第15章 ハチともぐら ☆5
その頃、再び桃原家。
「うぅ〜んっ……」
リビングの壁に立てかけられた村雨丸を見ながら、唸るような声を出すユキジ。
「遅過ぎるっ!」
ユキジが勢いよくテーブルから飛び上がる。
「何かあったんじゃないかなっ?やっぱ」
「せやなぁ〜もう出掛けて6時間くらいになるしぃ」
「大丈夫だよぉ〜そんなに心配しなくたってぇ」
不安げに言葉を交わすモンキとユキジに爽やかな笑顔を向ける太狼。
「死んだら死んださっ」
「……やっぱ探しに行こかっ」
「そうだね。村雨丸も持ってってないことだし」
太狼の爽やかで冷たい笑顔に、モンキとユキジが探しに行くことを決意する。
「よいしょっ」
テーブルを立ち、ユキジを肩に乗せて、壁に立てかけられている村雨丸に手を伸ばすモンキ。
「……っ」
「へっ?」
しかし横から伸びてきた手が、モンキよりも早く村雨丸を手にする。
『あっ……』
村雨丸を手に取ったその人物を見て、モンキとユキジは声を揃えた。
戻って、森中の桜時とグラタン。
「要はぁ、その“村雨丸”ってイヌの唯一の武器みたいなもんなわけでしょ?」
「ああっ」
桃鬼を前に、割りと冷静に会話をしている桜時とグラタン。
「つまりそれがないってコトはイヌは最早っ……」
「ああっ」
「能も眉毛もない役立たずってことに……」
「眉毛のことは触れんなっつってんだろうがぁぁぁっっっ!!!!」
歯に衣着せずに言うグラタンに、桜時が少し左眉を隠し気味に突っ込む。
「いつまで暢気にしゃべっているっ!?“鬼爪・天回”っっ!!!」
「……っ!」
あれこれと話を続けていた桜時とグラタンに、10本の爪を放つ桃鬼。桜時がそれに気づき、表情を鋭くする。
「アンタっ!モグラだろっ!?今すぐモグラ化しろっ!!」
「えっ?」
倒れているドリアに強く叫ぶ桜時。
「何っ……」
「いいから早くっっ!!」
「はっはいっ!」
――――ボォォォォォォォォォ〜〜〜〜ンッッッ!!!!――――
戸惑うドリアであったが、桜時がさらに必死に言うので、慌てて頷いてモグラ化する。
「あのぉ〜これでっ……」
「よしっ!」
「うわっ!」
モグラになった途端に軽々とドリアを抱える桜時。
「お前もっ!」
「えっ?」
続いてグラタンを抱えあげ、桜時が鬼爪を避けるように森の木陰へと飛ぶ。
「お前ら、ここにいろっ!」
『えっ……?』
桃鬼から少し離れた木の陰にドリアとグラタンを下ろす桜時。2匹が不思議そうに桜時を見上げる。
「グヘェッヘッへっ!馬鹿めっっ!!鬼爪はどこまでも貴様を追っていくぞっ!!」
『……っ』
桃鬼の言葉通り、避けたはずの鬼爪が、空中で桜時たちのいる方へと向きを変える。
『ああっ……!』
1人立っている桜時にまっすぐに向かってくる鬼爪に、グラタンとドリアが不安げな声を出す。
「……っ」
グラタンとドリアの不安を余所に、鬼爪へ向けて冷静に右手を突き出す桜時。
「“瞬花”っ」
――――パァァァァァァァァーーンッッッ!!!!――――
「何っ……!!」
桜の花びらとなって散っていく鬼爪に、またもや桃鬼が驚きの声をあげる。
「“鬼口”にっ……“鬼爪”までっ……アイツは一体っ……」
桃鬼が少し困惑した表情を見せる。
「飛び道具で来てる分には、“瞬花”だけで何とかなんなぁ〜」
「……。」
困惑している桃鬼の様子を覗いながら、余裕ある表情を見せる桜時。そんな桜時をグラタンは茫然と見つめる。
「後はゴンたちが来てくれるまで何とかっ……」
「ねぇっ」
「あっ?」
グラタンの呼ぶ声に、桜時が振り向く。
「そういえばさぁ、何で母さんにモグラ化させたの?」
「ああっ、モグラだと女かどうかわかんねぇーから触れるんだよっ」
「はいっ?」
笑顔で答える桜時であったが、グラタンはその言葉の意味が理解できず、表情をしかめる。
「あっ、そうだっ。ゴンが来た時用の目印っと」
徐に近くの木へと手を伸ばす桜時。
――――ポォォォォォンッッッ!!!!――――
『だああああああああっっっ!!!!』
桜時の手が触れた途端、青々とした木が満開の桜の木となり、グラタンとドリアが驚きの声をあげる。
「じゃっ、こっから動くなよぉ〜っ」
『……。』
グラタンとドリアをその場に残して、再び桃鬼の前へと出て行く桜時の背中を見つめながら唖然とする2匹。
「ずっ……随分、変わったお友達ねっ……グラタン……」
「うっ……うんっ。でしょっ?」
引きつった表情で言葉を交わすグラタンとドリアであった。
