしょうがなかった。けど親戚の人は皆怖くて、ただじっとしてうずくまることしか出来なかった。
 やがて泣きじゃくって、眠って――不思議な場所へいった。
 男の子が一人いた。
 女の子が一人いた。
 男の子は勇敢で優しく、笑顔が凄く魅力的な子だった。
 女の子は最初男の子と間違えるほどに凛々しくて、かっこいい子だった。
 男の子は女の子を最初から女の子だって解ることできて、女の子は男の子のことが好きだった。

「好きだった」

 希が言う。

「ああ、わかってた」

 それに、返した。

 それは本の少し昔の話。
 希は母に男の子として育てられた。凄く美人の母親は、凄くお金持ちの母親は、男の子がほしかった。だけど産まれたのは女の子で、それでも母親は諦めきれなかった。
 だから希は男の子になった。
 けど本当は誰かに女の子として呼んでもらいたくて。
 男の子が一人いた。
 女の子が一人いた。
 男の子は勇敢で優しく、私を女の子として扱ってくれた。
 女の子はとても可愛い子で、とても女の子らしかった。
 私は二人が好きだった、けど、男の子はさらに特別だった。

「お前の気持ちには応えてやりたいと思う。だが、自分の気持ちだけは曲げられない。だから――」

 そう、言った。

「うん、わかってた

 返答が帰る。

 それはとても昔の話。
 雄平は両親がめったにそばに居なかった。孤独だった雄平は友達を作るために必死に頑張った。そのために人を気遣うことを覚え、良い子になった。
 けど本当に心からの笑いをなくしていった。
 女の子が二人いた。
 一人は自分を隠して、性別を偽っている女の子だった。
 一人は自分を傷つけ、痛みを抱えている女の子だった。
 自分は二人を平等に癒そうとした。けどそれはできなかった。性別を偽っていた女の子は自分で立てる人でなく、自分を傷つけていた女の子は自分で立てる人だったから。


「ねえ、雄平……ついてきて」「雄平、遊ぼう?」「雄平〜」「ゆうへい〜」希は自分で立てなかった。

「大丈夫? 雄平?」「今日は何をしようか?」「うん、すっごくその髪形に合ってるよ!」芳乃は自分で立ち上がった。

 その姿を見て、芳乃に惹かれてしまったから。そして二人とも惹かれあっていたから。
 一つの化け物が出来上がった。
 黒い卵のような物体から産まれた黒い人型。金城と同じように強い人型。
 それは雄平と芳乃を傷つけて、殺してしまった。
 それはあまりにもあっけない幕切れで、残された少女は一人残された。
 残されたのは『夜』の穴と、相手の居ないじゃんけんだった。
 来る日も来る日も少女は戦い続けた。贖罪のために、彼らの心を守るために。

 贖罪のために希は化け物を殺し続けていた。わく寂しさや不安、そんな感情を殺し続けていた。そこで気がつく。他人の手で葬られた感情はすぐに復活してしまう。

「だからね、記憶そのものを消して、穴をふさごうと思ったんだ。そうすれば化け物も入ってこれなくなる。……でも一つ問題があって。沸いてくる寂しさを消せなくなっちゃう。雄平が生み出す負の感情が癒せなくなるんだ。芳乃ちゃんはよかった。親と仲良くなって、すぐに安定したから。そんな時に――」

 一本の電話が、決断となった。

「あ、上石部長ですか? え? あ、はい。では東京の支社に転属ということで――」

「ああ、そうだ。プロジェクトのメンバーが抜けてね。君にしか頼めないんだよ。故烏君」

 自分の父の声と見知らぬ人の声。だけどその名前には聞き覚えがあった。

「雄平の両親が帰ってくるって。だから……もう僕はいらないって思った」

 そして『夜』の中にある記憶を化け物にして、それを殺させるために二人を呼んだ。

「後は知っての通り」

「そうか……すまなかったな」

「なんで雄平が謝るのさ? 僕が謝るべきことなのに」

 苦笑しながら希は天を仰いだ。

「もう終わるよ、ここにはこなくてもいい。僕も……お役目御免だ」

「ああ、そうなんだろうな……だからさ、希。礼くらいさせろ」

「礼?」

「ああ、朝まで話聞いてやる」

「え……」

「あるだろうがいろいろ。泣き言や、恨み言!」

「それは……」

「言え、希。このまま抱えて墓に行くとか気色悪いこと考えてんじゃねえぞ! それともなにか? 俺に借りを作りっぱなしにさせとくつもりか?」

「そ、そういうわけじゃ……」

「いいから話せ!」

 希は困ったように逡巡し、やがてぽつりぽつりと話し始めた。
 後はもう、止まらなかった堰を切ったように語りが始まる。たくさんのことを話した。『夜』の中で起こったこと、できた化け物のこと、自分のこと、雄平のこと、くだらないこと――
 やがて、終わりが訪れる。
 頭を襲う、強い眠気。
 それでもなお希は語り続けた。
 そして、ついに本当に限界が訪れた。記憶が途切れる。
 消えゆく意識の中で雄平は最後にこう言った。

「また、朝でな」


わかりにくいと思います。すみません……











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