「森……かっ……」
周囲を取り囲む多くの緑木を見回しながら、少し考え込むように呟く桜時。
「何とかやればイケっかも……」
「何、余裕ぶっこいてんだぁっ!?ああっ!!?」
「……っ!」
そんな桜時に、桃鬼が勢いよく駆け込んできて、鋭く爪を振り下ろす。
「うわっ!」
ギリギリの所で爪をかわす桜時。
「直接攻撃なら花に変えらんねぇーだろっっ!!」
「クっ……!」
次々に爪を繰り出してくる桃鬼に、桜時が少し表情をしかめる。
「うおっ……!」
「……っ」
避けていくうちに少しバランスを崩す桜時を見て、桃鬼が怪しげに微笑む。
「もらったぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
「うっ……!」
「イヌっっっ!!!!」
桃鬼が桜時の隙をすかさずついて、桜時に爪を振り下ろす。思わず身を乗り出すグラタン。
「……っ」
――――ボォォォォォォォォォ〜〜〜〜ンッッッ!!!!――――
「何っ……!?」
爪が振り下ろされようとした瞬間、桜時が白い煙に包まれて犬化し、その場から素早く飛び上がる。
「犬人かっ……!」
飛び上がって桃鬼の後方に着地したハチを、桃鬼が険しい表情で振り返り見る。
「空は苦手だけどっ、地上散歩は得意だぜっ?」
「クっ……!」
余裕の笑みで言い放つハチに、桃鬼が少し表情を歪める。
「調子にっ……乗るなぁぁぁぁっっ!!!」
「……っ!」
怒りを見せた桃鬼が、ハチに突っ込んでいく。
「このぉぉっっ!!!!このぉぉぉぉぉっっっ!!!!このぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!」
「ほっ!よっ!とっ!」
次々と爪を振り下ろす桃鬼の攻撃を、ハチは身軽にかわしていく。
「はぁっ……!はぁっ……!チョコざいなっ……!!」
ハチに攻撃をかわされてばかりの桃鬼が、少し息を切らせ始める。
「うぅ〜ん、桃タローと戦った後だからか、鬼人の動きが見えやすいなぁ〜」
無駄1つない動きでハチを圧倒した太狼との戦いが、結果的にハチの気持ちに余裕を生ませていた。太狼に比べれば、大振りな動きの桃鬼の攻撃を避けることは容易い。
「でもぜってぇ感謝なんかしねぇーぞぉっっ!!桃原太狼っっ!!!」
「お友達っ……1匹で何か叫んでるわよ……?」
「見えない、見えない」
空に向かって悔しそうに叫ぶハチに、見守っているグラタンとドリアが呆れた表情を見せた。
「こんのっ……!クソイヌがぁぁぁぁぁっっっ!!!!“鬼口”っっっ!!!」
「……っ!」
――――バァァァァァァァァァァァァーーーーンッッッ!!!!――――
桃鬼がハチに向かって鬼口を放つ。
「クっ……!」
空中に高々と飛び上がり、鬼口を避けるハチ。
「かかったなぁっっ!!!」
「……っ?」
「空中じゃお前も身動き取れねぇーだろうがぁぁっっ!!!“鬼爪・天回”っっっ!!!」
空中にいるハチへと、高らかと笑って桃鬼が10本の爪を放つ。
『ああっ……!!』
身動き不能のハチに、身を乗り出すグラタンとドリア。
「……っ」
だがハチは顔色1つ変えず、態勢を整えた。
―――ボォォォォォォォォォォ〜〜〜〜ンッッッ!!!!――――
「うっ……!!」
空中で回転しながら、ハチが再び桜時の姿となる。桜時が向かってくる鬼爪へ右手を向けた。
「“瞬花”っ……!!」
――――パァァァァァァァァァァァァーーーーーーンッッッ!!!――――
「クっ……!!」
またしても花びらへと変えられる鬼爪に、桃鬼が表情を引きつる。
「よっ」
「いいぞぉぉぉ〜〜〜っっ!!!イヌぅぅぅぅ〜〜〜っっ!!!!」
無事、着地した桜時に、グラタンが明るい笑顔で声援を飛ばす。
「このっ……!!!こうなったらっっ……!!」
「……っ?」
腕を勢いよく振り上げ、地面に向けて振り下ろそうとしている桃鬼に桜時が少し首をかしげる。
「あっ……!」
――――“鬼地”っっ!!!――――
先ほどの桃鬼の技を思い出し、グラタンが思わず声を出す。
「イヌっっ!!気を付けてっっ!!ソイツは“地力”を使うんだっっ!!!」
「地力っ?」
グラタンの言葉に、目を丸くする桜時。
「グヘェッヘッへっっ!!!今度はどこに避けてもどうにもなんねぇーぞぉぉっっ!!!」
「……っ。上手くいくかわかんねぇーけどっ、こうなったら試してみっかっ」
自信ありげに笑う桃鬼に、桜時が少し考えた末に構えを取る。
「喰らえぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!“鬼地”っっっ!!!!」
「“伝光っ……刹花”っっっ!!!!!」
桜時と桃鬼が、同時に地面に右手を突く。
――――パァァンッ!パァァンッ!パァァンッ!パァァァァンッ!――――
「何ぃぃぃぃぃぃぃっっっ!!!!?」
桜時を中心とするようにして、森の木が次々に桜の木へと変わっていく。
「すっ……凄いっ……」
広がっていく桜の木々を、唖然とした表情で見つめるグラタン。
「こんなことがっ……ハッ!それより俺様の鬼地はっ……!?何故、起こらないっ!?」
立ち上がった桃鬼が戸惑うように地面を見る。
「まさかっ……!!」
大きく目を見開き、桜時を見る桃鬼。
「地中に張り巡らされた木の根を操ってっ……俺の鬼地を無効化したってのかっ……!?」
「ふぅっ……やっぱ一斉瞬花出来たなぁ〜」
桃鬼がその力に圧倒されている中、桜時は周囲一面に広がった桜の木を見て満足そうに微笑む。
「これも桃タロー戦でつかめたみてぇーだっ」
太狼との戦いの際、桃の苑の桃の木をすべて桜に変えた桜時。そのことが経験となり、一斉に桜の木を咲かせるほどの力を身につけたようである。
「でもでもぜってぇ感謝なんかしねぇーぞぉぉっっ!!!桃原太狼っっっ!!!!」
「また叫んでるわよ……?お友達……」
「見えない、見えない」
再び天に向かって叫ぶ桜時に、再び呆れた表情を見せるグラタンとドリア。
「冗談じゃねぇっ……」
天へと叫んでいる桜時を見ながら、桃鬼が険しい表情を見せる。
「あんなヤツとこれ以上戦ったらっ……下手したら俺が死っ……」
「さっきから何叫んでんのっ?とっとと倒しちゃってよっ、イヌのくせにっ」
「……っ」
そんな桃鬼の視界へと飛び込んでくる、生意気言っているグラタン。
「へっ……」
桃鬼が怪しげに微笑み、その場から姿を消す。
「桜もそろそろ見飽きて来たからさぁっ」
「おっ前、相変わらず偉そうだよなぁ〜」
「だいたいイヌのくせにさぁ〜っ……」
「……っ」
「何っ……!?」
文句を言おうとしているグラタンのすぐ後方に現れる桃鬼に、桜時が顔色を変える。
「えっ……?うっ……うわああああああああっっ!!」
「グヘェッヘッへっっ!!!」
「グラタンっ……!!」
桃鬼が振り向いたグラタンの頭を掴み、勢いよく掴み上げる。苦しげな叫び声をあげるグラタンに、思わず身を乗り出す桜時。
「おおぉ〜とっ、動くなよっ?少しでも動けばこのガキの頭を握り潰すぜぇっ?」
「クっ……!」
桃鬼の脅しに、桜時が唇を噛んで足を止める。
「汚いマネをっ……!」
「ヘッヘっ」
表情を引きつる桜時を見て、桃鬼が愉快そうに笑う。
「うっ……!ううぅ〜っ……!」
「グラタンっ……!!」
強く頭を掴まれ、苦しそうにしているグラタンを見て、ドリアが思わず立ち上がる。
「待っ……!待ってっ!!私っ……!私が代わりにっ……!!」
「ああっ?」
必死に桃鬼の足に掴みかかるドリアに、桃鬼が顔をしかめる。
「薄汚ねぇー手で触ってんじゃねぇーよっっ!!!」
「きゃあああああああああああああああっっっ!!!!」
「母さんっっ!!!」
「うっ……ううっ……」
桃鬼に振り払われたドリアは遠くの方まで吹き飛ばされ、力なく気を失った。
「母さんっ……このっ!このっ!!離せよぉっっ!!!」
「ああっ?うっせぇなぁっ」
「うわああああああああっっっ!!!!」
「グラタンっ……!!」
抵抗するグラタンに、さらに頭を掴む手の力を強める桃鬼。その悲痛な叫びに、桜時が動かないながらも、思わず体を前に出す。
「やめろっっ!!!俺は絶対に動かないっっ!!だからソイツに手を出すなっっ!!!」
「……っ」
「うっ……ううっ……」
桜時の言葉に桃鬼がピタリと手を止める。残る痛みに力なく俯くグラタン。
「よぉぉーしっ……随分と物分りがいいじゃねぇーかぁ、イヌぅ〜」
「……っ」
グラタンを掴んだまま、ゆっくりと桜時の前までやって来る桃鬼。桜時が決して動かないまま、厳しい鋭い表情で桃鬼を見上げる。
「ぜってぇ……動くなよっ……!!」
「……っ!」
「……っ!!イヌぅぅぅぅぅっっっ!!!」
動かない桜時に向けて、勢いよく爪を振り下ろす桃鬼。グラタンの悲痛な叫びが、天に突き上げられた。
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